熱海駅と三島駅でのスナップ | 安芸もみじ / 神社と電車と自転車と 【広島】

熱海駅と三島駅でのスナップ


熱海駅での211系・E231系・E233系です。

タイトルの通り三島駅と熱海駅で、降り頻る雨のJR東海とJR東日本の境界々隈の、広島では絶対に出会えない普通電車を撮りました。

最初の5枚は三島駅にてで、新幹線を三島で降りて修善寺へ向い、三島で一泊してから熱海へ向かったので、その朝の211系です。



211系の先頭車同士・・・・Tc + Tcの連結面。

昔々、455系のMc + Tcの連結面が好きで、北陸の急行列車や九州の急行列車で、やたら意味もなく乱写していて、その名残り(笑)で先頭車同士の連結面は、見かけると何故か撮りたくなります。

そしてこの後、早朝の普通列車の運用についていた373系を見かけたのですが。



211系が入線して来たので急いでみたのですが残念なことに、移動が間に合わなくて"並んだ写真を撮り損ねたの巻"となってしまいました。

それでも、373系の顔立ちは好きなので、シャッター速度も絞りも無視して、ムリヤリ後追いを撮ります。

ヘッドマークの"普通"表示も微笑ましく、何とか見られる写真に写ってくれて、ホッとしながら、このLL-16編成に乗って熱海へと向かいました。



そして熱海駅に到着して、乗って来た211系 LL-16編成の名古屋寄りをもう1枚。

かつては211系も、2階建てグリーン車を2両連結して、東京口の東海道本線を疾走していましたが、その思い出も込めてE233系のグリーン車を意識して撮ってみました。

そのE233系の隣りには、E231系が並んでいたので、シャッター速度が稼げない中で、ブレないよう慎重に撮りました。



東海道本線の電車も次々と新世代へと移って、80系電車から始まった湘南電車も、111系・113系を経て、211系・E231系そしてE233系へと。

熱海駅で見られる211系はJR東海の車両ですが、今なら新世代の3世代が揃って湘南色で見られるので、いいタイミングで行けたんだなと。

そしてタイトルが駅でのスナップ"なので、こんな写真もUPしてみました。



251系や185系と211系の写真は既に一度UP済みですが、このテーマの記事にも再掲します。

東海道本線から伊豆方面への乗り入れも、80系電車から始まった直通電車ですが、153系・157系を経て183系・185系へと移り、251系・E257系・E261系へと世代交代して来ました。

251系は引退して既に順次解体中で、185系も引退までカウントダウンが真最中の現状は、まさに生生流転です。



211系と185系が顔を揃えるシーンは、国鉄分割民営化そしてJRグループ誕生の時代の、思い出と目の前の景色がリンクする感慨無量な空間と化します。

1987(昭和62)年3月31日と4月1日は、東京駅・汐留駅・上野駅にいたんですよ。

まだ23歳の頃・・・・もう33年前の思い出です。



ラストはE231で終わります。

伊豆急の8000系との並び写真も既にUP済みですが、あちこちバラバラに点在すると、個人的に面倒臭くなるので、ここへまとめました。

Tc + Tcは珍しく連結器中心でのカット割ですが、雨が降っていて暗いので何のこっちゃ的になってしまったものの、スカートの形状が浮きだって『何となく好きな形だなぁ』と、UPしてしまいました。


それと、恐らく私のブログで251系を扱うのはこれで最後となるので、ichi pikaさまがYouTubeで公開されている・・・・。

『特急スーパービュー踊り子 最後の251系RE-4編成 廃車回送される!2020.9.3 JR篠ノ井線』をリンクさせて頂きました。

熱海駅でのスナップはもう1回UPしますが、今回は373系・251系・185系と華やかな記事となりましたが、次回は地味となります(笑)

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敬老の日、感謝の気持ち伝えた?

Respect for the aged day,启罗节Autumnal Equinox Day,秋分日


今日は敬老の日、明日は秋分の日。

4連休、いかがお過ごし中でしょうか。

2020(令和2)年は9月22日22:30に、最大黄経が180度となった太陽が秋分点を通過します。

世界標準時の13:30に時差の9時間を足したものですが、もし15時以降に秋分となると、日本では日付けが変わって23日が秋分の日となります。



天文学が今ほど発達していなかった時代は、1年の3/4を迎える日を秋分の日としており、暦を管轄する役所が陰陽寮で、現代では総務省が管轄しているようです。

で、今日は敬老の日ですが、本来は9月15日だったものを初秋の連休となるよう、2003(平成15)年から9月の第3月曜日となりました。

国民の休日としての"敬老の日"は歴史的には浅く、制定されたのは1966(昭和41)年です。

『老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて、豊かな社会作りをしよう』



9月15日に制定されたのは、"敬老の日"の基となった"敬老会"が1947(昭和22)年から兵庫県多可郡野間谷村(現 多可町八千代区)で、村主催で行われていたことから。

そもそもは、戦後の混乱期において子どもを戦場へ送った親たちの、精神的な疲労困憊に報いるべく、"養老の滝"の伝説に倣って犬馬之労で礼を尽くそうとしたもの。

15日だったのは、北播磨において農閑期にあたり気候も好かったことから、野間谷村の門脇政夫(かどわきまさお)村長が提唱しました。

また、厩戸(うまやど)皇子=聖徳(しょうとく)太子が593(推古1)年に四天王寺を建立した際に、"四箇院"と言う当時の社会福祉施設を設立したのが9月15日だったと言う伝説にあやかったものでした。



若い人の柔軟な思考と発想を、人生を長く生きた先輩の経験と智恵に融合させれば、新しく大きな物が生まれます。

それは科学でも医学でも技術でもそうですが、人間としての"生きざま"においても、そうなのだと訴えたい"敬老の日"です。

常識とは智識に基づく言動。

常識を撃ち破ることは大切ですが、その時には絶対に倫理や道徳から外れてはなりません。

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