宮長登和【自分と在る、哲学を生きる】
麻白ゆかり1stシングル 
【贈るうた~可愛いあなたへ~】作詞担当


離婚して

あっという間に一年が過ぎてた。

もう一年半くらいか。


怒涛の一年だったけど、

振り返ってみて

すごい思う。  



何も怖がることなかった!



大変だよ、

後悔するよって

言ってくる人もいたから

身構えてたとこもあるけど、


全然なかった。そういうの。



離婚するか

どうしたいか、

ずっと何年も悩んでたから


そんな不安定な婚姻中の方が

よっぽどきつかったし、


自分の幸せに

責任持って過ごしてる今は

大変なことが大変じゃない。


なんか、色々嬉しい。

しみじみと嬉しい。 



時間かけて

悩んで悩んで悩んだことが

しっかり自分の財産になってる

と感じるし、


目を背けずに向き合って、

頑張ってくれた自分に

ほんと感謝してる。



家族や友達の言葉より、

世間や普通やお金より、


不安より、

心配より怖さより、

こんな私を選んでくれてありがとう。

って、一年経って改めて思った。


私にとってはほんといい奴。



子ども達の現状は、

その日その日の気分で

好きな時に

今日はお父さん家、

明日はお母さん家って感じで


だいたい週に半分ずつ

行ったり来たりしてる。


同じ校区内だし

歩いて行き来できる近さだから、


子ども達からしたら

住む家が

もう一つ出来た感じ。


私が仕事の時は

元夫が子ども達を見てくれてるし、

彼が仕事の時は私が見て、

交互に二人で

今でも子育てしてる。



親権のこと、

調停で数ヶ月

繰り返し話し合ったけど

埒が明かなくて、


もう裁判しかない

ってとこまでいったんだけど、


もうちょっとほんとまじで、

ほんっっとに一回

お互いバケツの水被って、


弁護士も抜きで

膝突き合わせて

二人だけで話しよう。

ってお願いして。



パートナーとしては

もうさよならだけど、


彼も私も

同じだけ子ども達の事を愛しているし、

同じだけ

この先の子ども達を案じているし、


自分に出来ることは

最大限してあげたいと思っているし。

   


そんな二人が

同じ想いだからこそぶつかるなんて

やっぱ違うし、


私達が親として

とる態度がこれじゃあ

滑稽すぎて

子ども達には見せられないよね。


私達が在りたい姿は

そうじゃないよね。

ってことで改めて話し合った。

 

でもこれも、

数ヶ月調停で

無様なやり取りを散々して

自問を繰り返したからこそ

腹が決まったし、

あるべき視座に戻れたんだと思う。



そして

「こうなればいいな」っていう

現時点でのお互いの理想を実現すべく、


男の子はお父さんに、

女の子はお母さんの私にと、

それぞれが親権を持つ事になった。


紙の上ではそうやって分けるけど、

実際は子ども達が

自分の足で歩いて

行き来できる距離に引っ越して、


離婚してもお互い協力して

兄妹引き離すことなく

育てていこう。ということになった。



いくら手続き上だけだとしても、

親権を分ける事については

もちろん色んな意見があって

私達も葛藤したし、


めちゃくちゃ悩んで

泣いて泣いて考えて、

考えたところで

100%曇りのない

答えが出るわけでもなく。


だけど

辿り着いた選択は、

これで良かったと思ってる。


というより

もうこの域は

私達が選んだ答え

なんてものではなく、

そこは子ども達が

選んできた人生なんだと思う。

 


でもちゃんと、

自分の頭で、心で、

考えて辿り着いたこと。


ちゃんと、

その時の精一杯だった。


最善を尽くした。


それ以外

どうしようもなかった。


そう思えるから、

納得してる。

 


それが本当にベストだったか

どうかなんて

あとは考えたって意味がなくて、


ただそれを

「ベストだった」と

言えるような生き方を

私自身が体現し、

体現し続けるしかないんだと思う。



子ども達は

どっちが親権を持とうが

どっちで暮らそうが

幸せでいる。


親権にこだわっているのは

私達親のエゴであり、

恐れでしかない。


なら、恐れから

“楽”へ逃げるんじゃなく、


地に足つけて

理想を、

愛を選択する。

 

この先の人生の礎として、

私にはその選択が必要だった。




離婚して一年半。  


それぞれが

一人親となり、


結婚してた当時より、

離婚してからの方が

子ども達のことについて

よく連絡を取り合ってる。



「息子の親権を持つんだから、

息子の事は全部俺がする。」

って言った通り、


離婚してから彼は

息子の学校の諸々の準備や

(毎日の連絡帳や宿題のサイン、

持ち物の準備、買い出し、

参観や通知表渡しの出席とか


とにかく息子の身の回りのことを

全部全部やってる。



あと、子ども達との時間を

これまで以上に持つようになった。


そんな感じだから

息子もすごく嬉しそうで、


「お父さんの方がゲームも強いし

いっぱい遊んでくれるし

ボクシングも教えてくれるし、

俺は毎日お父さん家に行く♫」


って言って、

彼が夜仕事終わったら

息子を迎えに来て、

「また明日ねー♩」って

二人仲良く帰っていってる。



逆に娘は

「お母さんとお絵描きしたり遊びたいから

お母さんといるー♡」って言って、

お父さんとは休みの日に遊んだり

お泊まりして、


それぞれが

それぞれのしたいように

その日その日を過ごしてる。




最後の調停で

「親権を分けることで合意しました。」

と報告して、


これからも二人で協力して

育てていく旨を伝えたら、


「そんな離婚の形はなかなかない」


「そんなんだったらわざわざ

 離婚する必要ありますか?」


って弁護士さん達にも言われたけど、


みんながそれぞれ

己を大切にできるように

距離感を考えながら、


離婚しても

オリジナルの形、

関わり方を模索しながら

やっていこうと思ってる。



そんな感じで、

やっとやっとやっと

「ありがとうございました。」と


「これからもお父さん、

お母さんを頑張ろうね。」

で着地できたの。


長かった。。。

ほんときつかった。


笑えなさすぎて笑えた。



とはいえ

離婚してもお互いまだ、

離婚するだけあって←

イラッとしたり

言い合いっぽくなる時もあるけど、


子ども達のことや

例えばいつか

どちらかの再婚だったり

何かある時も、


その時々でまた話をして

それぞれにいい形を選んでいこう。

って話もしたり。



ほんと

結婚したからって

ハッピーエンドなんてものはなくて、

離婚しても

終わりなんかなくて、

自分は自分でしかいられなくて、


終わりは始まりって言うけど

ほんとそれだよね、

人生死ぬまで続くから


「うぇぇーーー

もうやだーーーーー」

って思う日もあるけど

意に反して朝は来るし、


泣きたくなったり

時にブチ切れながら、

情けない夜も過ごしながら、


そんな

ごった煮の人生を慈しんで


私は私でしかない。

という諦観を基盤として


自分なりの哲学を

磨いていけたらいいなと思う。

 


ゴールや答えのない道を

どう生きていくのか


自問しながら、

都度考えながら進んでいきたい。


考えるっていっても

答えを求めるわけじゃなく、


答えがないということを知って

問いそのものを

体現して生きていきたい。




って感じでなんとなく

まとめてはみたものの、


子ども達の

離婚後の心のことだったり、

関わり方だったり、


親の身勝手のせいで

悲しい思いもさせたこと、


今もこれからも

成長と共に手探りだし

体当たりだし、


親という立場を通しても

絶え間ない

自己確認を求められる日々で。


それについても

書きたいことがいっぱい。

また書くね。



そんなわけで、

今年もすんばらしい一年でした。

ありがとうございました。


良いお年を♡








正しい人って、

ちゃんと正しいことを言うよね。



世間から見て

正しく在れることは

簡単なことではないし、

素晴らしいことだと思う。

 


ただその正しさが

その人の中で完結してたら

「素敵だね」で終わるのに、


正しい人の中には

もれなく誰もが分かりきってる、


その辺にごまんと転がってる言葉を

わざわざ口にして

聞かせたい人もいる。



今は私の周りには

正しい事を言ってくる人が

やっといなくなったけど、


正しさを

虎の威を借る狐のように

我が物顔で出してくる人は

一定数いるんだと思う。


知らんけど。




正しい言葉は

ごもっともだから

頷くことばかりなんだけど、


それを出された時点で

この人は「私」と

会話する気がないんだわ。

って思って、もうシラける。


なーんにも言ってやらない。

私消えます。ってなる。

 


私の言動、

正しいことを言える人から見れば

正しくないだろうけど、


今の私は

今これが好きだからやってる。



そうやって正そうとしてくる人に

心を動かされたことはまだないし、


その人の生き方を

「羨ましい」と思ったことも

今のところない。


いいな、

幸せそうだなと思ったら

言われなくてもそうしてる。 

  


正そうとするその言葉には

なんの愛もこもってないよね。


完全に善意のつもりでも、

「私はあなたのことをわかってる」

っていう傲慢さがある時点で、

そういうの萎える。

 

悪意はなくても、敬意がない。


少なくとも、

私の役には立ってない。




表面だけ取り繕って

周りが納得する、

周りを安心させる人生でも、


自分が自分の人生に納得できなきゃ

なんの意味もないじゃない。



  

私は数年前まで

自分を許すための代償が


誰かのために

ありもしない感謝を並べながら

正しく生きること


だったし、

それを

自分がここにいていい理由にしてた。



かと言って

頑張っても

無理しても、我慢しても、


世間にふさわしい人間にはなれなくて、

正しく在りたいのに在れなくて、


マイノリティな部分を

正当化したくなったりもして。



無駄に吠える力無い存在に

成り下がっていたし、


私には出来ない、という残念さも

嫌と言うほど味わってきた。



そんな感じだから当たり前に

自分が誰なのか分からなかったし、

他人に染められた他人になってた。



気付いた時には

「あんた誰?」よ。


可哀想なことしてた。

自分に。




人から見て正しく在る為に、

誰かの為に生きてれば

楽に生きていられたけど。


自分でいなくていいから、

気に食わない事があっても

他人の正義の中で

ぬくぬくと

愚痴ってればいいだけだからさ。




だけど情けなかったし、

腹が立ったし。


引き揚げたかったし、

頑張りたかったし。




今は、

よく分からないことは

分からないままに、


今の自分なりに最大限

自分として在れるように、


自分に恥じないように

真剣に生きてる。



過去や問題を

掘り続けるのもやめた。

今がもったいない。


散らかってていい。


自分という人間の一切を

引き受ける覚悟はある。




だから今なら分かる。


色々と悩んできたけど

結果やっぱり、 


正しさなんて鼻くそだわ。



そんなもん、

人生において

正解を考えてる時点で不正解よ。

 

どっちだっていい。

考えるに値しない。




そして

同じ文脈で言えば、

正しいのは「私」。



私の、

私による、

私のための人生において、


私以外

私じゃないんだから。


なんかそういう歌あったね。



だからこそ、

自分の考え方の癖を

疑ってみる視点も

ものすごーく大事だし。



し、

個人の意見なんて

なんの需要もないから、


人に何か

口出ししたくなった時は


「黙る」という

品を持った大人でいたい。




私にとって

私の正しさは

尊いものだけど、


それを人にまで差し出した瞬間、

それは自分の鼻くそを

飛ばすことになる。

 

尊厳が

自分の領域を超えた途端、

鼻くそになる

間抜けな瞬間よ。


そんなの嫌。笑


恥を捨てずにいたい。





色々を経て、

まだ粗いけど、


自分がいかにくだらないかも、

いかに普通かも、

いかに素晴らしいかも分かってきた。



簡単ではないけど、

清濁併せ呑んで、

面白がって生きていきたい。



私はこんな感じでいく。




おわり。








楽しくてしんどい夏休みが終わった!

やっほー♡


おもしろいよね。


私もうすぐ37になるんだけど、

この間また弟が生まれたよ。

37歳差きょうだい。


うちの息子、娘より下の

きょうだいでは二人目。


腹違いの弟、妹達が

てんでバラバラ沢山いるの。



うちの父、

おととしだったかな、

4回目の離婚して、

その後また

5回目の結婚をしたの。


その度に兄弟が増えてくっていう。



そして今の奥様は

若くて可愛い

私より5つくらい歳下の方。


おもしろいよね。(2回目


くそじじい、

とうとう私の歳を

通り越してきやがった。



ごめん今日は口が悪いけど(いつもだけど

自分の中で少し

整理したいから言わせて。




何が引っかかったってさ、


赤ちゃんが出来たって知ったのも

生まれたって知ったのも、


かのFacebookよ。


そして

「父をタグ付けした知人の投稿」よ。



笑うしかないわよ。

知った時には臨月よ。


そしていつの間にか

生まれてたわよ。



そしてこの

知人づて、SNS越しに

結婚、離婚、出産を知るパターン、

何回目よ? 


何とも言い難い心情で

親のおめでた投稿を読む侘しさよ。



私は他人寄りの知人か。


いい加減にしろクソじじい。




なんかみんなに

お祝いしてもらってさ、

「え。私は?」ってなるやん。



私一応子どもですけど?


そういうのってほら、

一応身内から報告せん?


まず、

とりあえず、

なんにせよ我が子に言わん?


SNSじゃなくて。

普通。



や、

普通とか今さら思わんけど、


あんまり普通じゃないおとんを

紆余曲折ありながらも

兄弟の中で唯一受け入れてきた

この、とても!優しい!娘には!


今でもたまに

交流してる私にくらい!

普通に!

まず!

言ってもいいんじゃないかしら!


ふー!つー!うーー!!!



ってなって、

皆様の祝福に紛れて

コメントしたらこう。





・・・ありがとう。


だと??怒。



さすが想像の斜め上を行く男。



そしてムキーーッと

地団駄踏むのはいつも私。


なにこの負けた感。


そして疎外感。



何千回と繰り返してるのに、

またついうっかり

私都合の父親像を望んでしまったわ。




で、

一日もんもんと殻に籠った。


これまでの恨み節が

再度ぐつぐつ湧き出してきた。



あの時も、あの時も、

あの時も死ぬほど嫌やった。


おとんのせいで、

おとんの身勝手な選択のせいで

何回死にたくなったか。



へらへらしやがって。

なんもわかってないくせに!


毎度毎度

自分の事しか考えてない!!



分かっとるのに。

そういう人やって。


なのに何でこうも私は

いつの間にかまた

距離感を間違えてしまうんや。



あーあ。

そうやった。


私は要らない人間。

私はどうでもいい子やん。



頑張ったって、

気を遣ったって、

グレたって

いい子にしたって、


何したって

こっちを見てもらえない。


出来損ないの自分。


あほぼけくそはげ大っっ嫌い。

おとんも自分も大嫌い。





一日中悪態ついて、

私の駆け込み寺(The Door)や

関係各所に泣き言を聞いてもらって、

最悪な気分で寝落ちして、


次の日起きたら

ぐつぐつした怒りが

なんかすっぽり抜けてて気付いたの。



あれ。

なんか。


ただバグりたい日なだけやったみたい。😇



あ。生理前か。


あと最近

小さなモヤっとを溜めてたからな。


っていう。



そんな日ってあるよね。


その日の気分の波に合わせて

関係ないとこに無理矢理こじつける

当たり屋的な。


女の子だもの。




で通常運転に戻った時、


「別に私もう自分のこと

要らない人間とは思ってないな。


そんなこと思ってたの誰?」


ってなって。



過去ずっと

へばり付いてた観念だったから、


わかりやすくバグれる

案件に飛びついて


自動的に

そんな気持ちになってみたけど

あんまりそこに入り込めなくて、



いつの間にか

そう思わなくなってたことに

なんか嬉しく、


頑張ってきた自分を垣間見れて

少し自分を認めてあげれた。


やるやん自分。って。




腹が立ったり

落ち込むことは全然あるけど、

昔より引きずることはなくなったし、


それがイコール自分の価値、

とは結びつかなくなった。



いつの間にか自分の心が

前よりずっと

しなやかになってた。


(自分はダメな奴、

ろくでもない奴とは

まだ全然思ってるけど。




子どもと言えど

いい大人になってまで

いつまでも親に

ねちっこいもの飛ばすのは

自分の美学に反するし、


もう私の人生で、

私のターンで、

私の全ては

私の責任でありたいわけだし、



その辺

ちゃんと親の国から

こつこつ抜け出て、


自分の安心安全な国づくりに

目を向けてこられたんだな。と、

現在地を一つ知れてよかったな。


これからも精進してまいります。




そういうわけで、

遅くなったけど、


おめでとう。くそ親父。


よかったね。





あでも、

奥様のこと考えると

こんな風に書いて

申し訳ないなとも思う。

書いといてなんやけど。


兄弟何人目とか

知らんわ。って感じよね。


奥様からしたら

初めての出産の

初めての可愛い我が子で、

一緒くたにしてくれるなって話で。


そして人ん家の旦那

引っ張り出して

文句言うなんて失礼よ。


もういい大人が

親の事情に

首つっこんでくるなって話よ。


親子共々

デリカシーに欠けててごめんなさい。

父に似ました。




ほんと、

立場が変われば

解釈も白と黒ほど変わるよね。


善い悪いなんて

ほんと幻想。


それぞれがそれぞれに

色んなこと思うよね。 



粛々と、

自分のことを頑張ります。


敬礼( ̄^ ̄)ゞ



手乗りリス

なべ

もうすぐ夏休みだわ。。( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )






なんかあれ、

調停から離婚までの

気持ちの変化だったりを

ちゃんと書いて残しておこうと思いつつ、


いざ続きを書こうとしてみたら

感情の機微だったり

どういう言葉を交わしただとか、

既に色々頭から抜け落ちてる。


ついこの間の事なのに。


やっぱブログは鮮度が大事。




この続き。


親権争い。


お互いに引けなくて、


元夫も

「親権を取れる可能性が

%でもあるなら諦めない」


「裁判までとことんする」

って言ってて、



ほんと腹立つ!

くそじじい!!と思いつつ、


一方で、彼の

子どもに対する愛情を

改めて肌で感じて、


子ども達は幸せだな。と

彼の強い意志が印象に残った。



私の場合、

親権を渡したくないのは


子ども達のことを考えて

と言う訳では全然なく、


実際のところ

子ども達の事なんて二の次で、


「私が」寂しくて、

「私が」離れたくなくて、

「私が」耐えられないから。


それだけは嫌、

という私の都合。


それに尽きる。


 

生まれてから今の今まで

うんざりするほど共に生きてる

この愛しい人達が、


自分の日常からいなくなる事が

ものすごく怖かった。



もし離れてしまったら、

もし新しいお母さんができて

「もう会わないで」

なんて日が来てしまったら、


自分が自分じゃ

なくなっちゃいそうで、


自責の念に

耐えられなくなりそうで、


怖くて怖くてたまらなかった。



逆に言えば

それ以外の理由や

自信なんてなく、


じゃあ実際

親権を持ったとしても

本当に一人で育てていけるのか、


この先大人になるまでの

学費、生活、仕事、


子ども達との時間、

自分の時間、

諸々こなせるのか、


離婚後の事なんて

不安や心配だらけだった。




それに

子ども達のことは

ものすごく愛しているけど、


子どもの為になら

迷わず死ねるけど、


育児が好きでも

得意でもない私にとって


子ども達と

共に生きていくという事は

とても難しいことでもあるから、



私がこれまで通り

育てる事になっても


いわゆる

いい母親で在れるかというと


それもこれまで通り、


愛情と行動が伴わない 

短気で支離滅裂な

矛盾だらけの母親であることに

変わりはないんだと思うと、


「私が育てたほうがいいに決まってる」

なんてセリフは

調停の場であっても出せなかった。


(それに元夫は敵ではないし。

彼は彼で素敵な父親だし。


(クソジジイとは

 100億回思ったけど。




私は自分が何かしているその時々や、

何か予定していること、

何かをしたくない時間や

そういった気持ち、ペースを


いきなり割って入ってきた子どもに

譲り渡すこと、


そして応えることを

継続してやっていくこと、


四六時中

お母さんであることを

リクエストされる状況は


ものすごく自分が消耗されるし

息苦しくていられない。



私は自分の都合を

まかり通してからでないと、

真に子どもと向き合うことができない。



生後数年

自分を責めて、

一通りの罪悪感を味わったら、


私はそうでしか生きられない。と、

諦めと赦しの中で

自分なりの母親スタイルに落ち着いた。


(でもこれ、

離婚後の子ども達との関わりの中で

多少変化したこともあるの。

私の中では青天の霹靂。



あと、こんな自分だから

誰かに添って生きるということが

成熟していく為には

必要な事だとも思う。



と、まぁそんな自分が、

頼れる実家も家族もないのに

一人で育てていけるのか。



でこの、

私の「育てる」の定義といえば、


「いついかなる時も

愛をもって子どもに寄り添い、


安心安全な世界の維持と、

根底からその存在を肯定し続け、


理解のある味方で居続ける

最高なオカンとして

子ども達と共に生きていけるのか」


っていう。


(えぇ分かってる。何も言わないで?

ついさっきも

自分都合でキレ散らかしてたけど。


意識は高いの。( •̀ω•́)




でも、

育児に関しても

改めて考えたけど


そんなもん結婚してようが

シングルであろうが

自分が感じることなんて

根本変わらないわけで、


環境がどうとかではなく

自分がどう在るかだけだし、


その状況によって

何を感じて

何を表現しようしてるのかを

自分に問うしかないわけで。



思うこと、

悩むことが

あまりにも単純に

自責へと傾かないことが


親として

必要な態度でもあると思うから。



それに色々不安はあれど、

私なんだから、

私の子どもなんだから、

大丈夫でしかないに決まってるじゃん。

とも思ってる。


自信なんてないし、

自信しかないし。





親権をどうするか。


どうしたらお互い

「ありがとう。」で

調停を終えられるか。

 


すごい怖くて、

もう子どもを連れて

逃げてしまおうかと

よぎることもあったけど、


こんなどん詰まりな時こそ

世界をどう見るかを選択する時、


私はもう

恐れから見ることはしたくなかった。



また新たな人生を創造するんだから、

妥協はしたくないじゃない。

“こう在りたい”私だったら

何を選ぶのか。



未来の私と

過去の自分に、

「あんたのおかげ」

って言われたいし、言いたいし。



ほんと、

生きるって覚悟だわ。



それでこの、

自分の恐れとエゴと

愛と勇気と元気と←


ごちゃごちゃなもの抱えて

背中を押してもらいにいった。





ねえ。

 ( ຶ- ຶ)



こんだけ書いて、

書こうと思ってたことの

一行もまだ書けてないんだけど。


え、前置き長すぎない?

怖。



ちょっと一旦引っ込みますね。

 ( ຶ- ຶ)




おたまじゃくし捕まえ隊




寝ても寝ても

眠くて仕方ない時って


大きな転機がくる前兆とか 


ステージが上がる前触れ的な、


なんかそういうの

聞いたことあるんだけど


「わおどんな転機

と最初に思った年から


18年は経ちました。



今日も今日とて

眠くて眠くて死にそうなので、

転機とやらを待っています。



風の時代といわれ、

ついに私にも

何かもたらされるのではと


嬉々として

開眼するのを待っていますが、


今日も今日とて、

眠くて眠くて死にそうです。



私のステージ、いつ上がりますか。





って思ってたら、

ひょんな事から

(これ使う度に思うけど、ひょんて何。


自分がHSPだと知ってかなり衝撃。


今さら感。


しかも「非常に強い」

HSP度なんだって。


何それかっこいい。



はなから自分は違うと思って

診断もしてなかったけど、

ほぼ全部当てはまっててびっくりした。




検索したら
自己診断テストなるものも
沢山あるから
気になる人はやってみて。






↑私これ全部。笑



で、これ見てすごく救われた。↓









泣く(¶⁋ ▾ ¶⁋)


だってさ、
無理していつも頑張ってる
感覚はあるんだけど、

はたから見れば
ノロマなナマケモノで、

何を頑張ってるのって聞かれたら
「生きてること」
ってしか言えなくて(;´༎ຶٹ༎ຶ`)

でも真剣にそうで。



ほんと異常なくらい
たくさん寝なきゃ生きてけなくて、

どんなに楽しいことしてても
旅行中でも、

好きな人達だけと
ワイワイしてても

絶対途中で
一人離れて
外界をシャットダウンしなきゃ
動けなくて。


寝れないと、
それを妨害するものに
殺意が湧くくらい。笑

人生80年だとしたら、
たぶん45年は寝てる。


でもその
常に付きまとう睡魔が
すっごいすっごい邪魔で嫌いで、

寝ずにいられたら
どんなに楽か、って
ずっと自分を責めてたんだけど、

自分の体力とか
怠け度合いとか気合いとか←

そういった類のものとは
結びつかないと知れた時のこの感動。

泣くほど嬉しい。


もしかしたら
同じことで悩んでる人もいるかな
って思って書いてみた。

この時も皆で楽しく遊んでたんだけど
途中一人で車に閉じこもって休んでた。



3.4人以上でいると
音や匂いや動きや
色んな情報の負荷がすごいし、

人が気にも留めない
細かいことが
すごく気になるし、

なんでもかんでも
深海まで潜って考え出すし、

感受性強すぎて
すぐ泣くし、


寒い、暑いとか
電気の明るさとか
空腹ひとつで
ものすごく気が滅入るし、

天気が良くて暖かいだけで
死ぬほど幸せ感じるし、


家で子ども達が
それぞれつけてるYouTubeの音も
細かく調整しなきゃ
ストレスでイライラして
頭の中がこんがらがるし、

人より出来ないことや
馴染めないことが多くて
自分を責めてしまうし。


不安だったり
恐れや
苦手意識だったり、 

そういった自分の
心のクセみたいなもんだと思って

そういう角度から
アプローチしてみたりもしたけど、

どうやったって届かない何か、
気質みたいなものがある気がして
もやもやしてた。



HSPって言葉は
よく聞いたり
見かけたりしてたけど

「繊細」って冒頭に
何故か「それ私じゃない」
って思ってたんだよね。

全部当てはまってんのに。笑

(あと略された三文字が苦手で敬遠しがち。
 PMSとかTDRとかBTSとかYKKとか。



私はそんな
「優しい繊細さん」じゃなくて、

ただの神経質で、
気難しくて、

いじわるだから
斜に構えて
人の言動に過敏になってるだけで、

頑固で自己中だから
温度や音にまでうるさくて、

人付き合いが悪い
怠け者の社会不適合者。
だと思ってた。

今でも思ってるけど。



でもHSPっていう
生まれ持った
特性の部分もあると知って、

少なくとも
私がクソひねくれた
根性曲がりではないのかもって
少し思えただけで

なんかめっちゃ嬉しくて
感動した。



ちょっと自分との付き合い方、
もう一度見直してみよ。

同じHSPの人いたら
色んな話聞いてみたいな。
仲良くなれそう。

また一つ自分を知れた!

夜の学校の怖さたら。
無事PTAになりました(ง •̀ω•́)ง

ではまた♫