生きるとは変わること

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“For every thousand hacking at the leaves of evil, there is one striking at the root.”
                               〜Thoreau〜



さて,予備校のクラスも決まりテキストも配布され,愈々授業も明日開講します。
それは即ち,浪人生としての生活が本格的に始まることを意味しています。


この私の人生において確実に潮の変わり目となるであろう日を機会に,今までの生活を赤裸々に反省し,そして私が浪人生活に何の意味を求めるつもりでいるのか,決意のようなものを明確にしたいと思います。


私は愚かな受験生でした。
東大を目指して受験勉強を開始したのは高校1年の春でした。地域三番手位の”底辺”公立高校に入学した私は激烈な反骨心の下で,様々なものを犠牲にして情報を収集し勉強を継続して,英語を筆頭に成績はみるみる内に上昇し周囲を圧倒していきました。


高2の夏に自分の主導権を失って感情や気分に流された生活を送り理系を諦めたものの,東大模試では望外の成績を収め続け,東大特進・東大教室で東大受験のプロフェッショナルの指導を受け,センター試験で自己ベストの9割を叩き出し,そして二次試験終了後は恐らく合格したと一応の自信を持っていました。


しかし,結果は約6点差で不合格。


原因は火を見るよりも明らかでした。


一完さえ出来れば受かると思い込み,致命的な苦手科目である数学を放置して壊滅的な点数に終わった。
最初の東大模試で本当に望んでもいなかったA判定を取り,私は絶対に受かると錯覚し,驕慢な態度に陥って易きに流れて堕落した生活を送り続けた。その結果,得意意識のあった科目の点数も伸び悩んだ。


これら全ては,私の眼前の問題に対する対症療法的なアプローチに起因していると思います。また,ある種の合理性を求めた結果でもあると思います。

東大特進・東大教室への入塾は正にその具現化であり, 自分の根本的な病気の原因 ー怠惰と数学ー から目を背けて刹那的な効果しか持たない鎮痛剤を投与し続た結果であり,また,あの先生の授業を受けたんだからこの科目は絶対に勝てるだろうというある種の合理性を求めた帰結であると思います。この二つから得るものは非常に大きかったしこれらが無かったらもっと大差で落ちていたと思います。しかし,僕が未熟である為,根本的な部分の解決には至りませんでした。


勿論,現役時代に既に私はこの対症療法と合理性の脆さに表面的には気づいていました。秋口から最初から全てをやり直したいという思いが強くなりだしました。全てをやり直すためにはまず目の前の一日から変えていかなければならないのに,誤った考えは徐々に増幅されていきました。

そして,今思うと後悔と恥ずかしさに塗れた,秋に,愚かな相談をある先生にしたのです。愚かな私の記憶力は乏しいもので,あれ程鮮烈な経験ですら内容を一字一句思い出すことは出来ませんが,大意はこんなものでした。


「先生。浪人をして全てをやり直したいという思っているのですが。」

「君はそんなことを言う位だから現役で受かると思っているのだろうが,その数学ではまず絶対に受からないから君の希望は叶うでしょうね。そして浪人したとしても君は変われない。逃げ続けるでしょう。だからもし本当に東大に受かりたいなら今すぐ数学の克服にかかりなさい。」


私は恥や悔しさや憤りが合わさった感情と共に基礎から数学の勉強を開始しました。今に見てろよ。絶対に受かってやるからな,と。

しかし,私は弱く愚かな人間なため,”もう秋口で数学の克服は不可能だから地歴の知識固めが必要だ” という合理の匂いがする愚かな虚構を信じ込み,決意は薄れ,過去問の解答例の記述を覚えるなどの対症療法的アプローチを取りつつ怠惰に陥りました。

死ぬ程追い込まれない限り人は目覚めないという趣旨の言葉がありますが,正にその通りでした。


入試当日のことは今でも明確に思い出せます。数学の出来を受けて焦りと後悔で眠れぬ夜を過ごしました。それでも,自分のベストを尽くして,終了時には間一髪の所で受かったかなと一応の自信は持っていました。


入試が終わってから合格発表までの間,私はずっと後悔していました。先の記事でも言及した”七つの習慣”といった自己啓発書や聖書などの宗教の聖典を読み耽り,自分の過ちに気づかされました。そしてまた,後悔していました。



3/10日。東大本郷キャンパスの掲示板に私の番号は有りませんでした。

家に帰り両親が無条件の愛から労いの言葉を掛けてくれた時,私は自分の不甲斐なさに泣きました。


数学の点数はセンター試験では146点。二次試験では11点。東大受験生として論外な点数を取ってしまいました。



そして今,必然的に先生の言葉は現実となり,私は浪人生となりました。
両親に莫大な経済的負担を強いてしまうことによって,望み通り,全てをやり直す機会を得てしまいました。


私は変わらなければならない。それも自分の態度と行動の源泉である根本的な ものの見方ーパラダイムーから変わらなければならない。


このブログの説明文は”将来世界で活躍する教育者になる為の私的成功のプロセス”となっています。これはまだvagueなため具体的には言えませんが,私が2/26〜3/10の内省期間に見出した,将来は世界で活躍する偉大な教育者になるという夢・内なるボイスから来ています。

当然の如く,教育者になる為には自分を教育しなければならない。この一年間は単に東大に合格するのをゴールとしてはいけない。その先を常に見据えて自己教育をしなければならない。


私は愚かな人間です。弱い人間です。


けれども,変わる。変わらなければならない。


真の充実は,快楽では無く自己実現と社会貢献によって生じるから。


私は受験勉強を,
受験勉強とは,支えて下った方々のために,将来偉大な教育者になるという公的成功を収めるために,自分の弱さに正面から向き合い,自分の根本的な価値観・良心に従い,主体性を発揮して,人間社会の原則中心のパラダイムを会得し,優先順位に従って自分をマネジメントし,自分の全人格・知能を高めるという私的成功を収めるための最高のプロセスである。
と定義付けました。


私は浪人生活にこの様な意味付けをしたい。





最後に,僕が一番好きなバンドの一番好きな曲 ”ジターバグ” を載せておきます。ELLEGARDENは僕の様な愚者や行き詰まった人の気持ちを代弁してくれて好きです。同じ様な浪人仲間にも届く事を願って。





歌詞にある,
“遠回りするたびに見えてきたこともあって早く着くことが全てと僕には思えなかった。間違った事がいつか君を救うから数え切れないほど無くしてまた拾い集めりゃいいさ”
と,振り返って言えるように生きたい。



綺麗事ばかり言っても意味が無いのは現役時代に痛感したため,これから言行一致という誠実さを示します。


決意は薄れ易く,初心は忘れ易いというのも痛感した為,定期的に様々なPCを高める活動を行い,自分の原点を見つめ直します。


敬愛する皆様には,子供が大人になる プロセスを示します。




“It is never too late for us to become what we might have been.”
     Quoted from “The 8th HABIT From Effectiveness to Greatness “




絶対東大合格。
よろしくお願いします。