山内志朗「普遍論争」 | こつこつ、しています(超雑読ブログ)

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しかしなんか暑いんだよな。

困った困った。

 

 

 

 

山内志朗「普遍論争」

普遍論争
山内志朗

平凡社 2008年01月

by ヨメレバ

 

 

【感想】

これはなんだか暗号文を読んでいるようで

ずっと頭に?マークが渦巻いていましたね。

言いたいことは何となくわかるのだけれども

それを著者の意図するように理解するのには

どう頭を使えばいいのかがわかりかねるぞ?と。

 

 

要するにこの本が扱うのは中世の哲学です。

そこで起きて普遍という定義に関する哲学での

論争に関しての解説がこの本のメインです。

 

 

うん、著者が何とかして、言葉を吟味して

解説しようとしているのは伝わってくるのです。

だけれど相手は哲学。

受け入れられる人は受け入れられるでしょうが

そうでない人はとことん体が拒否するあいつです。

私はほぼほぼ後者の部類でしょう。

 

 

ただ、この本で批判の矢面に立たされている

ある学派があります。

哲学を習っていなくても

おそらくその言葉は歴史の教科書にも

出てくる代物なので名前ぐらいは聞いたことがあるはずです。

 

 

スコラ学派ですね。

おそらく哲学に関して、拒絶感を覚える

原因にこの学派は貢献してる(?)かもしれません。

宗教色が混じってくるのです。

 

 

うん、私も哲学=宗教かと

本気で思ったぐらいですからね。

まあ、ほかの人のを読んでいけば、そうではない

というのはわかっては来るのですが。

 

 

まあ、この学派は本当に評判は良くなく

近代の哲学者にまあことごとくケチョンケチョンに

やっつけられているわけです。

歴史上どうしても狭き範囲でしかいられなかった、

というのもあるのでしょう。

 

 

だけれどもこれほどまでにやられるには

何かしらの背景があると思うのです。

それを打開できなかった時点で

おそらく評論の種となり

批判に立たされる原因となったのでしょう。

 

 

結局さして理解できるものではなかったのですが

有名な人物が何を提唱していたのかが

わかっただけでも徳とはいえましょう。

完全はずれ、ではないですからね。

 

 

 

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