司馬遼太郎「菜の花の沖 3」 | こつこつ、しています(超雑読ブログ)

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シネイド・オコナーの髪型にあこがれる
オトコオンナでございます。

何となく体が重いけど

安静時心拍数はまた下がっていく。

だーかーらー、ランナーじゃないっての。

 

 

 

 

司馬遼太郎「菜の花の沖 3」

菜の花の沖 3
司馬 遼太郎

文藝春秋 2000年09月01日

by ヨメレバ

 

 

【感想】

だんだんと嘉兵衛はその頭角を

めきめきとあらわしてきていますね。

それはひとえに幼い時に「家柄」がもたらした

悲劇から挽回したいという強い思いでしょう。

 

 

そして、嘉兵衛にも部下ができますが

その部下は、若造(それでも20代後半ね)の

嘉兵衛よりもはるかに年上。

彼にとってそれは非常に屈辱だったことでしょう。

 

 

だけれども苦労を知っている嘉兵衛は

彼をぞんざいに扱うことは

決してありませんでした。

人柄がいい、というのは魅力になります。

嘉兵衛はさぞかし、人をひきつける

何かがあったのでしょう。

 

 

そして頭角を現すと

嫉妬するものが現れます。

そのとたんにぞんざいな扱いをするものも

散見されるのです。

 

 

だけれども、そういう扱いをするということは

自分が「負け」といっているものなんですよね。

そりゃあそうです、嘉兵衛は苦労を糧に

今をなしたのですからね。

 

 

そして、ついぞ念願の松前に着きます。

だけれどもそこはある種異国の地であり

さすがの嘉兵衛ですら最初は理不尽な仕打ちを受けます。

挙句無実の罪までおっかぶせられそうになります

何とかお上の人の計らいでそれは免れます。

 

 

この本を読んで感じることは

理不尽ということがいかにきついものか、

そして下のものを苛め抜くというのが

いかに意地汚い、最低の行為かということ。

 

 

結局を言えばそこには反感しか生まれないのです。

反感が続けば環境が悪くなる

そして相克しか生まれない。

メリットがないわけですよ。

 

 

蹴散らす時に姑息な手段を使う場合も

えてして。

やられた側はどうなるかを考えれば

そこにそういうものを持ち込むべきじゃないというのは

容易に理解できるはず。

 

 

でもそれができないのが人間なんですよね。

人は愚かで、弱い。

それを理解できない悲しき生き物。

 

 

ツイに嘉兵衛は複数の船を持つようになり

高田屋を名乗るようになります。

これから、どうのぼりつめていくのでしょうね。

 

 

 

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