木下順二「”劇的”とは」 | こつこつ、しています(超雑読ブログ)

こつこつ、しています(超雑読ブログ)

超少数派なスナッグをまといし
シネイド・オコナーの髪型にあこがれる
オトコオンナでございます。

明日も有酸素がある人なります。

超怠惰でついた無駄な体重は

しっかり落とすのですぞ。

 

 

 

 

木下順二「”劇的”とは」

“劇的”とは
木下順二

岩波書店 2006年11月

by ヨメレバ

 

 

【感想】

日常には「劇的」なことが

数多く隠されているのかもしれない…

時には事件になるような大きいものだったりもするけど

そうでないものも…

 

 

序盤に出てくるものは

私が知らない時代のものなのですが

どうやら実際の事件の模様です。

事故で息子を失った父親が

加害者を殺害してしまった事件です。

 

 

あまりこういうのを憶測でいうのは

よろしくないとは思いますので

長々とここで感想を連ねるのは避けますが

大切な血のつながった存在、

しかも将来的にはともに事業を興すはずだった

大事な息子。

 

 

それが相手の明かなる過失で失われ

しかもあまりにも事後対応が…

その怒りは一定の「閾値」を超えたときに

どうしようもない衝動としてクソ忌々しい加害者に…

 

 

これに関してはある種、正義に関しては

限界があるように思えるのです。

裁くべきか、温情を与えるべきか…

温情を与えるべきとは思いますが

それを現実にうつしてしまった罰は相応に

受けるべきことかと思います。

 

 

これも劇的ですよね。

被害者の心の波という観点で見るとね。

 

 

そして、有名な演劇に関しても

悲劇がメインなのではありますが

いざタブーとされてきた要素をやってしまったときの

何とも言えない悲劇具合。

 

 

もうそれに取りつかれた人間は

制御のヒューズはぶっ飛んでしまっているんですよ。

やりたくてしょうがない。

でもそれを行った後の破滅は

もう目の前に提示されていて

恐ろしいほどの破壊力を誇るんですよ。

 

 

破滅の劇的という感じでしょうか。

それと求めれば求めるほど、欲しいものは離れていく。

これ哲学ですよね。

 

 

それを代表する作品が

有名な作品として出てきますが

尽くすことが必ずしも良い方向に向かないという

いい例とも取れることでしょう。

そしてその結末もまた、劇的。

 

 

最後に出てくる作品も

滅びという劇的をありありと表現しているんですよ。

「平家物語」です。

ただしこの本中では、とらえる人物がちがうんですよね。

兄の無能さを見つめる友則から見た滅びの劇的。

 

 

著者の文章は人を打ちます。

そして文中には今からの私たちが自覚しないといけない

とげのある言葉が出てきます。

もう後回しはできない、今することがあるんですよな。

 

 

 

 ←いつも応援ありがとうございます<(_ _)>

            よろしければポチっとお願いします。

 

 

本の詳細に戻る