藤原新也「印度放浪」 | こつこつ、しています(超雑読ブログ)

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由々しき問題だと思うの。

 

 

 

 

藤原新也「印度放浪」

印度放浪
藤原新也

朝日新聞出版 1993年06月01日

by ヨメレバ

 

 

【感想】

インドという国はどこか不思議な国だと思います。

なぜならば、あらゆる概念が違うから。

 

 

ただし、この本の時代と今は違う、

それだけは理解しておいたほうがよさそうです。

今のインドはこのような形では

もはや「ない」ですからね。

 

 

そう、女性が「ノー」を唱える時期が

来たのです。

この感想での仔細な表記は避けますが

それはそれは悲惨な仕打ちがあったのですから。

 

 

つまり、それはあらゆる地位の扱いに

変化の風が訪れたことを意味するかも。

 

 

で、この本の世界は

なんだろうね、地球上の国なはずなんだけど

本当に全く別の世界。

 

 

河を起点にいろいろなものが

訪れる感じかな。

そう、ガンジス河ね。

そこに流れるのは生を終えた人だったりもするのです。

 

 

そして、持て余した家電製品も(!)

流れてくるのがまたカオスなところ。

確かに、その時代では

電気は確定的なものじゃなかっただろうから

流れてきてもおかしくはないだろうね。

 

 

で、この死という場面が出てくるのね。

生々しくはないけれども

物語の結構な割合を占める写真に

明らかに生を終えた人間の写真があるの。

 

 

そこには忌々しさがないんだよね。

日本だとしは忌み嫌われるでしょ。

そりゃあ、大切な人がいなくなることは

誰だっていやだわさ。

 

 

でも、この国だと

その死すら流れなんだろうね。

別れることへの惜しさは伝わってくるけど

どこかドライな感じがするの。

 

 

多分著者のフィルターの後ろ側に

いるからなのかな?

でもそれにしてはドライに感じるんだ…

 

 

すべてにおいて何もかも違う

私たちが持ち合わせる概念が通用しない。

だからこそ、この国に行くと

いろいろ変わるのかな、と思うな。

 

 

でも私は行く勇気はないからね。

すぐやる課だけど

それには勇気は出ないんだな。

 

 

 

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