小森陽一「小森陽一、ニホン語に出会う」 | こつこつ、しています(超雑読ブログ)

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シネイド・オコナーの髪型にあこがれる
オトコオンナでございます。

今日は有酸素がありました。

明日は無理そうです、がっかり。

 

 

 

 

小森陽一「小森陽一、ニホン語に出会う」

小森陽一、ニホン語に出会う
小森陽一

大修館書店 2000年04月

by ヨメレバ

 

 

【感想】

これは日本語を当たり前に使っている私たちには

なかなか感覚的には理解できないことでしょう。

だけれども、しかるべき時期に、日本語以外の文化に

触れてその後濃密に日本語に触れるということは

いかにとっつきづらいかということは

読んでいれば理解できることでしょう。

 

 

そして、読み進めていくうちに

私たちはなんてほかの国からくる人たちに

失礼な仕打ちをしているんだろうな、と感じるのです。

 

 

そりゃあ文化が違えば言語だって違います。

成立する土壌だって違いますので

言葉の決まり事だって違うの、当たり前です。

それがまるっきり違う言語を使おうとするんですもの

そして慣れ親しんでいないんですもの、

うまくいかないのは至極当然なことです。

 

 

それなのに最近SNSで見る悲しき光景…

もしもあなたが海外に行くことになり

同じ仕打ちを受けたらどう思いますかね?

いやでしょう?

それはその人の自尊心を傷つける

一番やっちゃいけないことなのね。

 

 

それは一番共同生活をするうえで

子供に教えないといけないことだけど

勉強に手いっぱいで誰も教えないよね?

それって大事なことスポーンと抜け落ちていると思うの。

 

 

著者はその被害をもろに受けたからこそ

知らないことについて敏感だし

そうでない文化圏から来たからこそ

私たちが気付かない視点で物事を見られたと思うの。

皮肉なことに著者はこの分野には一番行きたくない(!)

らしかったんですけどね(笑)

 

 

後半に出てくる授業(大学で教える立場から

小・中・高へ殴り込み)は興味深いですね。

特に高校生の出張授業。

 

 

やっぱり年齢が↑になっていくと

発想力がとても豊かになってきていて

言葉に含まれる別の意味を解釈できるようになるのね。

それだけ発想が大人に近づいて行っているわけね。

そしてその柔軟な想像力を失わせないように

大人はきちんとしないといけないのよね。

 

 

この後半の授業光景を見るだけでも

言葉って勉強だけでは

伝わらないものがあるんだなと思うの。

これは私も思うことね。

それを獲得していくには先生たちの後押しも必要だけど

最終的には自分だからね。

 

 

 

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