臼井隆一郎「コーヒーが廻り世界史が廻る」 | こつこつ、しています(超雑読ブログ)

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明日はほぼ休養ですね。

使っているものをちょっと模様替え。

いい感じに監視できるようになりました。

 

 

 

 

臼井隆一郎「コーヒーが廻り世界史が廻る」

コーヒーが廻り世界史が廻る
臼井隆一郎

中央公論新社 1992年10月01日

by ヨメレバ

 

 

【感想】

普段何気なく飲んでいるそのコーヒー。

そこにはとてもとても多くの物語が

秘められているようですよ…?

 

 

この本を読んで感じたことといえば

コーヒーのそもそもの始まりは

イスラムの世界にあったということですね。

そこで飲まれたことが始まりで

その習慣が根付くにも困難があったようです。

 

 

イスラムの掟には「炭」がタブーであったようで

ローストされたコーヒーというのは

炭ではないのか?と目されていたわけです。

 

 

まあそういうときって

大体都合のいい解釈(例外解釈)で

それらは例外として扱われたようです。

まあ、この何とも言えない興奮作用のある

不思議な液体は広まっていったわけで。

 

 

そしてこの不思議な飲料は

ヨーロッパにも運ばれていくのです。

この本ではイギリスとフランスの例を

取り上げているのですが

(ドイツは時系列的には後)

違った道をたどることとなります。

 

 

そこに女性が介入したか否か、です。

イギリスの場合はそれがなかったがために

結局コーヒーの文化はそれほど

根付かなかった模様です。

その代わり根付いたのは紅茶文化だったわけで。

 

 

一方のフランスでは女性が介入する

余地がありました。

そのサロンでは様々な人の交流があり

その中で一番の花形の女性がいたようです。

かのギロチンの露に消えたあの方もそうでした。

 

 

歴史の変化があるところには

コーヒーは欠かせないものだったようですね。

 

 

だけれどもご存じの通りで

その生産国の扱いを見れば

決してそれがよい話ではないことは

理解できるはずです。

 

 

そのコーヒーを作るためには

強制労働という負の歴史が

関わっていました方ね。

そこでドイツはまずやらかしてしまいました。

 

 

そんなことをやらかした国は

またもややらかしたのはご存じですね。

名前を出すのすら阻まれる「あいつ」を

生み出してしまいました。

 

 

これらの負の歴史も

おごりさえなければ起きなかったことですよね。

でも、それを起こしたがゆえに

現代にもわたる悲しき不条理を

もたらしてしまったわけです。

 

 

これに関しては本当に胸が痛いですね。

そして、今も解決しない。

人はいつまでたっても「当たり前のこと」

を学ぼうとはしない。

 

 

なんか最後の部分に関しては

あー…と思いましたね。

考えさせられる1冊でした。

 

 

 

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