真木悠介「気流の鳴る音」 | こつこつ、しています(超雑読ブログ)

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いいか!!

 

 

 

 

真木悠介「気流の鳴る音」

気流の鳴る音
真木悠介

筑摩書房 2003年03月

by ヨメレバ

 

 

【感想】

あ…私の不得手な哲学が出てきますねぇ。

なぜ不得手かと言いますと、一見してその要素を

つかめそうな感じなんですけど

いざ、近づいてみると

するっと手から抜けてしまうんですよ。

何なんだろうね、この悔しいという感覚。

 

 

でも、この悔しい感覚が何とも言えなくて

不得手な癖にこういうのにあたると

快感を覚えるんですよね。

なんという自分の体!!

 

 

この作品中ではある一人の男が出てきます。

その男はある先住民族の男を

師とするのですが、まあその概念は

正直に言ってしまえば

「私たちには非常にとっつきづらい」代物です。

 

 

恐らくこのようにコンピュータや

種々の技術に支配され、

情報が嫌でも一方的に入ってくるこの時代

自分というものをしっかり持たなければ

あっという間にその波にのまれてしまいます。

 

 

先住民の持つ概念は

それとはまったく違うものなんですよね。

4つの敵というのが彼らの概念には

あるのですが、そのうちの2つに関しては

その言葉を見ただけでは「なんで?」と思う言葉が

入っているのです。

 

 

だけれども、それは確かに武器にはなるのです。

間違いなく。

だけれども、それは時に「固執する」という

反作用を生み出してしまうのです。

しかも突き詰めれば突き詰めるほどにね。

 

 

だからこそ、敵なのです。

これは、私も気を付けないといけないことです。

それがあったからって他の人を排斥したり

マウンティングをしていいわけがないのです。

力にはなるけど、傷つける武器ではあってはならない。

 

 

他の2つは言われなくてもわかるものでしょう。

人は生きていき、成長していくうえで

その2つは不可避。

特に1つは必ず訪れ、やがて人はそれに食われます。

今現在は。ただし「ハイペリオンシリーズ」の

ある種の段階までになった世界は知らんですよ。

 

 

でもそれが出てきたときは生き方の概念…

何事にもとらわれない生き方は違って見えるのでしょうな。

私には、それは理解できないでしょうが。

 

 

哲学的部分は難しいかな。

ただ、先住民族との触れ合いの物語は

気づかされる要素はとても多いはずですよ。

 

 

 

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