<オフィシャルトピックス>
●2013年 月刊誌 美術の窓 7月号 230P 作品掲載(美術文化展)
●2011年 月刊誌 美術の窓 6月号 238P 作品掲載(美術文化展)
●2010年 10月22日付け朝刊 山陽新聞 受賞記念展覧会 紹介記事 掲載
●2010年 東郷青児美術館 損保ジャパン選抜奨励展画集 受賞作品 掲載
●2010年 3月12日付朝刊 産経新聞 損保ジャパン選抜奨励展受賞記事 掲載
●2009年 月刊誌 美術の窓 6月号 302P 作品掲載(美術文化展)
●2009年 機関紙「美術文化」会員推挙コメント 掲載
●2009年 画集「新美術の窓」日中友好芸術協会発刊 作品掲載
●2008年 三宅設生画集「Libido」を発刊 (日本語・中国語・英語併記)
●2007年 「室内方案経典 中刊」華中科技大学出版社 店舗デザイン作品 掲載
●2006~7年 在北京日本人雑誌「愛中国」「三宅設生のデザイン奮闘記」1年間コラム連載
●2006年 雲南省昆明テレビ ビジネス番組 単独インタビュー出演 (17分)
●2000年 2月7日 聖教新聞 関西版 画家活動紹介記事 掲載
●1999年 12月 大阪放送劇団第43回公演(マービィンの部屋)パンフ挿絵
●1999年 9月 倉敷新聞 個展紹介記事 掲載
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サロンドトーヌ SALON D'AUTOMNE 2013 に初出品初入選しました。
参加者の会やブース向けエントリーでなく正規のエントリーで出品したので
狭き門は覚悟の上でしたがとりあえずはホッとしてます。
2013年10月16日~20日の期間でパリ・シャンゼリゼ通り特設会場で展示されました。
15日のオープニングには渡仏して参加したかったのですが、
会期は元々10月末~11月初の予定でしたが9月末に会期変更され
中国の仕事の調整が取れず断念。
作品はHPにて公開していますのでご覧ください。
http://m-shelly.com
参加者の会やブース向けエントリーでなく正規のエントリーで出品したので
狭き門は覚悟の上でしたがとりあえずはホッとしてます。
2013年10月16日~20日の期間でパリ・シャンゼリゼ通り特設会場で展示されました。
15日のオープニングには渡仏して参加したかったのですが、
会期は元々10月末~11月初の予定でしたが9月末に会期変更され
中国の仕事の調整が取れず断念。
作品はHPにて公開していますのでご覧ください。
http://m-shelly.com
日本のホラー映画が海外でも人気と言われて数年が経つが
中国に居てもその人気は感じるし巷の話題としてもよく耳にする。
「貞子」の名前は下手な芸能人より有名である。
私は中国にいて海外を意識して日々を過ごしているわけだが
このJホラーのどこに外国人は魅力を感じるのだろうか?
中国は同じアジア圏で文化も近いので簡単に理解されると
思いがちだが彼らたちは字幕でDVDを見ているのである。
字幕ならアメリカホラーのようにメイクし
ほら!怖いでしょ!って画面に恐怖を感じるのは分かるけど
ただ予兆というか気配のみの画面で何が怖いのだろうか?
そんな疑問に対して色々と日本のホラーや怪談や幽霊画を見直してみた。
高知の絵金蔵の血生臭い芝居絵には何か執念を感じたし
怪談もホラー映画の根本は執念が描かれていると思う。
しかもその執念は不条理から生まれているのだが
その不条理さは何故か見近に起こりうるリアリティーを
感じるのはなぜだろうと思った。
時代が違うが怪談ならば貧富の差や政治体制に対する反動など感じる。
Jホラーも見近なビデオや携帯電話といった便利になりすぎた
科学技術への過ちや罪のような反動を感じる。
手に入れた豊かさや便利さと引き換えに
その裏にある苦労や失敗による無念さなどを
忘れてはいけないという警鐘にも聞こえる。
そんな執念を恐怖という形で昇華させたのが
日本の恐怖であると私は思ったのです。
ではその執念をリアリティーに恐怖という感情として
与えるための装置というかキーワードは何なんだろうか?
シンプルによくよく見てみると
「水」に気付かされたのである。
もっとわかりやすく言うと「滑りや湿気」である。
湿気の多い日本の気候風土が作り上げて来たのだろう。
例えると
霧深い夜、川、滝、井戸、雨などの場面設定や
血、傷、毒薬、涙などのビジュアルや小道具。
怒りに満ちた爆発した髪ではなく湿気を帯びた長い黒髪など
そういった湿気のある物を巧みに取り入れている。
我が作品にも水を媒体にして「じめっとした」湿気を使い
不条理やリビドーを表現できれば良いなと強く思いました。
難しいだろうけでこれからの課題にしていきたいと
最近考えている。
中国に居てもその人気は感じるし巷の話題としてもよく耳にする。
「貞子」の名前は下手な芸能人より有名である。
私は中国にいて海外を意識して日々を過ごしているわけだが
このJホラーのどこに外国人は魅力を感じるのだろうか?
中国は同じアジア圏で文化も近いので簡単に理解されると
思いがちだが彼らたちは字幕でDVDを見ているのである。
字幕ならアメリカホラーのようにメイクし
ほら!怖いでしょ!って画面に恐怖を感じるのは分かるけど
ただ予兆というか気配のみの画面で何が怖いのだろうか?
そんな疑問に対して色々と日本のホラーや怪談や幽霊画を見直してみた。
高知の絵金蔵の血生臭い芝居絵には何か執念を感じたし
怪談もホラー映画の根本は執念が描かれていると思う。
しかもその執念は不条理から生まれているのだが
その不条理さは何故か見近に起こりうるリアリティーを
感じるのはなぜだろうと思った。
時代が違うが怪談ならば貧富の差や政治体制に対する反動など感じる。
Jホラーも見近なビデオや携帯電話といった便利になりすぎた
科学技術への過ちや罪のような反動を感じる。
手に入れた豊かさや便利さと引き換えに
その裏にある苦労や失敗による無念さなどを
忘れてはいけないという警鐘にも聞こえる。
そんな執念を恐怖という形で昇華させたのが
日本の恐怖であると私は思ったのです。
ではその執念をリアリティーに恐怖という感情として
与えるための装置というかキーワードは何なんだろうか?
シンプルによくよく見てみると
「水」に気付かされたのである。
もっとわかりやすく言うと「滑りや湿気」である。
湿気の多い日本の気候風土が作り上げて来たのだろう。
例えると
霧深い夜、川、滝、井戸、雨などの場面設定や
血、傷、毒薬、涙などのビジュアルや小道具。
怒りに満ちた爆発した髪ではなく湿気を帯びた長い黒髪など
そういった湿気のある物を巧みに取り入れている。
我が作品にも水を媒体にして「じめっとした」湿気を使い
不条理やリビドーを表現できれば良いなと強く思いました。
難しいだろうけでこれからの課題にしていきたいと
最近考えている。