「これってパワハラになるのかな」
「え?ど、どれが?」
ここには誰も来ないからってのをいいことに、散々雅紀とキスしまくった。
もれなくパオンがパオンパオンになって少々困ったが、やめようとすると雅紀が追いかけてくるのだから仕方ない。
うむ。
仕方ないのだ。
「一応オレってしょーちゃんの雇い主でしょ?」
「一応ではなく正真正銘雇い主だと思いますが、社長」
「社長って。そのオレが、しょーちゃんの仕事はキスだよ、なんてパワハラなのかな?」
誰も来ないからと言って、さすがにここでズボンのボタンやファスナーを開放するのは憚られ、我がパオンが窮屈である。
どうやら雅紀もそうらしく、さっきから少々落ち着きなくズボンの股部分あたりのあちこちをあちこちへ引っ張っていらっしゃる。
雅紀は男の俺から見ても、立派なパオンだからなあ。
………ではなく。
パワハラって。
「これがパワハラになるなら、俺が前の会社でされてたのって何に分類されるんだよ。って思うけど」
「でも立場的に断れないんじゃない?しょーちゃん」
「その前にごめん、断る理由がナッシングだ」
「ナッシング?」
「そう。まったくもってナッシング」
「つまりそれは、しょーちゃんもオレとキスしたいってことで合ってる?」
「うん。合ってる合ってる」
「良かった」
ぐっほう………。
思わず変な声が出そうになって、俺は咄嗟に口元を押さえた。
良かったって安堵の笑みを浮かべる姿が、かわいすぎて。
雅紀とキスがしたいかどうか。
そんなの、もはや愚問である。
愚かな問いよ。
これだけ毎日毎日キスしまくりの毎日で、それが当然になってしまった毎日だ。
なのにもし明日からもうしちゃいけませんなんてことになったら。
泣く。
俺は泣く。
間違いなく泣く。
絶対泣く。
それほどに俺は、雅紀としたいのだ。キスが。
俺がしたいのだ。雅紀とキスを。
「しょーちゃんの夢にオレが出るようになったのって、オレがしょーちゃんにキスしてって言うからかなって心配になってさ」
「なるほど。でも、それは絶対ないから、大丈夫」
「絶対?」
「絶対」
断言できるよ。そんなの。
いくらそれが俺の仕事って言われているからって、そのせいで雅紀に『シんじゃえ』なんて言われる夢を見ているんじゃない。
雅紀に言えないだけで、原因は分かり切ってる。
夢に雅紀が出て来るようになったのは、雅紀の声の幻聴?のせいなんだ。
………いや。
それは本当に幻聴なのか。
それとも。
ハウス。
ここはハウス。
オレンジくんは幸い俺の背後で、俺からは見えない。
一度オレンジくんに仕掛けてみようって思いながらなかなかできずにいたのを、今しがた思いがけずできてしまったのだけれど。
オレンジくんは今、どうなっているのか。
ドッドッドッドッドッ………
ドッドッドッドッドッ………
せっかく落ち着いていた心拍数が、再び上昇したのが分かった。
気にはなっても、振り向いて確認することは、ちょっとできない。
「じゃあ、しょーちゃん」
「ん?」
「ん」
「………は、はい⁉︎」
「もうちょっとお仕事してくださーい」
「いやいやいや、あの、雅紀くん」
「しゃちょー命令だよー?」
「え、ちょっと待って。いくら社長命令でも………」
「何で?しょーちゃんもお仕事したいでしょ?」
「いやいやいや、いえいえいえ、それはもちろんしたいですよ?したいですけどね?時間的にそろそろ森田さんに連絡したりしないと」
「あ、そうか。忘れてた」
「忘れてたって」
「じゃあ連絡したらしてね」
「あの、しゃちょ?」
「ん?」
「今日は風間さんも横山さんもいらっしゃらないので、電話したらちゃんとお仕事しないと、ですね」
「えー」
「えーじゃなくて」
パオンのパオンパオンもおさまったことだしと立ち上がって、ごねてまだ座っている雅紀の手を引っ張って立ち上がらせた。
「じゃあ作業終わったらしよーね」
「それはもちろん、喜んで」
じゃあ行こ行こって、今度は俺がぐいぐい引っ張られて、ハウスを後にした。
おいおい、うちの社長はキス魔かよ。
って、まあ。俺も雅紀相手だと相当だけどな。
キス魔雅紀のおかげで、再び訪れようとしていた恐怖は、また上昇した心拍数は、少し緩和された。
さすがお天使って、12月なのに元気に地面をぴょんぴょんしている小さな鳥に目を細めつつソイ御殿に向かっていたその時だった。
ひゅんっ………て、音。
が、背後で聞こえた気がして、え?って振り向いたそこ。
そこに、今の今までぴょんぴょんしていただろう小さな鳥が。
………え?
何故か、捨てられたぬいぐるみのように、動かず、そこに。
………『落ちて』、いた。
鳥さんって思った方は米下さい🌾