赤ちゃんは生まれる何十年も以前から、この世のシナリオを決めている | 紫微斗数 欽天四化 占い 宮 立命 

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赤ちゃんは生まれる何十年も以前から、この世のシナリオを決めている

 

私のところで紫微斗数の基本からレッスンされている生徒さんが、凄いことに気付かれました。

このブログではもう幾度となく書いていますが、人はこの世に生まれて来る時は一生の人生のシナリオを決めて来ているという事です。

 

分かりやすく言えば、どんな家庭で、どんな両親の元で、どのような人生のシナリオなのか決められて来る。

それを自分は望んで(体験したいから)来るとも云われています。

 

そういう事実を、私の生徒さんが自ら家族の命盤から発見して、驚愕されました。

 

 

生徒さんの場合は、息子さんの命盤にある出来事が想定される時期に、両親の命盤にも息子さんの出来事のことが、時期も同じで現れていたのです。

 

これを逆に考えてみると。

この両親の命盤には、ある同じ時期に子供さんの事で悩むことが刻まれているということは、この両親が生まれる時には既に、結婚する関係で生まれて来たと云えます。

もっと驚くことは、この両親がそれぞれに生まれた時には、二人が結婚しある同じ時期に、試練の子供が生まれることも決まっていたことに成ります。

息子さんと両親の年齢差をみると、この息子さんが生まれる30年ほど前には、この息子さんの運命のシナリオは既に決まっていたことにも成ります。

 

この両親が生まれる時には、既に誰と結婚するのかは決まっていて、さらに二人の間に生まれる子供の運命も決まっていた。

両親が生まれてから30年後に生まれる子供の運命も決まっていたという事です。

 

あの世から現世、そして来世へと脈々と繋がる縁を感じます。

これが「輪廻転生」ではないでしょうか。

この世の出来事は「輪廻転生」の一コマの出来事なのです。

 

 

このような例はよくあります。

特に一家の一大事のような時に見せられることが多いです。

家族の誰かに重大な出来事が起こる場合に、顕著に命盤は教えています。

 

このことから、人は生まれる前から、次の人生での役割と出来事と死ぬ時期(帰る時期)を決めているのです。

ドラマと同じです。出演する期間の短い俳優さんも居るように、この世に滞在する期間の短い人もいます。これを人は「短命」とも云います。

 

私はある時期から考え方が真逆になりました。

真逆の考え方になってから苦が減少してしまいました。

自分自身のすべてを受け入れられたのです。宿命も運命も人生も。

 

 

人は、この世の人生が全てで、死ぬことは全てが終わりと思っています。

 

私は真逆です。

あちらの世界での滞在期間が長いのです。いや滞在というより常駐と考える方が適切と思います。

つまり、あちらの世界が本当の場所で、こちらの世界には様々な体験をするためと、他者の人生体験のための脇役としての役割を持って、必要な時期に合わせて(予定して)生まれて来るのです。

どんな脇役でも、脇役の側から見れば自分が主役ですから、この世では誰もが全員、主役という気持ちです。

 

 

早く死んでしまう人は、この世のドラマの役割を全うしたからです。

2カ月で亡くなる赤ちゃんは、この世の出演期間は2カ月ですべての演技は終了です。出番が終わったので「この世」という舞台から楽屋に戻るのです。

楽屋は「あちらの世界」です。次の出番の役割が決まるまでは、あちらで何かして待機しているのです。

何かして、というのは魂の勉強かもしれませんし、他の何かなのでしょう。

私には、それが何かは良く判りません。

あちらの世界に行けば分かるでしょうけど、こちらの世界に来る時には、記憶は消去されてくるようです。

過去の記憶が消去されないと、この人生は一生懸命に成れないからです。悪いことをするのにも本気に成れないからです。

演技していると思ったら、何をしても白けてしまいます。

そのあたりが仕組み(法則)として考慮されているのでしょう。

 

占いで、この世のシナリオが判ってしまっても、勝手な行動が出来ないように、自分を取り巻く環境や条件は基本的に変わらないようになっています。

(他者には他者のシナリオがあるので)、ドラマを演ずるには自分勝手に台本を書き換えることは出来ないのです。そうしないと他の人との台本と合わなくなるからです。

これが運命の法則と思います。

ただ、シナリオは変えられなくても、演じ方は役者に任されているように感じます。

 

同じ役柄でも、演じる時の考え方を変えれば楽しくもなるし、嫌にもなります。

私は、そう感じて生きています。役者をしながらドラマを楽しんでいます。

一生懸命にアドリブを楽しんでいます。ガイドラインから外れることは出来ませんが、その範囲内で思いっきりいろいろやらせて貰っています。

つまり、自分の人生も客観的に見ることが出来るようになったのです。