小さな『秋斉』は乳母の『内侍』と共に水戸なのか江戸なのか水戸藩の屋敷で生涯をおくるのだ。斉昭の北の方からは、己の息子達と同じように育てていくから、産後の身体を労る様にと文(ふみ)が届けられた。

青みを帯びた黒髪の美しい男の子(おのこ)をこの手に抱かされた時、容貌(かおかたち)の光輝く様な有り様に

この子は月に帰ってしまったかぐや姫の様に、この世から消えてしまうのではないか…

と思わず強く抱き締めて産婆に叱られていた。

秋斉は光を放つ程美しく、すくすく育っていった。そして、自分のもとを去っていった。

もう1つの『いのち』は死んで産まれてきた。

まるで、秋斉を『生かす』為に…

秋乃太夫は小さな逗子を手で擦っていた。
『秋斉』

そう書かれた紙を秋乃太夫は、文箱の二重底から取り出し、眺めていた。

『斉』という文字を名前に付ける大胆不敵さが徳川斉昭その人となりを顕しているともいえた。

秋乃太夫は今上天皇の一番上の姉宮の孫娘ではあったが様々な理由から内親王宣旨がおりなかった為、篠乃子女王(ひめみこ)という立場であった。従妹に佐保子女王という容貌(顔かたち)が瓜二つの姫がいて二人で侍女達に囲まれて嵐山で暮らしていた。

暮し向きはどんどん悪くなり、篠乃子姫は『天皇家の秘密』を口外しない、と条件を出し、佐保子姫を宮中に出仕させ、自らは『島原』に身を寄せた。

異例の速さで、…身を寄せた置屋『藍屋』に太夫がいなかったこともあり、『太夫』になった。

秋乃太夫は『秋斉』と書かれた紙を畳み、箱の二重底にしまうと、スッと立ちあがり、小さな逗子を開いた。慈愛に満ちた観音像に手を合わせて長い間、祈りを捧げていた。
「尼寺に赤さんに乳を与えに呼ばれるとは思いもしまへんことどした。」

胸元の襟を合わせながら、乳飲み子を持つ女は赤子を肩に乗せて、背中を、ポンポンと撫でた。

けぷ

赤子の口からげっぷが出ると、もちもちした柔らかな腕の中に赤子を抱えた。ふくよかな女の隣には籠が置いてあり、その中に女自身の赤子がすやすやと眠っていた。

「かいらし女の子ぉどすなぁ~」

「たぁだ、目ぇが京の都のもんにしては珍しおすなぁ。」

赤子の目はぱっちりとはしていたが、切れ長で『いかつい』様にも見えた。

「そうどすか?」

庵主は小さな身体をしゃんと伸ばして座ったままそう答えた。

「へぇ。…ああ、よしよし。」

庵主の脇に控えている尼僧がそわそわしていたが、庵主の仏像の目の様な光にピクッとして座り直した。