前回に続いてノースフェイスカップの決勝の様子をお伝えします。

今回はWomen's Division 1とDivision 1についてです。

2日間にわたり過去最高の盛り上がりを見せたTHE NORTH FACE CUP 2019。
そのラストを飾るこれらのカテゴリーが始まったとき、見ている人たちはみな、いよいよだ、という気持ちだったでしょう。


1人目のクライマーは田嶋あいか選手。
最初の1手、ランジ(遠いホールドに飛びつくようにして取りに行く動き)が決まらず、焦ってトライを重ねすぎているようにも見えますが、1回1回何か改善して、少しずつ正しい動きを見つけ出そうとしていました。
田嶋選手はランジはあまり得意ではないので少ないトライで登るのは難しいと考え、アテンプト数(トライした回数)がかさんででも完登しようとしていたのでしょう。
1手目で落ちるということは、体力の消費も少ないので何度もトライできるのです。

試行錯誤の末、トライ7回目にして正確な動きで見事ランジを決めました。
迷いながらも正解ムーブで中間部を抜けようとしますが、右手がすっぽ抜けるようにしてフォール。
その次のトライでは腰にチョークバッグをつけていたのを見ると、ぬめって(手に汗をかいて)落ちてしまったのかもしれません。

残り時間が少なくなり、休憩する時間を確保できないため、ここからの完登は体力的にきつくなっていましたが、もう一度ランジを決めると、クライミングの途中で腕を振って体力を回復させ、このルートを上りきるコンディションが整うと、意を決したように登り始め、ゴールホールドまで気持ちを途切れさせず登り切りました。

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準決勝終了直後、決勝に残ったのは運がよかったからと話していた田嶋選手ですが、完登に対する思いとそこに持っていく実力は本物であると証明するクライミングでした。


2人目の森秋彩選手も1手目で苦労していました。
保持力、持久力、安定感に優れ、乱れのないクライミングをする森選手ですが、この1手はなかなかうまく動けていない印象でした。
その原因のひとつは飛び出すときの左足にあります。

森選手の癖なのか、スタートポジションに入るため左右の手でスタートホールドを持ち、左足をホールドに置き体を引き上げる瞬間、左足の膝が内側に回転しているのです。そのまま体を右下方向に沈め、左上に伸び上がろうとしますが膝が内に入っているせいで左の方に体重移動ができず、ホールドをつかんでも体は右に残った状態なので振られが大きくなります。加えて左に体重移動できないことで体が壁から離れてしまい、結果振られた体は大きな輪を描くようになり、コントロールしきれず落ちてしまうのです。
しかし持ち前の保持力と徐々に修正された軌道によって8回目のトライで1手目を捕らえることができました。

そこからはさすがの安定感で、何が難しいのかわからないというような動きでゴールまでたどり着きました。

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3番手の伊藤ふたば選手。
少し慎重に、様子を確かめるような1トライ目の後、すぐさま2回目のトライに入り、よく狙いを定めながら1手目をとめると、あっという間に完登してしまいました。

16歳ながら数々の大会で決勝の舞台を経験しており、貫禄を感じさせるパフォーマンスで会場を沸かせました。
このノースフェイスカップには8年前から参加していることもあり、観客からの声援も多い中それに応えるように完登後に手を振る姿にはどこか余裕を感じさせ、大会を心から楽しんでいるようでした。

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今回韓国からの招待選手であるキム・ジャイン選手、サ・ソル選手など、ワールドカップで活躍する選手が多く出場するなか、3位で準決勝を突破し注目を集めた菅原亜弥選手。
決勝での登りに期待が高まる中、カーテンの奥から姿が見えたと思ったらマットに足を引っかけ、勢いよく転倒しながらの登場。
照れくさそうに笑う菅原選手に、客席から温かい声援がかかりながら、競技がスタートしました。

身長が167cmある菅原選手はそのリーチを生かし、かなりゆっくりとした動きで1手目のホールドをつかみますが、その後のフラれに耐えられずフォールを繰り返してしまいます。
高身長であるが故に、右手と左足がかなり遅い段階までスタート位置のホールドに残ってしまい、次のホールドを止める体制に移れていませんでした。

しかし冷静に、諦めずトライを続け、残り時間1分のあたりで動きが修正され始めました。残り時間20秒で可能性のある動きを発見し、そこから2回のトライをしました。時間ぎりぎりでスタートした最終トライは一瞬止まったかと思うほど惜しい動きでした。

悔しそうな表情を浮かべながらも、観客の方を見て一礼し、ノースフェイスカップ初の決勝の舞台を終えました。


登場とともに客席に向かって手を振り、堂々と現れたのは野口啓代選手。
これまでの選手とは異なった方法で1手目をとめました。

両手で1手目のホールドを取りに行き、左に振られる体を左足で押さえるという登り方をしていた前出の選手に対し、野口選手は左手のみで1手目をつかみ、右足で振られを抑えて登りました。

片手でとめる動きは、菅原選手が何度も挑戦して失敗していたので、難しいのだろうと思っていた矢先、1トライ目でとまりかけ、2トライ目で成功させたのを見て驚きました。

左に飛び出るということは最後左足で踏み切ります。そして左足で振られを止めるとなると、一度両足が完全に離れ、腕で体を支えなければいけなくなります。
しかし野口選手がやったように左足で伸び上がり右足をクロスさせれば、常に足で体を支えつつ、バランスをとりつつ動けるのです。

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上部までぐいぐいと力強く登っていった野口選手ですが、ゴールのホールドを捕らえる位置が下過ぎてしまったため、出した右手は滑るようにゴールホールドから離れ、完登を目前にして落下してしまいます。
そしてその後なかなか1手目がうまくとめられず、見ている側もひやひやしてきましたが、なんとか1手目をとめ、少し苦しそうに上部まで登ると、今度はしっかりとゴールをつかみました。


準決勝1位通過の野中生萌選手が大きな歓声を受けながら、笑顔で登場しました。
クライミングタイムが始まり、動きを確認して登り始めますが、やはり1手目に苦しめられます。トライ数が増えていくと、観客の応援に熱が入ってきます。次のラウンドでも野中選手の登りが見たいという気持ちの表れでしょう。
ヒートアップしていく観客とは裏腹に、終始落ち着いた振る舞いでクライミングを続ける野中選手。一拍おいて登り始めた5トライ目、左手で1手目のホールドをキャッチすると、両足が宙に浮いて体が大きく左に振られます。そのまま遠心力に引っ張られていくかと思いきや、左手と左足のみで振られに耐え、何事もなかったかのように淡々と登り続けます。

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両手で振られに対抗するでもなく、足運びで振られを抑えるでもなく、なぜ野中選手は1手目をとめることができたのでしょうか。

左手でホールドをつかみ、足が離れた後、すぐに左足をホールドに置いている訳ではなく、少しの間左手のみで振られに抗っていることから、まず野中選手のずば抜けた保持力が可能にした動きだということは疑いようがないでしょう。
それによって生じた0.数秒の落下までの猶予の間に、とっさに左足を自分が振られに耐えうる位置に置き、体全体で左手にかかる力を最小限に抑えることであの衝撃のムーブが完成したのです。

ゴールを取るときも、勢いをつけて手を出し、それにつられて足が浮いてしまっていた他選手に比べ、野中選手は踏みづらいフットホールドをしっかりとらえて少しも離れず余裕を持って動いていました。惚れ惚れするほど力強い登りでした。


ここで、第1課題を完登した5人の選手が次のラウンドに進むことがきまりました。


第2課題も、序盤で横に振られる動きのある課題です。右に大きく振られるのを耐えて登るポイントは2つ。
飛び出す前の左足と、飛び出した後の左手です。

田嶋選手はまず左足の正しいポジションを3トライ目で発見し、そのトライで左手の使い方のヒントを得ると、4トライ目で振られを止めました。
上部では、得意なカチ(とても薄く、指先でしか持てないホールド)で軽やかな登りを見せますが、滑りやすい形状の左足に乗り切れずフォールしてしまいます。

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その後も高度を伸ばすことはできず、最終的な順位は5位となりました。


森選手は1トライ目で飛び出す前に左足をいろいろな位置に置いてしっくりくるところ探り、ここというところを決めると柔らかい動きで飛び出します。しかし左手を動かす判断が一瞬遅れて惜しくもフォール。
3トライ目には見事に成功し、課題の後半部分へ突入します。
この課題でも森選手の、膝が内側に入る癖が現れ、動きが制限されてしまい、田嶋選手と同高度の、球体の下側についたホールドをつかんだところで落下。アテンプト数で田嶋選手に勝ち、4位となりました。

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伊藤選手は迷い無く左足を正解ポジションへ設置して飛びますが、左手は正確な位置を捕らえきれませんでした。続く2トライ目には左手の使い方に修正を入れ、しっかり決めてきました。
その勢いのまま球体の下についたホールドをつかむと、右手でホールドを押すようにしてからだを上げ、球体を両手で抱えるような体制まで持っていきます。

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4トライ目にもう一つ先のホールドをとらえ、現時点の最高高度をたたきだしました。
その後、ラストトライでも粘り強く完投を目指しますが、さすがに疲れてそれ以上の高度は出せませんでした。


続く野口選手は序盤の2つのポイントを押さえずとも、力でホールドを抑えれば登れることを教えてくれました。これまでの選手とは違った、ゆったりとした動きで上部まで登り、1回目のトライで伊藤選手の記録を抜いてしまいました。この時点で、野口選手の最終ラウンド進出が決定しました。
そしてゴールに手を伸ばし、指がわずかに触れるところまでいきましたが、球体に押し出されるようにして落下してしまいました。

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1分以上のレストの後、2トライ目も完登することはできず、ラストトライに賭けるかと思いましたが、そこでトライを終了しました。


最後に登場した野中選手。この成績次第で、最終ラウンドに進むもう一人の選手が伊藤選手か、野中選手かが決まります。

1トライ目、スタートからよどみなく、2つのポイントを押さえつつさらに余裕のある動きで序盤を切り抜けました。そして球体のしたのホールドをつかみ、右手で押すようにして体をひきあげました。いよいよ野中選手の最終ラウンド進出が見えてきたその瞬間、足が滑ってフォールしてしまいました。

落ちた後、しきりに左肩を気にする野中選手。残り時間がどんどん減っていく中、野中選手はなかなか登る気配を見せません。
そして残り時間が40秒をきったとき、首を振って競技エリアから去って行ってしまいました。

フォールしたとき、左肩を痛めてしまい、競技を続けることができなくなってしまったのです。

4月から始まるワールドカップにも、復帰できるめどは立っていないようです。
多くの人が、野中選手の登る姿を見るのを楽しみにしています。
早くけがが治り、競技に復帰できるのを祈るばかりです。

野中選手は、田島選手、森選手と高度で並びましたが、そこまで1回のトライでたどり着いた野中選手が3位という結果になりました。



そして迎えた最終ラウンド。
勝ち抜いたのは伊藤選手と野口選手。
壁の前に現れた二人は、笑顔で会話しつつオブザベーションを終え、最終決戦に臨みます。

オブザベ前から登る直前まで腕を振って、なんとか回復を図ろうとしていた伊藤選手。第2ラウンドのラストトライから、かなり疲労しているようすでした。
そんな中で、最後の課題は傾斜が強くパワーが求められる課題。
伊藤選手はふっと息を吐いて気合いを入れ、集中し直し、競技開始です。

スタートから負荷の高い動きが続き、3手目のダイナミックなムーブで振り落とされてしまう伊藤選手。様々な動きを試し、可能性を感じる動きを見つけると、何度かその動きで挑戦しますが、対応しきれません。
ラストトライ、観客のあおって声援を味方に味方につけます。
披露が色濃くなり、1手目から体が壁から引きはがされそうになるのをなんとか耐えるといった具合で3手目まで手を進めますが、応援に背中を押されるように、一番惜しいトライを見せ、競技終了となりました。

最後に、客席に向かって笑顔で深々と頭を下げ、温かい声援に対するお礼をしました。


気迫を感じさせる面持ちで登場した野口選手。
ルート全体を見据え、静かにスタートを切ると、集中したクライミングで3手目までたどり着き、鮮やかな動きでダイナミックムーブを制しました。

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続く4手目も力強くとめますが、次の1手をとらえきれずフォール。
少し焦った表情を見せますが、すぐさま動きの修正に入ります。頭の中でイメージを整えると、自信に満ちた表情で観客を煽ります。その表情に引っ張られ、観客はより一層の声援を野口選手に向けます。
しかしやはり同じところでフォール。

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残り時間を確認し、もう一度イメージを組み直します。
そして最後の力を振り絞るように1手1手進み、手を伸ばしますが届かずフォール。

しかし観客からは優勝者に対して盛大な拍手が送られ、野口選手はそれにお辞儀をし、手を振ることで応えてTHE NORTH FACE CUP 2019 Women's Division 1は幕を閉じました。


競技後、野口選手に話を聞くと、
「第2ラウンドで、ゴール取りまでいった時点で、最終ラウンドには確実に残ったと考え、ラストトライはしなかった。最終課題は完登するつもりで臨んだが、予選から積み重なった疲労が思ったよりも大きく、完登できず悔しい。」
と話していた。
サドンデス方式の特性を理解し、会場の雰囲気を感じ取り、優勝するための最善策を実行する。こういった計算は長年の経験のなせる技なのだろう。

第1戦で活躍し続ける日本のエースの、勝負に対する強い思いを肌で感じる大会だった。



次回Division1です。