ドラ日和ブログ みつおの日記 

ドラ日和ブログ みつおの日記 

ダラダラと思ったことを。雑念と漫画とアイドルの日々。


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 “経済番組を見て400字で要点を纏めろ、制限時間は30分”。こんなに簡単な課題が出来なかった。読書を趣味とし、ライターや文筆家になりたいと、薄ボンヤリとした意識の中で絶えず思い続けている自分である。ただひたすらに悔しい。

 

 書けなかった理由は分かっている。その経済番組の本筋とは別に、閑話休題的に登場した企業の評価システムに疑問を覚えたからだ。

 

 滋賀県内のとある企業。自分の出来高によって給与が変わる歩合制を採用していることから、自分の成績にしか興味のない社員たちを危惧し、お客との商談時間の分数、デスクの整理整頓、飛び込み訪問の戸数、後輩教育などをポイント換算して“人間性”を評価、給与に反映させるシステムに転換したという。

 

 まず、はじめに留意しておきたいことは、個人主義が全体主義に変わったような印象を受けるが、それは全くの間違いだということだ。憲法や法律とは異なり、社の都合でどうにでもなるルールを人間性などという、それを守らねば人非人であるかのような言葉で評価する……番組からは“人間性”を個人が評価しているのか、複数人で評価しているのかは分からなかったが、人間は公平な判断なぞ出来ない生き物であろう。そうなると高評価を得るのは身内であり、お気に入りであり、腰巾着となることは間違いない。この足りぬ頭でこの企業の行く末を予測する。いや、してしまう。背筋に悪寒が走る。

 

 まずやるべきは“自分の成績にしか興味のない社員”だったのではないだろうか。

 

 とかなんとかやっているうちに制限時間を過ぎてしまった訳だ。ああ、情けない。

 

 でもいい。この文章で規定の400字を超えることが出来たのだから。結果オーライということで、一旦この文章を締めてみせる訳だが、頭の中にはまだ、濃いもやの様にこの疑問が残っている。あー、七面倒だなぁ、くそッ。


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ついさっき、ミルクティーをこぼした。椅子の背の部分が回転してカップに当たり、床や積んであった本にかかった。カバーなんて捨てちゃえばいいんだと言い聞かしてとりあえず掃除し、例の椅子に座ってこの文章を書いている。さて、頭で思い描いた書き出しじゃなくなってしまった。どうしようか。

 

そもそも今日はそんなことが起きるような日だった。昼過ぎに起き、コタツでワインを飲みながら『矢口真里の火曜THE NIGHT』(abemaTV)を連続視聴。これじゃ駄目だとセブン・イレブンへ向かい、激辛カップ麺とお菓子を買って食べながらまたやぐ姉(矢口真里の番組内でのあだ名)の番組へアクセス。ただいま大学3年の春休み。性に合わない就職活動を全スルーして、引っかかりっぱなしの例の件から逃げる様にしての怠惰である。

 

んじゃあ、今回はその件について、じっくり気持ちを整理したい。

 

 

それは、年が明けたことにも慣れた2018年1月20日に、「アイドルグループ・アイドルネッサンスが、2月24日のライブを以って解散する」ことが発表されたことだ。前触れのない唐突な発表で、メンバーの見解より先に、所属事務所SMAの担当スタッフ・照井紀臣による「ブレイクスルーすることが出来なかった」という言葉が公式ホームページにアップされる。

 

アイドルネッサンスとは、2014年1月から始まったオーディションの末、同年5月に、新井乃亜、南端まいな、比嘉奈菜子、石野理子、宮本茉凜、百岡古宵、橋本佳奈の7人組グループとして結成されたアイドルグループである。“名曲ルネッサンス”と題し、美空ひばりからKANA-BOONまで幅広い年代からの楽曲をカバーして持ち歌としてきた。2015年9月に橋本佳奈が脱退するのを機にグループが再編成され、21世紀以降のアイドルソングを歌うというコンセプトの姉妹ユニット『AIS』が誕生し、2016年6月に原田珠々華と野本ゆめかの2名が加入し、現在8人組。2017年4月にはオリジナル楽曲を発表し、それを含めたオリジナル楽曲4曲入りミニアルバムを8月に発売した。ライブも回数を重ね、アイドルファンからの評価はかなり高い…はずなのだが。

 

担当スタッフが指す、この場合の“ブレイク”とは、一体なんだろう。強制的な活性化で目当たらしさを常に提供することでトップたる地位を守り抜くAKB48グループの振る舞いは愚かだとさえ感じる。これがブレイクと言えるのだろうか、とも。アイドルネッサンスはそこを目指していなかったはずだ。つまりは…CDや物販の売り上げだろうか?それともライブの動員数?はたまた依頼される仕事の数かもしれない。謎が謎を呼び、現実的で残酷な言葉の本意を探る中で浮かんでくるのは、アイドルネッサンスは誰のものだったのか、という疑問だ。

 

そもそも、ひとりの女の子がアイドル(この場合はアイドル歌手を指す)になる瞬間に課せられる命題は、「私の言葉」と「あなた(作詞家)の言葉」が乖離することであり、「わたしのキャラクター」と「あなた((ファンやスタッフ)が求める)のキャラクター」も乖離することだと思う。名曲ルネッサンスはこの2つの乖離を埋める大きな役割を果たしたと言えるだろう。

 

作詞家が書く“恋するティーンエイジャー”は、決して歌う当人のことではないし、恋するティーンエイジャーが経験を基に作詞したところで、それはその個人のモデルケースでしかない。これは乖離を誘発しかねないし、繰り返し歌う中で暗示の様な作用を起こす恐ろしさを感じる。差別化を図る為のコンセプト・アイドル全盛の時代である今、危惧すべきことだと感じるのだが、如何だろうか。

 

アイドルネッサンスは名曲ルネッサンスというコンセプトの中で、2つの乖離を常に意識してきたのではないだろうか。ありとあらゆる邦楽を1000本ノック的に、無差別かつ地道に、ジャンルを問わずにカバーしてきたことによって、曲に合わせた表情づくりと切り替えをものにしてみせた。例えば、デビュー当時には17歳に満たなかったメンバーの歌う『17才』と、活動していく中で、現在17歳に達したメンバーの歌う『17才』の違いである。目に見える身体の成長と歌手としての上達、そして目に見えぬ精神的成長が合わさった『17才』は、自己を形成していく10代の成長を楽しむという、アイドル戦国時代以後のアイドルのセールスポイントを体現し、ショーアップしていると言えるだろう。

 

グループが纏うイノセントな雰囲気の奥底にあるものは、乖離の克服であり、名曲ルネッサンスという概念を自分のものにしてみせたと言える。だからこそ『交感ノート』、『Blue Love Letter』、『5センチメンタル』、『前髪』という、アイデンティティを崩すとも言えるオリジナル楽曲4曲があれ程素晴らしいものになったのではないだろうか。

 

メンバーは、アイドルネッサンスのアイデンティティを自分のものにしてみせた。だが、アイドルネッサンスというアイドルグループはSMAの持ち物でしかない。だから解散するのである。これが現実であり、公にされていない隠された部分が自分に提示されようと変わらない真実だろう。

 

 

そんなことを考えていると、自分自身の事も考えてしまう。自分は自分のものであり、いわば自分しか居ない船のキャプテンだったはずだ。だが、人生を進めるにつれて他者がどんどん乗り込んでくる。舵をまかせてくれと言ってくるし、舵を任せると楽になるだろう。その結果は幸にも不幸にもなるし、社会の波は荒くなるばかりだ。さてどうしよう。自分のスケジュールを他人に決められることが嫌だし、飲酒を覚えてからというものの、アルコールの力を借りて自嘲して愛を語る(これ以降がそのパート)ばかりの毎日である。破滅型の人生に感じるロマンに酔いしれている場合かよと自己ツッコミの毎日だ。

 

ここまで書きながら頭に浮かぶのは、野本ゆめかのことばかりだった。抑えていても仕方がないので、ここからはゆめゆめ(野本ゆめかのあだ名)のことを、吐き出すように書いていきたい。

 

彼女のころころ変わる表情が大好きだ。輝く笑顔と美しい涙を併せ持ち、驚くほど無邪気に振る舞う。アイドルに憧れ、大好きなアニメ・漫画・特撮の光を浴びて自分自身をルネサンスしていく姿には、同じものを趣味に持つことから「もうひとつの人生」を見た瞬間も多い。こういうタイプの想いの、何度目かの経験である今回は、想いをアイドルの本意、偶像へと転換されてゆくのが分かる瞬間があった。畏れと配慮によるそれは、自己防衛本能からかもしれない。だが、笑顔や歌声が強固たる孤独主義的な心を解きほぐし、舵をまかせてみてよと言い解くのが野本ゆめかだ。彼女の存在はそれくらいの衝撃だった。

 

正直に言うと読んでいないブログや見ていない動画も多い。例えるならばせっかく貰った手紙の返信を返さない様な無礼だと思う。本当に申し訳ないと思いながらも、畏れが増していく。つまり客観視すれば、自嘲しながら畏れるのが自分の愛し方なのだ。溜息しか出ないけれど、今後もこれと付き合わねばならない。

 

……好きなんだよ。バイバイしたくない、ただそれだけだよ。頭ん中空っぽにすると。

 

 

2018年2月24日のラストライブまであと少し。もう会えなくなった子になったとしても、何もあきらめないでと教えてくれたみんなと違って、自嘲に甘んじる自分は風の中を走ることが出来ないかもしれない。でも、メンバーが走り抜ける風を感じることは出来るはずだ。いつも誰かのかすかな風が、自分を変えてきた。「それでいいの?」という疑問符を打ち消しに来て欲しい。他力本願だけど、「それでいいよ」なんて。

 


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第2章第3節「消えてはまた復活…ようやく定着した?邦訳版」

ちなみに、日本国内で邦訳刊行されている邦訳版アメコミはトレード・ペーパー・バックを底本としているものが多く(時たま、日本独自編集や分冊という場合も見受けられる)、小学館集英社プロダクションとヴィレッジブックスの2社が集中して毎月刊行している。前社のものは短めのシリーズが多く原書に忠実なサイズで、後者はマニアックな長期シリーズが多く、サイズは原書に比べて一回り大きくなっている。ほぼ全てに別紙挟み込みの解説書が付いており、価格は双方が2017年刊、120ページ程度、マーベルの邦訳版と条件が同じの『デッドプール:ミリオネア・ウィズ・ア・マウス』(小学館集英社プロダクション)で税込み1944円、『絶対無敵スクイレルガール:けものがフレンド』(ヴィレッジブックス)で税込み2484円と、ヴィレッジブックスが割高な印象を受けるが、オールカラーであることを加味すると妥当な値段だろう。『ジャスティス・リーグ アンソロジー』などのアーバン・コミックス(フランス)が編むDCアンソロジーシリーズを刊行するパイインターナショナル、ネットコミュニティで注目を浴びたDCの異色作『ヒットマン』シリーズを刊行するエンターブレインなどの邦訳版にも注目したい所だ。

 

ここで、邦訳版アメコミの歴史を振り返ってみよう。日本に初来日したアメコミはやはりスーパーマンだった。皮切りとなったのはコミックス社の『スーパーマン』(1949年、全3号)で、これ以降メディア化の機会を狙って邦訳されることが多くなっていく。『オールカラーナショナルコミックス バットマン』(少年画報社、1966年~1967年、全7号)はテレビドラマ版『怪鳥人間バットマン』放送時に、『月刊スーパーマン』(マーベリック出版、1978~1980年、全24号+増刊号『スーパーマン対モハメド・アリ』)は映画『スーパーマン』公開時に刊行された。一方、マーベル作品は、東映とマーベルが提携を結んでいた頃、光文社が “光文社マーベルコミックス”を発刊している。(1979年~1980年、『スパイダーマン』、『ファンタスティック・フォー』、『ハルク』、『キャプテン・アメリカ』など、全24巻)これが休止したのち、翻訳アメコミ発表の場として光文社が用意したのが1980年4月創刊の漫画雑誌『ポップコーン』(1980年~1981年)であったが、わずか6号で廃刊となる。その後ポツポツと邦訳版が刊行されることがあったのだが長続きせず、1~2年程現れては消え、現れては消えを繰り返していた。

 

そんな中、1994年に小学館の版権管理会社・小学館プロダクション(現・小学館集英社プロダクション)がゲームの制作やアニメの放映に合わせて『X-MEN』(1994年~1996年、全17巻)を邦訳。これを皮切りに精力的に邦訳版を刊行し続けるようになる。『マーヴル(この時期はマーベルではなく“マーヴル”の表記が公式とされていた。)クロス』(1994年~1997年、全17巻)、『スーパーマン/バットマン』(1996年~1997年、全3巻)などのアンソロジー雑誌を企画するなどし、アメリカでは“Viz Media”として日本漫画の米訳版を刊行している。そんな中、相乗効果で2000年代前半に登場したのが、広告代理店ウィーヴの出版部門・ジャイブ(現・ヴィレッジブックス)で、最近は通販限定のタイトルを刊行するなど独自の動きを見せている。現在では実写映画の公開などのムーブメントに乗り、2社合わせて毎月約7~8点もの邦訳版アメコミを刊行している。現れては消えの時期はとうに過ぎたように感じるが、2社とも刊行が一時中断されることがしばしばあり、不安定さを見せていることは確実である。現状の維持を望む所だ。

 

第3章「今日のアメコミ、ライセンスと映画製作と出版と」

第1章でも取り上げたが、コミックス・バブルの崩壊と共にコミック・ブックの売り上げが低迷。1996年にはマーベルが倒産する。それでも読み続けるのはマニアのみという状況が続き、かの『スーパーマン』誌も1966年には72万部を誇っていたが、1986年には9万8千部、2006年には6万2千部、2011年冒頭には4万2千部という右肩下がりの現実がある。

 

そんな中、DC、マーベル共に出版を抑えて好調なのはライセンス(版権)の売り上げである。現在、コミック・ブックのシェアにおいてナンバー1を誇るマーベルの2008年度の売り上げ[i](計6億7620万ドル)を部門別に見てみると、ライセンスが43.3%、映画製作が37.7%、出版が18.5%、その他が0.5%となっている。つまり、現在のマーベルはもはや出版社ではないということがこの結果から分かってくるのだ。

 

第3章ではライセンス、映画製作、出版という3つの要素から今日のアメコミを取り巻く状況を解き明かして行きたい。

 

第3章第1節「“マーベル・シネマティック・ユニバース”VS“DCエクステンデッド・ユニバース”実写版映画時代の誕生」

まずは巨額のライセンス収入の見込める映画製作という要素を見ていこう。観客が追いつけない程に公開されており、昨年1年間だけでも、『ドクター・ストレンジ』 (マーベル原作、2017年1月27日公開) 、『レゴバットマン ザ・ムービー』 (DC原作、2017年4月1日公開)、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(原題『Guardians of The Galaxy Vol.2』、マーベル原作、2017年5月12日公開)、『ローガン』(マーベル原作、2017年6月1日公開)、『スパイダーマン:ホームカミング』 (マーベル原作、2017年8月11日公開)、 『ワンダーウーマン』(DC原作、2017年8月25日公開)『マイティ・ソー:バトルロイヤル』(原題『Thor: Ragnarok』、マーベル原作、2017年11月3日公開)、『ジャスティス・リーグ』(DC原作、2017年11月23日公開) の計8作品が公開(全て日本公開日を記した)されている。DC原作が3作品、マーベル原作が5作品というボリュームだ。異常なスピードで量産されている理由は何なのだろう。

 

マーベルでは、2000年代に入った頃から20世紀フォックスに『X-MEN』(2000年~、現在までにシリーズ10作を公開し、他にテレビドラマ2作もある)や『デアデビル』(2003年)、『ファンタスティック・フォー』(2005年~2007年と2015年、全2作とリブート版全1作)を、ソニー・ピクチャーズに『スパイダーマン』(2002年~2007年と2012年~2014年、全3作とリブート版全2作)の映画化権を貸し、共同で制作することでなんとか経営を持ち直していた。2003年、この状況を受けてマーベルは驚くべき発表をする。キャラクターを担保に映画製作費を投資銀行のメリルリンチから5億2500万円の融資を受けたのである。

 

資金を手にしたマーベルは、キャラクターの映画化権を売り払った各社(アイアンマンはニュー・ライン・シネマ、ハルクはユニバーサルと権利が散らばっていた)との折り合いを付け、自社の映画部門であるマーベル・スタジオズから2008年に『アイアンマン』を公開する。これはマーベル・シネマティック・ユニバース(以下、公式同様MCUと略す)の第1作として公開された。MCUとは、シリーズの各作品のキャラクターを同じ世界にいると設定するクロスオーバーとして扱っていることを最大の魅力とするシリーズで、例えば『アイアンマン』では、本編後にスパイ組織S.H.I.E.L.D.(シールド)のニック・フューリーが登場、アイアンマンに超人を結集させるアベンジャーズ計画を説明するという映像が流れる。その横のモニターにはチラリと大暴れするハルクが…これは第2作『インクレディブル・ハルク』への布石…というものだ。クロスオーバーはコミックの魅力を見事にスクリーンで再現したものと言える。結果、世界で最も大きな興行的成功を収めている映画シリーズとなり、2位の『スター・ウォーズ』シリーズに大差をつけ世界歴代1位の興行収入を記録している。

 

現時点での最新作である『マイティ・ソー:バトルロイヤル』は、雷神・ソーと緑の巨人・ハルクが『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(原題『Captain America: Civil War』)の戦いに参加出来なかった理由は辺境の星で共闘していたからだったという内容で、『プラネット・ハルク』や『ソー:ゴッド・オブ・サンダー』を原作として使用しながらも、レッド・ツェッペリンの『移民の歌』を効果的に流し、歌詞をストーリーに落とし込む。ファンタジー要素の強かった『マイティ・ソー』シリーズ前2作だったが、そこに今作の監督であるタイカ・ワイティティは全編の約80%に及ぶ即興芝居とアドリブで目一杯のギャグを詰め込んでみせた。MCU 17作目にして、更なるビジョンを見せ続けるマーベル映画ここにありといったところだろうか。

 

MCUはこれまでにキャプテン・アメリカ、ブラック・ウィドウ、ホークアイ、アントマン、(ソニーと折り合いを付けて登場した)スパイダーマン、ブラックパンサーなどをスクリーンに登場させ、『エージェント・オブ・シールド』、『marvel デアデビル』をはじめとした8作ものドラマシリーズも制作されるなど、規模は大きくなるばかりだ。成功の理由はマーベル・スタジオの製作社長であるケビン・ファイギやジョス・ウェドン、アンソニー・ルッソとジョー・ルッソのルッソ兄弟らのコミックへの理解、そして見事に作品に落とし込まれた彼らの作家性が大きな要因だろう。

 

2012年には10代男子向けのコンテンツを探していたディズニーに、(『スター・ウォーズ』シリーズの)ルーカスフィルムとマーベルが買収され、同年公開の『アベンジャーズ』からの配給はディズニーとなった。2017年には香港ディズニーランドに『アイアンマン・エクスペリエンス』が、カリフォルニアのディズニーランド・リゾートには『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー ミッション:ブレイクアウト!』というアトラクションがオープンし、ディズニー・キャラクターへの仲間入りをしている。ソニー・ピクチャーズは今後『ベノム』をはじめとするスパイダーマンのスピンオフ作品をクロスオーバー展開し、他にもアニメ映画『スパイダーマン:スパイダーバース』をすると発表、新たな展開に期待が寄せられている。

 

これに対抗するのが遅れを取ったDCだ。60年代からワーナー・ブラザーズ傘下であるDCは『スーパーマンリターンズ』(2006年)や『グリーン・ランタン』(2011年)、そしてバットマンのリブート作である『ダークナイト』シリーズ(2005年~2012年、全3作)の高評価を経て、DCエクステンデッド・ユニバース(以下、公式同様DCEUと略す)を始動させる。第1作はスーパーマンの二つ名をタイトルにした『マン・オブ・スティール』(2013年)だった。現代にスーパーマンを蘇らせる為に造り込んだ設定とストーリーが理屈っぽい後味(それが監督・ザック・スナイダーの作風なのだが…)を残した今作は、マーベルの諸作品を超えることが出来なかった。

 

続く『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(原題『Batman v. Superman: Dawn of Justice』、2016年)は長尺と暗く陰鬱な内容が酷評され、『スーサイド・スクワッド』(2016年)では劇中にポップミュージックを印象的に使うというマーベル映画の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年)の模倣をして失笑を買った。そんな中登場したのが『ワンダーウーマン』(2017年)である。ノーマンズランド(軍事対立領域)をウーマンが我が物顔で進むという姿は世界的な女性活躍社会を目指す潮流ともマッチしていた。何年にも渡り実写化を切望したパティ・ジェンキンス監督の手腕が女性監督作品による興行収入第1位という記録的な結果を残したのだが、続くバットマン、スーパーマン、ワンダーウーマン、フラッシュ、サイボーグが集結するDC版アベンジャーズの『ジャスティス・リーグ』(2017年)では、監督交代劇と上層部からのマーベル映画を意識したコメディ・シーンの増量命令があからさまに見て分かり、これまた評価が低い結果となった。DCEUはこれまでに5作制作され、これからも作られるというが、一体どうなっていくのだろうか、

 

そんなDCもマーベルを抜くクオリティを誇るものがある。それはテレビドラマシリーズだろう。グリーン・アローのドラマ化である『ARROW/アロー』(2013年~現在、第5シーズンまで放送)をはじめとし、『THE FLASH/フラッシュ』(2014年~現在、第3シーズンまで放送)、『SUPERGIRL/スーパーガール』(2015年~現在、第2シーズンまで放送)、アトムやホークマンが登場する『レジェンド・オブ・トゥモロー』(2016年~現在、第2シーズンまで放送)はこれまたクロスオーバーしており、アロー・バースと呼ばれている。シリアスなアロー、働く女子モノの様相であるスーパーガールなどの作品は生き生きとキャラクターを描いて好評を得、シリーズを伸ばしている。バットマン登場以前のゴッサムシティをサスペンス調に描いた『GOTHAM/ゴッサム』(2014年~現在、第4シーズンまで放送)もヒット中である。

 

『キック・アス』(2010年~2013年、現在2作)や『キングスマン』(2015年~2018年、現在2作)もコミック・ブックを原作としていることを知り、驚く者も多い。多くの企業からの資金援助を得るビッグバジェット(製作費が1億ドルを越える超大作)・映画に、ある程度の知名度がある彼らはうってつけの存在なのだろう。相乗効果として新たなコミック・ブック読者とヒーローの出会いの場になっていることから、マーベルもDCもしばらくは制作を止めることはないと思われる。CG技術の進歩により、スーパーヒーロー達の姿を迫真性いっぱいに描けるようになった今、次はどんなヒーローを見せてくれるのか。スクリーン上での彼らの活躍はしばし続きそうである。

 

第3章第2節「新規読者を獲得せよ リランチと多様性と」

次は出版部門という要素を見ていきたい。ライセンスと映画製作部門が収益を上げる中、出版部門が右肩下がりであることは既に述べた。DCはリセット、マーベルはリランチという方法でこの現状に立ち向かった。2011年に始まったDCのリセットは、“NEW52”と名付けられ、フラッシュを主人公に迎えたイベント・コミック『フラッシュポイント』を期に刊行されていたすべてのタイトルを終わらせ、新たに52のタイトルを創刊するという大胆な手法を取る。更に2016年にはイベント・コミック『DCユニバース:リバース』を期にNEW52以前のDCユニバースと、NEW52以後のDCユニバースを引き合わせる“DCユニバース:リバース”というリランチを開始している。マーベルは2012年から“マーベル・ナウ!”というリランチで新規読者を誘い込んだ。これは設定のリセットではなくチームの再編成や新キャラクターのデビューで新しい魅力を引き出したもので、『アベンジャーズVol. 5』では、チームが過去最大人数の18人となり、アイアンマンやソー、デッドプールの新シリーズが開始された。

 

近年、キャラクター設定にも多様性の動きが出てきている。まずは女性ヒーローのセクシー路線からの脱却があるだろう。DCのバットガールの新スーツは現実的かつ機能的なデザインを採用、ファンからも歓迎された。また、LBGTのキャラクターが徐々に増えており、DCではゲイのヒーローであるバンカーが活躍中。マーベルではX-MENのアイスマンがゲイだと告白し、ノーススターと恋人のカイルが男性同士の同性婚を果たしている。DCの黒人ヒーロー・サイボーグがジャスティス・リーグへ、マーベルの黒人ヒーロー・マイルズ・モラレス版スパイダーマン(『スパイダーメン』誌で活躍中)もアベンジャーズへと加入、晴れ舞台が用意された。ごく最近、マーベルがアジアへの大規模進出を図る為、スウォードマスターとエアロという2人の中国系ヒーローを日本の漫画スタイルで描くという話も報道されたばかりである。

 

世相を反映したものでは、ドナルド・トランプが選挙戦で散々煽って勝利してみせた白人至上主義者に、スーパーマンが正義の鉄槌を下したのも記憶に新しい。2017年9月に刊行されたDCの『アクション・コミックス』第987号で、米国旗柄のバンダナをした白人ブルーカラーの男性がヒスパニック系の移民労働者を銃で「俺の仕事を奪うな!」と脅す場面が描かれた。すぐさまやってきたスーパーマンに止められるのだが、これはスーパーマンも宇宙からの移民であるということを示唆している。

 

そんな中でも一番のトピックは、マーベルから2013年に登場した4代目ミズ・マーベルのカマラ・カーンだろう。彼女はムスリム(イスラム教徒)のスーパーヒーローとして大きな話題を呼んだ。ネットにアベンジャーズの同人小説を投稿するオタクなカマラは、ある夜不思議な霧によって身体の一部を巨大化または縮小することが出来る力を身に付ける。一見していつものスーパーヒーロー・コミックだが、重きを置いて描かれるのは恐ろしいヴィランの襲撃ではなく、食事などといった生活様式から来るトラブルである。発表後即メディアが紹介、売り上げも好調だそうで、現代版スパイダーマンだと評されるカマラの姿は、9.11以後、偏見の眼に晒され続けたムスリムの人々からは本当の自分達を知ってもらうきっかけになればと好意的に受け入れられている。2016年には本作で腕を振るう女性アーティストがホワイトハウスに招かれ、当時のオバマ大統領に単行本を手渡すという栄誉に輝いた。

 

これらの動きは、男性読者が大半だった読者層に少しずつ女性読者を増やしているとの声もある。コミック・ブックのヒーロー達は社会の動きに合わせ常に変化をしてきた。収益比率を考えると映画原作という立ち位置になってしまっていることは確かで、出版部門が形骸化してもおかしくないのだが、これだけの多様なアイディアを盛り込んでみせているうちは大丈夫なのではないかと感じざるを得ない。

 

あとがき「コミック・ブックはメイン・カルチャーだ!」

コミック・ブックに関する話題は事欠かない。昨年12月14日には、買収を繰り返し帝国化するディズニーが20世紀フォックスの映像事業を買収、X-MENやファンタスティック・フォーがMCU入りするのではと話題となった。また、DCではスーパーマン誕生前のクリプトン星が舞台となり、スーパーマンの祖父・セグ=エルが主役を務める新ドラマ『クリプトン』が近々スタートし、日本制作の劇場長編アニメ『ニンジャバットマン』ではバットマンが江戸時代にタイムスリップするという。その前にMCU作品『ブラックパンサー』、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』もあるし、『アクション・コミックス』の第1000号、『キャプテン・アメリカ』の第700号も近い。どれもこれもが楽しみだ。

 

本稿を通じて、確かにコミック・ブックはサブ・カルチャーではなくメイン・カルチャーへと格上げされた流れが理解出来たのではないだろうか。生誕80年目の今年も『スーパーマン』のコミック・ブックが刊行されることを、誰に想像出来ただろう。愛国的ヒーローとして誕生したキャプテン・アメリカが世界中で愛されることを、誰に想像出来ただろう。現実世界の一大事に多くの人々が架空の存在であるスーパーヒーローに助けを求めたことを、誰に想像出来ただろう。全てのヒーローは変化を恐れず、かつアイデンティティを崩さない。

 

それでも低俗だと言われ、貶されることもあるだろう。DCとマーベルで活躍し、代表作に『オールスター:スーパーマン』があるコミック作家のグラント・モリソンは言う。『将来、本物の超人が手本を探す際、コミックのスーパーヒーローがは真価を発揮するかもしれない。もし未来の超人が道を誤った時、スーパーマンのような指針がなければ事態はより悪化するかもしれない。スーパーヒーロー・コミックは、来るべき未来社会を考査する為の、地に足のついた創作として意義を見出すかもしれない。』[ii]

 

我らの希望であれと願う人々がいる限り、ヒーローは活躍を続ける。歴史の深さやキャラクターの多さ、映画の規模からマクロな世界に思えてくるかもしれないが、そんな時には1950年代のテレビドラマ『スーパーマン』のフレーズを思い出してみたい。「空を見ろ!鳥だ!飛行機だ!いや、スーパーマンだ!」なんて、そんな意外と突飛でミクロな発想が人々を救うスーパーヒーローなのだと、アメコミは言い続けるのではないだろうか。

 

主要参考文献一覧

【書籍】(著者/刊行年月日/タイトル出版社)

アラン・ムーア カート・スワン 石川裕人(訳)/2010年5月27日刊/『スーパーマン:ザ・ラスト・エピソード』/小学館集英社プロダクション

 

小田切博/2007年3月20日刊/『戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌』/NTT出版

 

小野耕世 池田敏 石川裕人 堺三保 てらさわホーク 光岡三ツ子/2017年1月26日刊/『映画秘宝セレクション アメコミ映画40年戦記 いかにしてアメリカのヒーローは日本を制覇したか』/洋泉社

 

グラント・モリソン 中沢俊介(訳)/2013年3月27日刊/『スーパーゴッズ アメリカン・コミックスの超神たち』/小学館集英社プロダクション

 

スタン・リー スティーブ・ディッコ 小野耕生(訳)/2017年7月28日刊/『マーベルマスターワークス:アメイジング・スパイダーマン』/ヴィレッジブックス

 

デヴィッド・ハシュー 小野耕世(訳) 中山ゆかり(訳)/2012年5月24日刊/『有害コミック撲滅!―アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』/岩波書店

 

長濵博史他/2017年9月26日刊/『映画秘宝セレクション スタン・リーとの仕事』/洋泉社

 

堀淵清治/2006年8月14日刊/『萌えるアメリカ ~米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか』/日経BP社

 

マーク・ミラー スティーブ・マクニーブン 石川 裕人(訳) 御代 しおり(訳)/2016年4月9日刊/『シビル・ウォー【限定生産・普及版】』/ヴィレッジブックス

 

町山智浩/20091月19日刊/『キャプテン・アメリカはなぜ死んだか 超大国の悪夢と夢』/太田出版

 

柳亨英(編)/2016年10月31日刊/『アメコミフロントライン』/河出書房新社

 

ラリー・タイ 久美薫(訳)/2013年9月3日刊/『スーパーマン―真実と正義、そして星条旗と共に生きた75年』/現代書館

 

ローレンス・マズロン マイケル・キャンター 超智道雄(訳)/2014年11月30日刊/『THE HERO アメリカン・コミックス史』/東洋書林

 

【雑誌】(刊行年月日/タイトル/出版社)

2012年7月2日刊/『BRUTUS』2012年7月15日号/マガジンハウス

 

2014年5月1日刊/『ユリイカ』2014年5月号/青土社

 

2015年8月3日刊/『洋泉社MOOK 別冊映画秘宝 アメコミ映画完全ガイド2015 ネクストヒーロー編』/洋泉社

 

2017年1月20日刊/『ペン・プラス 映画・コミック・ドラマ・グッズ マーベル最新案内』/CCCメディアハウス 

 

2017年9月3日刊/『洋泉社MOOK 別冊映画秘宝 アメコミ映画完全ガイド2017』/洋泉社

 

2017年9月13日刊/『アクション・コミックス』2017年11月・第987号/DCコミックス

 

2017年9月20日刊/『スーパーマン』2017年11月・第31号/DCコミックス

 

2017年11月16日刊/『ペン・プラス 映画・コミック・ドラマ・アニメ・ゲーム・グッズ DC最強読本。』/CCCメディアハウス

 

【ウェブサイト】(筆者/更新日時/サイト名/URL)

アスワン(個人ブロガー)/2013年5月7日/『アスワン総合出』comiXologyから見る、アメリカと日本のコミックスのデジタル配信/

http://asuwan.s28.xrea.com/blog/archives/776(検索日:2018年1月17日)

 

増田弘道/2012年9月12日/『ITmediaビジネスオンライン』アニメビジネスの今:アメコミ市場は日本の10分の1/世界のマンガ市場を見る(後編)

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1209/12/news013.html(検索日:2018年1月17日)

 

匿名執筆者/各記事によってまちまち/『虹裏アメコミwiki』、

https://www20.atwiki.jp/nijiame/(検索日:2018年1月17日)

 

匿名執筆者/各記事によってまちまち/『Wikipedia』、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8(検索日:2018年1月17日)

 

 


[i] 増田弘道/2012年9月12日/『ITmediaビジネスオンライン』アニメビジネスの今:アメコミ市場は日本の10分の1世界のマンガ市場を見る(後編)/

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1209/12/news013.htmlより。(検索日:2018年1月17日)

 

[ii] グラント・モリソン 中沢俊介(訳)/2013年3月27日刊/『スーパーゴッズ アメリカン・コミックスの超神たち』/小学館集英社プロダクションより。
 

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