表現者 | みったろぐ

表現者

今日は母校(音大)の在学生の後期実技試験を覗きに行ってきました。



でも1年生半分と2年生少ししか見れませんでした。


ちょっと感想をかきますが、

全体的に、音色が研究されてない印象でした。

(もちろん全員ではありません。)



あ、やや偉そうなこと書きますけど、

あくまで人の意見として読んでください。


誰かが参考にしてくれればと思いますので、

改善すべきこと(悪いところ)だけ書きます。





まず、楽器やマレットのチョイス、チューニングは「どうして?」って感じが多かったです。

楽器に対するアプローチももっと研究が必要だとおもいました。


マルチパーカッションは、色んな種類の楽器を並べて叩くわけだから、

それぞれのタッチも使い分ける必要があると思います。

ただただ譜面に書かれた音符の場所に、手を伸ばせばいいというわけではありません。


そしてマリンバは「叩く」のではなく「弾く」楽器です。

そこが研究するべきところでもあります。

「打楽器研究室」ってゆーくらいだからね。w




あとは、「顔」ね。


怖いよみんな。w



試験とはいえ、演奏者、プレイヤー、つまりアーティストなわけだから、

表情とか姿勢とか、オーラみたいなものも大事だと思うんです。


あ、あと顔で思い出しましたが、

今日特に気になったのは、




「譜面の見方」





譜面を見るのはいいですが、


手元が隠れちゃったり、ガン見してたりすると、

見てるほうは、なかなか入り込めないんですよね。







譜面を「演奏」することは、詩や小説を「朗読」することと似ています。





聴衆に物語を伝えるために


文字をどのようなニュアンスで発声するか、

どういう間合いをとるか、

どういう表情で、

どういう強弱で、


それは読み手に委ねられます。



我々の場合、

作曲者が書いた音符を、どのように解釈して、どのようなニュアンスで演奏するか、

間合い、強弱、表情、

これらは演奏者に委ねられます。



詩を、ずっと本だけをみて、棒読みしている朗読者なんて面白くないでしょ?

ましてや口元も見えなかったら、どうですか。



それと同じことが打楽器にも言えるわけです。




だから僕は、ソロはなるべく暗譜でやりたいと思っています。

譜面を見たとしても、手元は隠さないように工夫するべきです。

暗譜を否定する意見もありますが、メリット・デメリットはどちらにもあるわけで。




僕は、詩の朗読でたとえると、

「書かれた文字を読んでいる」ということを抜け出して、

「自分の言葉のようにしゃべる」という風になりたいのです。