うつわ。
果たして、人が背負える責の大きさは同じだろうか?誰もが失敗をする。そして、その失敗に応じた責任を背負う。この点は、誰もが平等だろう…。ただ、背負える責任の大きさ(いや数かな…)は人それぞれ違う気がする。一つの責任で押し潰される人。幾つもの責任を背負ってもへこたれない人。他人の責任を進んで背負おうとする人…。かつては、多くの責任を背負える人が人の上に立てる人だった。人を導けるリーダーだった。背負える分だけ、人を雇え、人を護った。今はどうだろう?リーダーになるべき人にも、その下で働く人にも、平等に責任を背負わせる。代わりに背負おうとする者はいない。成果主義…自分の成果に繋がらないからだ。人には必ず得手不得手があり、各々補い合えば、できるものは多い。でも、今は、そうはならないんだ。不得手な仕事に当たった者は潰れてしまい、その仕事は遣り残しになる。そして、結局、その仕事が得意な者が尻拭いをする。仕事が集まるわけだ。当然、納期に遅れる仕事が出てくる。その上、みんな仕事を溢れさせる。不幸な悪循環。なのに誰も気づかない。やはり、人には器というものがある。器を見極め、その器に応じた仕事を与え、その仕事に応じた責を負わせ、その仕事に応じた報酬を与えるべきだ。多分、今は、どこもそうなってない…と思うのだが…。