2025年7月2日、26歳になった。
小さい時からなんとなく、自分は20前半で死ぬのだろうと思っていた。
しかし22を過ぎた頃、人生が自分の想像していたより長いものだと、やっと気付いた。
専門学校を出て、新卒で入った会社に勤めて6年目。
まだまだ先は長いと少しだけ絶望するが、日々はつづく。
自分は世間とズレているらしい。
それは考え方であったり、ものごとの受け取り方や生き方だったりする。
普通というものは、マジョリティによって形成される。
大多数の人間がわかることを、少数派の人間・自分は理解できない・察することができない。
これは(おそらく互いに)かなりのストレスだ(と思う)。
去年になって、自分がADHDであることがわかった。
少しだけ気が楽になったが、理解できない苦痛は残る。
それでも社会で生きる人間なら、理解することを諦める理由にはならない、と思う。
自分自身の行き方を人間のフリであると称するのであれば、そこも含めてなりきろうしなければならない。
いつか完璧な人間になれるよう、ひとつひとつ習得していく。
死ぬまではきっと長い、その頃には何かを得られるだろうから。
「言いたい事も言えない 臆病な私が街の隅っこから
起死回生で放つ昇竜拳 下手っぴでも世界と闘ってんのよ」
起死回生で放つ昇竜拳 下手っぴでも世界と闘ってんのよ」
ハイスコアガール/BURNOUT SYNDROMES