(初めていらしたBEYONDファンの方は、
「BEYOND~はじめに~お詫び」の記事から
先に読んでいただけると嬉しいです。)

<家駒メモリアル>

黄家駒Accident

6月24日
 午前1時。 フジテレビのバラエティ番組「ウッチャンナンチャンのやるならやらねば」を収録中、高さ2.7mの台から落下。
近くにある東京女子医科大学付属病院に運ばれた。
頭部を強打した為、昏睡状態が続く。

6月25日
 家駒の家族が来日。 香港からの報道陣も日本に入る。
日本での3rdシングル『くちびるを奪いたい/遥かなる夢に ~Far way~』が発売された。

6月26日
 気功士が治療に加わった。

6月27日
 この頃になると、日本名(日本語読み)の「コマ」の発音が、英語の「Coma」(昏睡の意)と似ているので不吉と言うような言葉まで流れるようになった。

6月30日
 午後4時15分(日本時間)、息をひきとってしまった。
享年31歳。
急性硬膜下血腫、頭蓋骨骨折、脳挫傷、急性脳血腫との発表だった。

Rainbow Days-accident


~あの時を振り返って~

本来なら、事実だけを克明に伝えたいところですが、ここからは当時を振り返った私の心境を語らせて下さい。ごめんなさい。感情的になってしまいますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

まず、一番言いたいこと ---- それは

「納得がいかない!!」 

ということです。
家駒の死は、いまだに納得がいかないのです。「本当なら、死なずにすんだ」「助けることが出来たはずだ」そういう思いが強く残り、心に固いしこりが出来てしまったのです。

ぜひ先に、この話もさせて下さい。
93年以前にも、BEYONDは来日(92年)をして、山中湖で合宿をしていた時期がありました。その時の事です。

メンバーたちは、残念ながら日本であまりいい思いはしていなかったようです。
「日本は、食べ物が口に合わない」 「寒かった」 「早く香港に帰りたかった~」というような事を、香港に戻ってからの雑誌インタビューで語っていました。
もちろん、地元ファンに対してのリップサービスというか、ただ普通にさらっと本音を(日本のアーティストが外国から帰って来た時も、日本の方がいい、とよく話してるように)言っただけのことと思います。

でも、4人の中でたったひとり家駒だけは、「でも、富士山がとっても綺麗だった。僕はまた、日本に行ってみたいな」と話していたのです。
私は、この時の家駒の言葉が忘れられません。
なんと皮肉なことでしょう・・・


6月24日、テレビのニュースで、「フジテレビ番組での事故」のことを知りました。物凄く驚きました。
そんなことで事故が起き、病院に運ばれるなんて信じられませんでした。
「2.7mの高さでしょ!? どうして? どうして、そこまで重傷にならなくちゃいけないの? そんな・・・そんなに頭からまっ逆さまに落ちちゃったの?」

私は、いてもたってもいられませんでしたが、ただの民間ファン。どうする事も出来ずに、ただただ回復を祈るだけでした。

翌日からは、家駒の状況を少しでもたくさん知りたくて、TVのニュースというニュースをあちこち見て回っていました。

「依然、昏睡状態のまま・・・」。

しかし、この時の日本の報道の仕方といえば、一緒に落下したウッチャン(内村さん)ばかりがメインで、
重傷だった家駒の扱いは、少なかったことに悔しさも感じました。

そして、フジテレビ側の説明も、言い訳にしか聞こえず、お詫びの誠意というものが、(少なくとも私には)伝わってきませんでした。

その後、ちょっぴりだけ希望を感じさせるニュースが入りました。
大々的に、TVや新聞等のメディアで、家駒を助けるために必要な漢方薬「安宮牛黄丸」の提供を呼びかけるニュースが流れたのです。

「その漢方があれば、家駒が助かるんだ! 入手しにくいって言ってたけど、なんとかなるんじゃないか!? 中華街にだって、専門店があるし、すぐに香港からだって届くに違いない!」と・・・。

でも、それはほんの一時の気休めでしかありませんでした。

家駒の死に、どーうしても納得がいかない、というのは、この漢方問題がそのひとつでしょうね。
日本での東洋医学の認識があまりにも低すぎるので、それが悔しかったのです。
西洋医学に劣らない程の力を漢方だって持っています。 呼びかけの後、もし漢方がすぐに病院へ届き、即それで対応していれば、助かったような気もしてしまうのです。
私は、きっと漢方が即家駒の元に届き、助ける術を始めてくれるに違いない、と信じていました。

なのに現実は、なかなかモノは届かず (香港から送られてきたものも検疫で引っかかったり)、届いてからも、結局は使用しなかった、というような話もありましたね。

昔から、漢方頼りの私としては、たとえ結果が期待はずれに終ったとしても、やれることは何でもやってほしかった。
もちろん、日本の医療技術だって先端をいっているし、病院も設備が整っていたと聞いています。
でも、それだけじゃすまない! 思いつく限りの全ての手を尽くしてほしかった。
なぜ、結果を期待せず、勝手に悪い方に考え、生命への挑戦をしてくれなかったのだっ!?
これは、もう本当に悔しかったです。

もし・・・、もし家駒の事故が香港で起きていたなら、
そして全く同じ昏睡状態だったとしても・・・
香港の病院だったら、家駒は助かっていたような気がしてならないのです。

納得がいかない、というもう一つの原因は、フジテレビ側の配慮に欠けていたところです。
高台の上が、水で濡れていてすべりやすくなっていたのは、仕方がない事かもしれません。
でもなぜ、そこがわざわざ2.7mという高さでなくてはいけなかったのか!!?
そこまで高くする必要性は? 
だったら、なぜ、安全のために、下にはフカフカのマットが敷かれてなかったのか???
カメラ配置の問題のため!?? 
じゃあ、何が一番大切だと思っているのか??
人の安全より視聴率とでも言いたいのか??
彼は、スタントマンじゃない。 サーカス団員でもない。 ロックアーティストだっ!!!
どうして、もっと配慮をしてくれなかったのだ???
BEYONDは、香港を代表する人気ミュージシャン!!! 
この番組側に対しては、本当に腹が立ちました。

あれからしばらく私は、フジテレビの番組は一切見ませんでした。

6月30日午後4時15分、家駒は二度と戻らない人となってしまいました。
悲報を聞いた時は、もう表現出来ないような胸の内でした。
涙はこぼれるばかり・・・、喉に何も通らない、何かがつっかえている、胸が苦しい・・・

7月11日、日本でも、「東京芝浦増上寺会館」で、追悼式が行われました。
公で、一般人も参加出来るものでした。 当然私も行こうとしていたのですが・・・、
実はその時、私は妊娠中だったのです。 旦那に止められました。
「ダメだよ! 風水では、お腹に赤ちゃんがいる人は、お葬式に出るのはいけないんだよ!
 BEYONDは香港人だから、 風水知ってるよ。 あなたが追悼式に行っても、彼らだって喜ばないよ!」
やっぱり、風水を気にする台湾人の旦那から、そう言われてしまうと、あきらめるしかありませんでした。
日本でも、妊娠中にそういう場へ出席するのは、タブーとされてるし。

「そうか、家駒も喜ばないのか・・・。」

そう思うと、虚しいですね。 せつないです。
私は、またぽろぽろと涙がこぼれてしまいました。


私は、家駒のことで、自分が日本人であることが悔しくなりました。 恥ずかしいです。
もう、BEYONDの前で、香港の彼らのファンの前で、私が日本人であることを偽りたい気分です。
一生、日本人だということを、隠していたい気分です。 本当に、恥ずかしい。

でも、そんなことではダメですよね。
このまま、日本で姿を見せるファンがどんどん減っていってしまったら・・・

彼の死は、もっと意味のないものになってしまう。

今のままの状態では、日本から、彼の名前が消えていってしまう。
それは、もっともっと彼にとって申し訳ないと思いました。

なんとか、黄家駒の名前を、BEYONDを、日本でも永遠に刻みこみたい、と切実に思いました。

これを読んで下さった方、ありがとうございます。
どうか、私と同じ考えを持って下さることを願っています。


2004年6月30日
(『BEYOND Century』の時にアップしていたものを転記致しました。
by Missy ミサ)