夜中にブログを書いていたら、メンテナンスで、時間切れになったので

気を取り直して、今一度アップ



さて、法金剛院から 妙心寺を目指して歩きます。

徒歩約数分 妙心寺の 石碑が見えてきます。


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お昼ごはんタイムなので、妙心寺の宿泊所でもある

「花園会館」の レストラン「花こごろ」   があります。

ごはんモノや麺類もありますし、和定食も充実。



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修学旅行生も多いそうなので、レストランは、広大でした。



もう一つ、近くに 「進々堂ベーカリーカフェ」がありましたが、残念ながら8月末で閉店ダウン


お料理に 焼きたてパン食べ放題がつけられるんですけど。


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シーザーサラダと お好みのパン食べ放題セット。


最後のチャンスで、行ってもいいかもしれません。





さて、いよいよ妙心寺へと向かいます。



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日本最大の禅寺、臨済宗妙心寺派大本山。


「この地をこよなく愛し、ここに離宮を構えて禅の奥義を究めるとともに、

常に世の中の平和を願われた法皇さま、

そのお方が第95代天皇、花園法皇さま(1297-1348)です。

法皇は、この花園の離宮を改めて禅寺にされました」



赤くて大きな 山門。


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とにかく、敷地が広大で、境内の中にもいくつものお寺があります。


敷地の中に生活道路が通っていて、フツウに自転車や通行人が通ります(笑)



ご本尊の釈迦如来を お祭りする、仏殿。


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「禅とは心の別名です。


ひとつの相にこだわらない無相。一処にとどまらない無住。

ひとつの思いにかたよらない無念の心境を禅定と呼び、ほとけの心のことです。


私たちの心は、もとより清浄な「ほとけ」であるにも関わらず、

他の存在と自分とを違えて、対象化しながら距離と境界を築き、

自らの都合や立場を守ろうとする我欲によって、曇りを生じさせてしまいます。


世の中、意のままにならないものですが、

正確には我欲のままにならないということです。


禅語の「如意」は意の如くと、思いのままになることを言いますが

「如意」の「意」は我欲のことではなく、自他の境界と距離を超えた

森羅万象に共通するほとけの心のことを指しています。」 ホームページより



うーん。最近、禅寺ばっかり、お参りしているんですよねー・・・。


宇宙や自然の中の一つとして、人間をとらえる。

まさに 原発の問題が日本で沸き起こっていますが

自然界の一部である 人間が 地球と共存していくために大事なことが

禅宗の教えなのでは、と思います・・・。



こちらの拝観は 20分おきに案内していただきまして

法堂と、明智風呂と呼ばれる 浴室を拝観します。


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いやぁーー、この法堂の天井に描かれた雲龍図がですねーーー、

なんと、日本一の大きさだそうです合格


圧巻です、圧巻!!


JR東海 2007年「そうだ、京都、行こう」の ポスターになったそうです。

< http://recommend.jr-central.co.jp/others/museum/kyoto/summer_2007_04.html >


狩野探幽が8年の歳月をかけて描いたそうです。


八方にらみの龍といわれ、どこから見ても、龍と目が合う。


向きを変えると、くだりから竜から 昇り竜に姿を変えるという不思議な絵です。


今年になって3回、雲龍図を見ましたが、最高でした。


お寺の方が、きちんとガイドをしてくださいます。



その後は、明智風呂と呼ばれる浴室へ。



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いったいなんだろう?と思ったら、蒸し風呂、サウナみたいなものだそうです。

明智光秀公から 今ののお金に換算して1億円近い 寄進を預かった

光秀公の母方の叔父が、妙心寺のお坊さんだったそうです。



織田信長公を討った光秀が、妙心寺に逃げ込んで来て、

自害しようとしたのを 叔父であるお坊さんが察し、

「お寺を血で汚してはいけない」と 自害を思いとどまらせたとか。



後に、光秀は戦乱の中、命を落とすのですが、光秀の死後5年の後、

寄進をもとにこの蒸し風呂を 立てたそうです。



お風呂の中にお坊さんが6-7人入って、お線香が一本、燃え尽きるまで読経。

それが光秀公への供養であったそうです。


謀反を起こした光秀の菩提を弔うことは はばかられたため

そのように静かに、秘密裏の儀式として行われたのでした。



長い歴史のあるお寺には、ゆかりのある武将や先人の名前が

たくさん出てきます・・・。


浴室の脇にある鐘堂は お風呂が湧いたよ、と知らせる鐘を鳴らしたもの。

春日局のご寄進だそうです。


 

たっぷりとガイドしていただいて、約30分。

いいお勉強になりました・・・ニコニコ




                                     つづく