令和4年(2022年)2月23日 第490回

アメリカゴルフ、松山は予選通過ギリギリの79位から39位(45千$)にUPして終えた。 底力は間違いなく世界ランカーである事を証明した。  図書館から二ヶ月前の予約単行本1冊、宮部みゆきの「黒武御神火御殿(くろたけ ごじんか ごてん)三島屋変調百物語六之続」である、分厚い、569ページ(600g、文庫本の3倍)もあるが、これは予約した中では早い方である。

 

 

城山真一「看守の流儀」(文庫本、単行本は2019年)

・・・作者は1972年石川県生まれ、金沢大学法学部卒とある。 初めての作家だが読み応え抜群だった、既刊の文庫本2冊も購入しようとメモ済みである。

 

第一話 ヨンピン

加賀刑務所に収監された歌手の三上順太郎・31才の手記から物語が始まった。 二年三ヶ月の刑期を二年で仮出所した三上は、希望した刑務所では無く加賀刑務所に収監された為、専属の刑務官が付き添ってきた、という何故か異例の状態があり、その刑務官はH・Tと称されていた。

 

副看守長の宗片・42才は新人刑務官の奥井と領置箱の中身を点検していた。 明日、三名の受刑者が仮出所する三つの領置箱である。 逮捕時の所持品が台帳に記載されているので、その照合が行われていた。 源田陽一・37才の箱に差出人不明の封筒があった、それは受刑者の私物とは認められないから、台帳への記載も無かった。 更生を妨げると思われるような手紙が来ても渡されず、出所する時に領置品と一緒に渡すことになっていた。 封筒を開けると一枚の紙、書かれているのは携帯番号のみだった。 →出所したらここに電話してくれ、というメッセージですかね、と奥井が呟く。 中にはヤバイ仕事の斡旋とか、闇金とか、悪の営業だったりするからナ、と宗片は教える。 以前の刑務所で、出所日に渡した手紙のせいで二ヶ月後に強盗殺人未遂事件を起こして逆走されてきた男は、その闇金から借りたばっかりに厳しい取り立てにあって、つい、強盗に走ってしまったのだった。 しかし、源田はヨンピンだ、(刑期を4分の一残して仮出所する事)、真面目な服役生活を送ってきた証である。 宗片は源田に声を掛けた事があった、→いつも精が出るナ、源田は、気を付け!の姿勢で、→出所したら生き物の配送をやろうと思っています、と明るい顔で言った。 思い出している時に、けたたましい警報音が鳴り響いた。 駆け出すと、第三生活棟からの警報音だった。 蛭川幸三・61才、薬をアルミケースごと呑んだようです、口の中の分は何とか取り出しました、と警備指導官の火石司が手の甲に血を付けている。 階級は看守長、所謂、課長クラスで30代半ば、階級の割には歳はかなり若い、宗片より一つ上の階級であるが、その顔には横一本の傷痕が鼻梁を中心にして両頬まで真っ直ぐ走っている、傷の理由は判らないし、上からは彼の事は口にするナ、と厳命されている。 第三生活棟は宗片統括の責任である、動かない蛭川を見て、→頼む、死なないでくれ、と願っていた。 西門隆介は任官二年目で24才、蛭川の異変に気付き非常ボタンを押した刑務官である。 大学病院に搬送された蛭川は心臓は動いているものの、意識が戻らないという。 蛭川が死亡した場合、速やかにプレスリリースしなければならない。 首席処遇官の蒲田・50才は宗片の上司に当たる。 持ってきた医務室のクリアフアイルには、若年性認知症の徴候あり、の文字が見える。 →困りましたね、認知症を発症している時に、薬を誤飲したら担当刑務官は何をやっていたか、と問題になる。 部下を責める時の丁寧口調が一オクターブ高くなる蒲田の癖だった。 蛭田の部屋の真上からのビデオカメラは確かにアルミケースごと呑み込んだ様子が映っている。 西門のアトから入って来た火石が蛭川の口に手を突っ込んで抜き出された指の間にはキラリと光るモノが挟まっている。 手の甲には血が付いている、蛭川の歯が当たったのだろう。 仮に正気の時の自殺であっても刑務所に管理責任がないとは言えない、それが認知症であればより重いモノとなる。 刑務所には絶対的に防げなくてはいけない事が三つある。 受刑者による暴動、逃走、そして事故死である。 事故死になったら永遠に社会復帰が叶わない、刑務所として最大級の失敗と見做されるのだ。

 

翌朝8時45分、卯辰寮は出所予定日の二週間前から受刑者が一人暮らしをするプレハブである。 宗片は、三人の受刑者を呼び出し、→これより出所式の会場に移動します、と告げると、気をつけ!の姿勢で受けた三人がアトに続く。 管理棟の広い部屋に入ると領置品の入った三箱が並んでいる。 →先ずは作業報奨金を渡します、と封筒を渡すと、開けて40,000円と少々の金額を確かめた受刑者がその少ない金額に溜息を吐きながら、受領確認証に署名をする。 そして服を着替えて領置品の確認である。 源田はあの手紙を目にしたらどんな表情を見せるのだろうか、と考えていた時に、上司の蒲田から電話が入った、→昨日の続きです、いま西門を呼び出しましたから立ち会って貰って詳細な事実を訊き出して欲しいのです、とイラつきながらの指示であった。 そのスキに源田の行動を見逃してしまったが、何かをズボンのポケットに入れたのが僅かに見えた。 奥井の、→領置物の受け渡し完了!の声が響いて受刑者たちが部屋を出て行った。 奥井に訊くと差出人不明の紙を見ても、源田には何の動揺も見受けられなかった、と言う。 出所式の会場では久世橋所長が仮釈放証明書を手渡した。 刑務所の正門迄見送る、ここはムショからシャバに戻る変換点で真の出所式である。 そこに蒲田が急ぎ足で現れて、→こっちはもうイイ、西門を問い詰めても口を開かない、蛭田が死んでしまったら遅いンだよ。 恐らく恫喝紛いの聞き取りをして西門は耐えられなくなって殻に閉じ籠ったのだろう。 上司の蒲田はこの出所式の大切さが判らない刑務官だと、今、ハッキリ思い知らされたのだった。

 

出所式の二日後、処遇部長の乙丸に呼び出されると、そこに蒲田だと火石がいた。 →厚生施設から源田が居なくなった、と言う。 ウソだ! 思わず宗片は叫びそうになった。 ヨンピンの模範囚がいなくなるなど前代未聞である。 →警察から刑務所も一緒に捜して欲しい、と要請がありました、宗片さんと奥井と二人は源田を捜して下さい、その間、通常業務は免除します。 何としても源田を探さなければならない、万が一、犯罪に走ればすぐ出奔するような人間を仮出所させた事になり、刑務所の責任は重い。 重要度の高い業務命令だった。 蛭川はまだ意識不明のままだった。 覚悟の自殺を図ったのか、認知症故の偶発的な事故なのか、源田捜索期間中は火石指導官が対応してくれる事になったが、宗片は二つもの重要案件を抱えてしまった。

 

半年前、受刑者への日用品価格が高すぎると関西の弁護士から突き上げられて全国ニュースになった時に、総務部は天下り先の矯正協会に物品調達を任せていたので、ルート開拓の方法そのものが解らなかった。 火石は金沢にある自衛隊地方本部と掛け合い、共同で物品を調達する道筋を立てたのだった。 自衛隊も調達量が増えて既存の仕入れ価格を引き下げる事に成功し、自衛隊も刑務所もウイン・ウインの結果になったのだった。 特に大幅な価格ダウンとなった加賀刑務所はその名を全国に轟かせたのだった。 ・・・刑務所のカローラに乗って、金沢市郊外の農家で源田の叔父・剛男の畑に向かった。 サツマイモの五郎島金時を丁寧に作っているようだ。 剛男は前科があって刑務所の経験がある。 源田の事を尋ねるも最初から喧嘩腰だった。 →刑務官はサツより嫌いだ、警棒で殴られた痛みは今も忘れん、帰れ! しかし、宗片が五郎島金時の出来具合を賞賛すると、→アンタか、今回の懲役はイイ刑務官に当たった、と陽一の手紙に書いてあった、ここには来ていない、連絡もない。 そう言い捨てて農作業の手を動かした。

 

金沢市内に戻り夕食のうどん屋に入ったら、→蛭川の容態は依然として意識不明です、とメールが入った。 そういえば西門はどうしただろうか、刑務官は公務員の中でも離職率が高い、組織の中では若手刑務官は貴重な財産である。 西門の心理状態が悪い方に傾かなければ良いが・・・という心配もある。 奥井が、→火石指導官の火石マジックって知ってます?と問い掛けて来た。 →それに比べると、蒲田首席は陰でガムダと呼ばれているほどねちっこい説教ばかりだし、奥さんにも逃げられているし、と容赦ない悪口が続く。 確かに蒲田は3年ほど前に歳が離れた若い女性と結婚したが、官舎での生活が苦になったのか、間もなく別居、やがて離婚したと言う話は宗片もうろ覚えで聞き知っていた。 奥井が、→今日はもう引き上げですよね、源田は誰かに誘われた訳でも無いでしょうから、とサラッと言った言葉が引っ掛かった。 →どうしてそう言えるンだ、奥井は一瞬、しまった!という顔をして目を伏せた。 →実は心配の材料をひとつ減らしました、あの手紙を領置箱から抜き取りました、悪い連中の誘いに乗らないようにと思って・・・と、観念したように白状した。 奥井を睨み付けながらも思い直す、源田は手紙の存在も、書かれていた携帯番号も知らない、じゃ、どんな理由で姿を消したのか、宗片は奥井に怒りが収まらなかった、刑務官として許されない事だった。 宗片は2DKの宿舎に戻り、奥井から出された源田宛だった携帯番号を見詰めていた。 奥井の手紙抜き取りは蒲田首席に報告するしかないが、そのアトの粘着的な奥井への小言が聞こえて来そうで、それだけでも気持が沈んで行く。 自分の腹に仕舞うのも一手か、奥井には充分説諭した、本人も猛反省している、手紙の存在自体、無かった事にしてしまえばイイ、それが最善か、と考えた途端、もしかして、手紙が届かなかったからこそ出奔したのではないか?と思いが至って愕然とした。 源田は手紙が届いていなかった事に不安を抱いて、相手に何かあったのではないか、と探し回っているのかも知れない。 宗片は意を決して携帯番号にダイヤルを回した。 長い呼び出し音にもう諦めた頃、か細い女性の声がした、→源田さん? →いいえ、加賀刑務所のモノです、失礼ですが源田受刑者との関係とあなたのお名前は? →ミカゲです、源田さんはもう出られたんですね、と問うから親族関係者では無い。 親族には出所の連絡が届いている筈なのだ。 宗片は正直に現状を話した、厚生施設から姿をくらました、罪を犯せば仮出所は取り消しになる、源田の居場所を早く見つけ出したい、手懸りになるような情報が欲しいと訴えた。 逡巡していたミカゲが、→私が二年前に離婚した理由は、経済的DVDで生活費を渡してくれない夫だった、事あるごとに難癖をつけ、精神的に追い込まれたミカゲは結婚に失敗した、と見切りをつけ、離婚を前提に別居に踏み切り働き始めた。 そのネットカフェに源田が訪れ、離婚が成立していたミカゲは源田に好意を抱き交際を始めた。 順調な交際が続き、将来は生花店を営みたい、と二人で経営の勉強を始めた矢先に、建設作業員の懇親会で他のグループと喧嘩になり、先に難癖を付けて来た相手を源田が殴ったが、相手は今後の生活に支障をきたす大怪我となり、窃盗の前科があった源田が実刑を喰らった、という事があった。 更に、源田の服役中に元・夫が現れて、→もう一度やり直したいと、復縁を迫って来たが、ヨリを戻す気はこれほどもなく、キッパリと断わったのに拘わらず、執拗に迫って来た為に、止む無くアパートをひっそりと引っ越しをした程だった、誰にも知られたくなくて住所も名前も書かなかったのは細心の注意心だった、今は石川県を遠く離れてヨンピンで出所される源田さんを待っていたのです。 ミカゲさんの長い打ち明け話が終った。 ヨンピン? 何故、刑務所隠語を彼女が知っているのか? →ミカゲさん、元・アルバイト先のネットカフェを教えて下さい。

 

ネットカフェには源田が現れた形跡が残っていたが本人を見付ける事が出来なかった。 必死に考えた宗片は叔父の剛男に心当たりな場所を尋ねた。 意外な所に源田は潜んでいた。 何故、厚生施設から逃げ出したのか、それは先に出所した窃盗の親分格がしつこく仲間入りを誘ってくる悪行への勧誘から逃れる為だった。 宗片は全て正直に打ち明け、謝罪し、手紙の携帯番号に電話もさせた。 その上で、厚生施設に送って行き、相当前で真の出所式を行った。 →源田陽一、仮出所おめでとう、貴殿の前途に幸多からん事を祈る、と敬礼を捧げる。 →宗片先生、ありがとうございました。 深夜二人だけの出所式が終り、全ては暗黙の了解が為されたのだった。 

 

・・・蛭川が亡くなったが、所有していた文庫本に挟まれていた紙切れに、→正気の内に終りたい、とあって、→認知症の症状が進めば異常な言動が今より多くなる、その姿が堪えられなかったかも知れませんね、と火石が同情を含んだ声を出した。 筆跡も蛭川のものに間違いない、と確定したので覚悟の自殺と判断された。 火石マジックと言われる中には、綺麗な字になれば再就職も上手く行くチャンスが多い、と言われて一生懸命励んでいた受刑者が多かった。 また、宗片はヨンピンを知る者は受刑者だけでは無く、刑務官もそうだと知って3年前の結婚式案内状を探り出した。 そして両者の名前を知って仰天したのであった。

(ここ迄、全405ページの内、僅か85ページ迄。 宗片副看守長の活躍が、第二話・Gとれ、第三話・レッドゾーン、第四話・ガラ受け、五話・お礼参り、と続くが、どれも刑務所の隠語である。 そして、最終章、歌手・三上順太郎と刑務官・火石司の正体が明らかになって、読者は、あゝ、と息を呑む。 もう一度、此処に書き込むかも知れぬとも思い、既刊の文庫本2冊を買い求めようと心を決めた)

 

大雪が続く。 我がマンションの昨年の除雪車は2月末で7回だったのに、今年は既に16回である。 何とした事か、札幌市が史上最大の除雪費用と悲鳴を挙げているが、JR・航空会社の公共機関のどこもが同じであろう。 いよいよ地球の悲鳴が始まって来たのであろうか? 

(ここ迄、5,800字越え)

 

 

令和4年2月23日