令和4年(2022年)1月7日 第479回
原田マハ「丘の上の賢人~旅屋おかえり」(文庫本、初出は2010年WEB月刊誌)
「旅屋おかえり」(文庫本、単行本は2012年)は、第447回と448回にUPしています。 先にご覧下さい。
前回・第478回の続き・・・
小樽午後5時、居酒屋「はまだ」の暖簾を確認してから入店した。 ホッケ網焼き、じゃがバター等々の品書きを見ると生唾が湧いてくる。 おかえりの故郷・礼文島の新鮮な味が舌に甦る。 →取り敢えずナマ行っとく? グルメライターさん!と、声が掛かって吃驚、ランチをした「北寿司」の大将から電話が入っていたと言う。 →ありがたいねェ、グルメの特集なんだって、ウチをメインに紹介してくれるなんて・・・、と満面の笑みである。 はァ、、、おかえりは強張った笑みしか返せなかった、随分先走った大将だ。 出されたご馳走を一気に頬張る、素材が命の料理を地元で食べれば美味しさ数倍である。 →アンタ、イイ顔しているねェ、すっごく美味しいイイ顔だ、グルメライターだけあるわ、と女将さんは感心し切りだった。 →で、バカ息子の何を訊きたいの? 確かにアタマは良かったし、女の子にもモテた、でも、人生単位で眺めてみたらありゃ結局バカ息子だったネ。 →アメリカで成功されて久し振りに帰って来られた、というところまでは大将にお聞きしましたけど、今、どうされているんですか? →無職よ、情けない事に、ほとほと何もかもイヤになったんじゃないの、3日間の家出を月に三、四回、それがあの子が人生で一番やりたかったことなんだってサ、今までなんでも出来ちゃった癖に、一番やりたい事を出来なかったと悔やんでいるのサ、未だに一番やりたかった事を出来ていないからそれを成し遂げる為に帰って来た、と息子は言っている。 ドサッと音を立ててこのカウンターに置いたお金なんか受取れない、と息子の頬を平手打ちした、これからの生活費として使え、そして一番やりたかった事をやれ!と突っ放したのサ、家出して毎回何をやってるんだか・・・。
自分の事を問われておかえりは返答した、→親不孝しています、好きな事やって、実家にも長い事帰っていないし、仕送りもしていません、すると女将は、→いいえ、充分親孝行よ、自分の子供が人生で一番やりたい事を実行している、親には何よりも嬉しい事なのよ。 ・・・ほろ酔い気分でゆらゆら揺れていた、どうしてこんなに居心地がイイんだろう? 6時過ぎから常連さんが続々入れ替わり立ち替わり入ってきて、みんな、女将さんのファンだった、→どうだい、ここの肴旨いだろう、小樽の自慢の店だから、イイ記事書いてくれよナ、と地ビール迄奢ってくれた。 11時を過ぎて女将さんに最期に問うた、→女将さんは人生で一番したい事、出来ましたか? ちょっと考えて、→さっさとやっちゃったわね、子供を産んで育てる事、自分の手料理を、美味しい!って誰かに言って貰う事、だから、寂しさも苦労も乗り越えられた、あの子にも乗り越えて欲しいのよ、そう、アンタもよ、ライターさん。 帰りの緩やかな坂道、胸の中をほのぼのと照らした女将の言葉、夜空を見上げると礼文島と同じ星座が夜空に輝いていた。
札幌大通公園、古澤めぐみさんと浜田純也さんが出会ったベンチでテレビ塔を仰ぎ見た。 昨日めぐみさんのお土産に買った硝子のペンダント、その箱に包装されていた赤いリボン、左足の靴紐に結び付けて、足をブラブラさせてみる、でもそんなこと位じゃ、私の世界はちっとも変わってくれない。 午後3時、おかえりは丘珠のめぐみさんの実家に佇んでいた。 思い切って呼び鈴を押した、小柄で痩せた中年の女の人が、色の無い顔をドアのすき間から覗かせた。 ドアをスッと開けて、→お入り下さい、と自己紹介もしない内に言われて、おかえりはポカンとしてしまった。 家の中は何処か懐かしい昭和の匂いがする、めぐみさんと姉さんののぞみさんが育ち、その後はのぞみさん一人で守って来た家なのだ。 のぞみさんがお茶を差し出しながら、→おかえりさん、どうしてちょびッ旅を辞めてしまったんですか?と吃驚する問い掛けだった。 →実はめぐみが手紙を寄こしてタレントの丘えりかさんが私の代わりに札幌を旅してくれるんだって、と言いながら手紙を差し出された。 おかえりは一歩踏み込んだ、→めぐみさんから旅の依頼を受けるにあたって、お二人にあった事をお聞きしました、のぞみさんがどれほどめぐみさんを大切に育てたか、浜田純也さんの事も、この家を出た理由も、と口にしたら、のぞみさんの肩がぴくッと震えた。 →あの子はまだ、あの人の事を思っているんでしょうか? 恨んでいるんでしょうね、私の事、でもめぐみは何をあなたに依頼したんですか? 独身のぎすぎすした銀行員のおばさんが一人淋しく生きてる様子を見て笑ってこい、とでも? ・・・おかえりは地雷を踏んでしまった、めぐみさんからは、元気かどうかだけ確認して欲しい、とだけだったのに、家の呼び鈴を押して、二人に起きた事まで話してしまった。 →お帰り下さい、あの子が出て行った時点で私達は姉妹でもなんでもなくなったんです、第一、本人が帰って来るならともかく、芸能人を差し向けるなんてどういう積りなんでしょうか。 のぞみさんの言葉が胸に刺さった、そうなのだ、心のどこかで楽観視していた、二人の仲を取り持ってやりたい、私なら出来るかも知れない、いい気になっていた、ごめんなさいめぐみさん。 玄関で、→お目にかかれて嬉しかったです、ありがとうございました、と深くお辞儀をすると、おかえりの足元をじっとみつめていたのぞみさんの華奢な身体がくずおれるようにしゃがみこみ、両手で顔を覆って泣き出した、声を殺して大粒の涙が零れ落ちる。 →私があの子とあの人を引き裂いたんです、赤いリボンで・・・。
さっきまで座っていたソファに引き返してのぞみさんと向き合った。 →めぐみが17才の春、銀行から帰宅すると妹のスニーカーに赤いリボンが付いていた、それ以来、妹の様子がおかしくなった、学校から帰るのも遅くなった、何よりもハッとするほど綺麗になった、別に化粧しているわけでもなく新しい服を買った訳じゃない、光を抱いた繭のように内側から輝いていた、だから恋をしているんだなと気が付いた、何だか悔して、寂しくて・・・ 置き忘れためぐみの手帳に写真が挟まっていた、羊ケ丘展望台、クラーク博士像の前で撮った二人の写真、ぴったり寄り添って、スニーカーには赤いリボンがあった、裏面には、純也&めぐみ、愛こそはすべて!と青いボールペンで書かれていた、あの時の複雑な気持、あの子が遠くへ行ってひとり取り残されたような・・・、私に遠慮して何も教えてくれなかった、私が母親なら、好きな人がいるの、と打ち明けてくれたかも知れない、そうして最悪の結果を招いてしまった、純也の母、めぐみの姉、北大入学、全てを捨てて二人が駆け落ちする寸前に立ち塞ぐ事が出来た、彼が丘で待っている!と泣きじゃくるめぐみを非情に切り捨てた。 三日後にリボンを解いて羊ケ丘に向かった、純也はいた、げっそりして無精ひげを生やして・・・ のぞみさんは赤いリボンを差し出して告げた、→どんなに待っても妹は来ません、これ、あの子から預かって来ました、お返しします、純也さんはリボンを受取ってそのまま胸にギュッと抱きしめた、のぞみさんは逃げるように背を向けて走り去った。 めぐみが大学に通い出してもあの人はそこに座り込んでいたんです、風に吹かれて遠い目をして・・・ うわァ、あの馬鹿、まだいる、と余計に恐くなりました、絶対、めぐみに知られてはいけないとキツク自分に戒めました。 のぞみさんの長い打ち明け話を聞いて、おかえりは言った、→その丘の上の馬鹿が今もまだいるとしたら? のぞみさんの瞳の奥にかすかな光が灯った。
おかえりとのぞみさんは近くのモエレ沼公園に向かっていた、小樽の「はまだ」で聞き知った純也さんの、月に数回の三日間の家出、めぐみさんが偶然見た動画のモエレ沼公園の丘の上の人、おかえりはその人がイサム・ノグチに心酔していた純也さんである事を既に確信していた。 丘に近付くと、斜面に転がった男が、取り巻いた若者から蹴ったり転がされたりしながら歓声を挙げられている、途端にのぞみさんが血相を変えて駆け寄っていく、うわ~ッと雄叫びを挙げて突進して行った、日傘をぶんぶん振り回して、→おかえりさん、電話! 警察に早くッ! すると、わァ、やべェ、と若者たちは転がるように逃げ去って行った。 おかえりは荒い呼吸を収まるのを待って、→伝言を預かって来ました、めぐみさんから・・・、男はピクリと痩せた肩を揺らした、ゆっくりと顔を上げておかえりのスニーカーの赤いリボンに目を止めている、すると、のぞみさんが、→帰るところがあるのでしょう、お帰りなさい、その場所へ、きっと待っている筈だから、と優しく言った。 ゆっくりと頬のこけた薄汚れた顔を上げた純也さんにみるみる驚きが拡がり、震える瞳に涙が溢れる、その涙が零れるよりも先に、のぞみさんの頬を涙が伝わって落ちた。
高層マンション28階、今日は萬社長と連れ立って、めぐみさんに成果報告で訪問する日である。 アトからこのマンションに届く成果物の前に、ノンビリした旅の話にめぐみさんはイライラ感を滲ませた時、チャイムが鳴って訪問者があった。 副社長の澄川のんのが成果物を持って来たのだ、→どうぞ、お入りになって、とドアの外に声を掛けると、22年の時を超えて現れたのは、純也さんだった。 ふたりは言葉をなくして見つめ合ったままだった。 めぐみさんの体が小刻みに震えていると、純也さんがかすかにめ、ぐ、みと言いながら静かに両腕を拡げた、めぐみさんはまるで磁石に吸い寄せられるように、その腕にしっかりと抱かれた。 モエレ沼で、純也さんは言った、愛する人を待ち続ける事、それがやり残した一番やりたかった事なんだ、仕事も財産も失って、ただただ待つ事だった、どんなに馬鹿にされても、蹴られても転がされても、蔑まれても。 のぞみさんは言った、→それは違う、待っているのはあの子の方よ、何年もひとりで、淋しさに耐えて、ひたすら待っていたのはあの子なのよ、あの子に会いに行って下さい、あなたが帰るべき場所はあの子がいるところなのだから。
ひとしきり泣いたアト、めぐみさんは感謝・感激の礼を言う、→おかえりさん、ありがとうございます、こんな素敵な成果物、夢にも思っていませんでした。 →いいえ、もう一つの成果物がありますよね、純也さん、と純也に振ると、→筒状に丸めた赤いリボンが巻かれた紙だった、「いいかげん、帰ってらっしゃい、待ってるから。 お姉ちゃんより」 めぐみさんは両手で顔を覆った、指の間からポタポタと涙が零れる、その肩を純也さんがしっかりと抱きしめている。
→おかえり、と待ってくれる所や人がいるところ、それがふる里なんだ。
もしもし、母さん、私。 また旅をして来たよ、このまえ行ったところわね、なんだか懐かしい空の色、懐かしい風吹く処、またいつか行きたいナ、帰って来たいナ、そんなふうに感じる場所だった。 この気持ちを胸にこれからも旅を続けるつもり。 みんな、元気でね、私も元気でいるから。 いつもいつもみんなのことを思っているから、じゃ、またね、行ってきます。
(ここまで、中略の153ページまで)
PGAツアー2022年初プレーは、ハワイ・マウイ島で38人の前年優勝者だけで行われている。 松山はミケルソンと同組で、初日は-4の12位で上がった。 TOPは-8なので、先ず先ずである。 正月明けから平日にパソコンで観戦出来る楽しみは年金生活者の特権であろう。
芋焼酎2.7ℓ4本セットを毎月トドックで購入している。 箱のノリが強力で開封に難儀していたので、お客様相談室に改良を願った。 今日届いた箱は持つ手の穴が開けられていたり、弱めのノリに改良されたような気配があるが、やはり、開封がキツイ。 これからは一ヶ月に4本では無く、若干高めになるが二週間に2本の発注にしようと思う。
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令和4年1月7日