令和3年(2021年)6月2日 第422回
男子プロゴルフ第7戦、43才・フイリピン人が優勝、日本ツアー参加11年目の初優勝、妻子をフイリピンに残して単身でのゴルフ異国生活、かつ、キャデイを付けず、自身が、クラブ11本だけの少しでも軽くしたバッグを背負っていた、もしかしてカート賃も節約したのかも? 永年のその苦難成就にあっ晴れ! これで日本人の5勝2敗、外国人に2連敗だが今回は何か気持ちが清々しい! ・・・女子プロ第13戦、黄金世代・勝みなみが逆転優勝、二年振りの優勝で母親がキャデイだった。 兎に角難しいコースでグリーンのアンジュレーションは半端じゃなかった、3パット、4パットを当たり前に叩く。 4日間競技で優勝スコアが-9と言うのがその証明である。 予選通過66名の内、最終日のアンダーパーは僅か12人、ワーストは、today+10が3人、+7以上が10人、最下位は+19、トップとの差28打と言うのが厳しいコースの証しである、3日目迄トップだった工藤遥香・28才(S・Bホークス工藤監督の娘)が、today+7と崩れて初優勝を逃した。 これで日本人13連勝、女子プロの若手はつけ入るスキがない、ホントに凄い!
知念実希人「ひとつむぎの手」(文庫本、単行本は2018年)
35才の平良(たいら)祐介は、純正会医科大学附属病院の9年目の心臓外科医だった。 今、解離性大動脈破裂で救急部に搬送され、准教授が手術した患者の術後も厳しい状態が続いていたので、祐介は一睡もできない儘、朝を迎えていた。 二日続けて病院に泊まり込み、その間、シャワーを浴びる余裕すらなかった。 それなのに首から下げている院内携帯が振動して、「医局長」の表示がある。 疲れている時に、一番話したくない相手である。 医局長・肥後太郎の濁声が徹夜明けの頭に響いた、→平良か、話がある、教授室の前に直ぐ来い、と問答無用の指示である。 教授室の前で待っていた弛んだ顎の肥後と、「心臓外科学教授・赤石源一郎」と表札が掛かった部屋に入る。 今年還暦を迎える初老の白髪の頭、高く尖った鼻、固く結ばれた口元、鋭い視線、正しく心臓外科の主任教授だった。 教授が、→医局に人が足りない、今年だけで既に3人が退局した、明日10月1日から研修医が3人、ウチの科に回ってくる、2年目の選択研修だ、一ヶ月間、君にその指導医になって貰いたい、と驚きの3人もの大きな負担責任である。 どうやって断われるか、と思案していたら、すかさず、→もう医師になって9年だろう、そろそろ関連病院への出向も考えなくちゃならん、沖縄の病院から外科医を派遣してもらえないか、と打診がある、君の父親は沖縄出身だったな、と心臓が凍るような言葉だった。 心臓手術のない病院への出向、それは心臓外科医としての死刑宣告に等しかった。 それを見透かした様に、→君の出向希望は富士第一病院だったな、来年は枠が空く、出来れば希望通りにしてやりたいが、医局には希望者が多い、選考には医局への貢献度を考慮する。 教授の細くなった目を見てようやく理解する。 明日からの研修医を入局させれば富士第一へ、失敗すれば沖縄へ飛ばす、と言っているのだ。 覚悟を決めた! →研修医3人、引き受けさせて頂きます、但し、貢献度とは何人の入局が条件でしょうか? →ハッキリさせておこう、最低二人だ、それが私の判断基準だ。 富士第一病院は静岡県富士市にあり、富士市一帯の医療を支えている最も開胸手術の多い病院で、充分に心臓外科の腕を磨けるのだ。 →はい、結構です、ありがとうございます! 長年の夢が叶う道が開けて来た、祐介は大股で歩き始めた。
循環器内科の諏訪野良太は大学時代の一年後輩、祐介は空手部、良太は柔道部だったので、今でも酒を吞み交わしている仲で、かつ、病院の様様な情報に通じている奴で最高の相談相手である。 彼が当直だというので、循環器内科の当直室でカップ麺を啜りながら研修医三人の話を打ち明けた。 →よりによって心臓外科ですか、桁違いに忙し過ぎる所を良く選びますね、先輩は今週家に帰ったのは一回でしょう、と同情される。 確かに、妻・美代子と一人娘・真美の顔も碌に見ていない。 幼稚園に入園した時の真美との三人一緒の写真を時々眺めている始末だ。 →何でそんなに頑張るんですか、先輩は一般外科も救急も出来るし、内科的な事もしっかり勉強している、ウチの循環器内科でもどこでも、先輩ならウエルカムですよ、転科したら如何ですか? →イヤ、俺は心臓外科医になる為にこれ迄頑張って来た、理由があるンだ、きっと、一流の心臓外科医になる。
翌朝、祐介が疑似血管を縫合する練習を重ねていた、大きく膨らんだ右手中指の第二関節、その部分に軽い違和感があって、針が小さく震え出す、その感覚を遮断しようとするが、針先の震えが止まる事はなかった。 →平良先生、と声が掛かり、三人の男女の研修医が挨拶に来た。 真ん中の筋肉質が郷野司・大学ではアメフト部、眼鏡が牧宗太・研究者タイプ、最後に、宇佐美麗子・小児心臓外科に興味があると言う。 →よし、回診しながら担当してもらう患者さんに紹介していこう、午後は赤石教授の冠動脈バイパス手術があるからそれを見学しよう。
一日経って諏訪野が言う、→先輩、やっぱり、ありのままの超多忙な指導医の姿を見せる事が、研修医たちの胸に響くと思います、目を背けて逃げるような奴に入局してもらっても使い物になりません、それが真の意味での赤石教授の期待に応える事だと思います、と富士第一病院へ出向が夢のこちらの気も知らずに・・・、しかし、正論だった。
冠動脈バイパス手術、赤石教授の怜悧なメス捌きでメイン手術は終了し、第一助手の針谷がアトを任されて閉胸を行った。 針谷淳、空手部の一年後輩にして赤石教授の甥。 確かに針谷は腕が良い。 けれど自分だって負けていない筈だ、と思ったら右手の中指に軽い痛みが走った。 富士第一病院へ出向する可能性があるのは、年令的に祐介と針谷だけだった。 赤石教授は針谷を特別扱いする事は無かったが、医局長の肥後は滑稽な程、教授の甥に気を使っていた。 レジデンドと呼ばれる若手の医局員を針谷の下に多くつけている。 病棟業務を分担できる針谷は、祐介の様に家に帰れない日が続く事はない、特別扱いされている事に気付いていない針谷を目にすると、酷い嫉妬心が沸き上がって自己嫌悪に陥る。 医局長の態度に冷たい目を向けている仲間もいるが、それを声に出せないのが医局独特の空気であった。 ガウンと手袋を脱ぎ捨てた針谷が、→平良先輩、お疲れ様です、彼らが研修医ですか? 君達、良かったね、ラッキーだね、平良先輩の指導は判り易くて有名、僕もね、大学時代に空手部で付きっ切りで稽古をつけて貰って、個人戦で優勝したのさ。 祐介の胸がキリリと痛む、惜しみなく自分の技術を叩き込んだら、針谷は自分を凌駕して来た、個人戦決勝では、針谷に伝授した得意技の後ろ廻し蹴りは、祐介が防御した手の上から肝臓を貫いた、屈辱的な敗北だった、その時傷めた右手中指は今も後遺症で残っていた。 →気持ちイイ先生ですね、と牧が言ったが、返事が出来なかった。
患者ひとり一人について細かく修正の指示を出すと午後6時半だった、今日はここまで、明日は8時に集合、と告げると、三人とも、え? もう終わりですか、と驚く。 自分は例の術後の患者が入っているICUを確認しながら泊まり込むつもりであるが、初日からそんなハードな所は見せたくない。 一瞬、躊躇しながら、→今のところ重症患者も抱えていないからね、そんな時はさっさと帰るさ、と唇を舐めながら答えた。 しかし、郷野は真剣な表情で、→俺達、実際の心臓外科の生活を体験したいんです、研修生だからと言って気を使わないで下さい。 ICUの患者はこれから何日泊まり込みが続くのか、いきなり過酷な現実を受け止められるだろうか? 彼らを騙したという罪悪感が重くのしかかって来た。
ICUの患者はきっと朝までもたないだろう、家族には包み隠さず伝えてある、患者の妻は、→もしもの時は自然に逝かせて下さい、と言い、心肺停止になった際、蘇生処置を施さないと決めている。 午後11時、諏訪野が来た、→やはり、こうやりましたか、研修生を帰して自分だけでキツイ分を持つ、しかし、ホントに真面目過ぎて要領が悪いですネ、さっきの手術患者の針谷なんか、レジンドに任せてさっさと帰宅しましたよ、先輩程消耗する事もない、このままだと先輩、いつかぶっ壊れちゃいますよ、体も心も。 指摘されるまでもなく、この数ヶ月頭と体が重い、食欲も落ちて体重も減っている、限界が近い、しかし、それだからこそ、富士第一病院への出向を勝ち取るのだ。 これからの一ヶ月間、研修医に過酷な勤務実態を隠し続けてやって見せる、と心で叫ぶ。 看護婦に言われてモニターの心拍数が下がっている事を確認した、その時、自動ドアが開いて、研修医3人が入って来た。 →麻酔科の研修医から聞いたんですよ、ICUに平良先生が担当している重症患者がいて、毎日泊まり込みで治療しているって。 何で教えてくれなかったんですか、重症患者はいないって嘘をついて。 俺達がついていたら邪魔になるって事ですか、心臓外科がきつかったら俺達が怯んで入局しないと思ったんですか、と次々と図星を指され、言葉が継げない。 宇佐美が、やっぱりそうなんだ、と華奢な肩を落とした。 →悪かった、と謝罪の言葉を絞り出すが、研修医たちの静かな怒気がおさまる気配はない。 諏訪野はいたたまれなくなってそっと出て行った。 心電図がフラットになったので、瞳孔や心音停止の確認後、→23時52分、ご臨終です、と深々と頭を下げた。 ナースステーションで死亡診断書を書き始める、→患者さんは亡くなった、君達も帰りなさい、と疲れて廻らない頭で口にした言葉が、彼らの思いに火に油を注ぐと思いながらもそれ以上の言葉が続かなかった。 亡くなった患者の息子さんが、→母が先生にどうしてもお礼が言いたい、と言ってます、と母親を連れて来た。 →主人が、主人が本当にお世話になりました、きっと主人も先生に感謝しています、あんなに一生懸命診て貰って主人に代わってお礼を言いたくて・・・ 意識がない主人にいつも優しく声を掛けて下さって私を励ましてくれました、と祐介の右手が両手で固く握りしめられて、嗚咽の声が一段と高くなった。 研修医達は固い表情で出口へ向かう、最悪のスターとなってしまった、明日からやって行けるだろうか、不安である。
翌日の昼食時、三人の研修医に体よく同席を断わられた。 特に郷野は目を合わせようともしない。 一人、食堂で蕎麦をもそもそ口を動かしていると、→ここ、イイ?と柳澤准教授が、かつ丼をトレイに入れて声を掛けて来た、40代半ばの溌溂とした柳澤千尋の凛とした美貌は30代でも充分に通用する。 心臓外科は成人心臓外科グループを赤石教授がトップを務め、小児心臓外科グループは柳澤准教授がトップを務めている。 4年前レジデントとして彼女の下に就いて以来、心から尊敬しているドクターだった。 →何よ、その顔は、眼のクマ凄くてアイシャドーみたい、私たちは体が資本なのよ、患者の為にも健康が一番だからね、三人の研修生は一緒じゃないの? 肥後君が研修医二人入れたら富士第一への出向を考えてやると、触れ回っているわよ、と訝しそうである。 更に、→チャンスじゃないの、此の儘だとあの肥後君の事だから間違いなく教授甥っ子の針谷君に決まっていたでしょ、手技も上手いしね、けど、平良君にも充分な資格があるわ、要領が良くないけど、よく練習しているし、内科的な事も良く勉強しているし、患者さんからの信頼も厚いし、総合点で勝るとも劣らないわ、研修医を無理やり勧誘しないで、自然体でやれば平良君の患者ファーストの真心がきっと伝わるわ、ま、もしもの時はウチにおいで、大歓迎よ!と、かつ丼をもりもり掻き込んでいた。 祐介は心から礼を言った、少しだけ気持ちが軽くなった。
(ここまで全420ページの内、72ページまで、第1章の半分強である。 第4章までの僅かである。 このアト、医局に激震が走る、赤石教授が薬剤臨床試験の結果を捏造し、製薬会社から賄賂を貰っている、と怪文書が回ったのである、更に週刊誌にも載った、赤石教授から祐介に、犯人を捜せ、見つければ大きな手柄になる、と富士第一を匂わす。 研修医の郷野を始め残った牧と宇佐美にも敬遠されるような出来事があった。 僅か、一ヶ月間に起こった出来事の結末は? 三月末に富士第一へ出向が決まったのは? 研修医は果たして医局に入ったのか? 怪文書を出した犯人とは? 赤石教授の身に起こった出来事とは? 題名のひとつむぎの手の意味は? 最終章、感動の場面で盛り上がる、読後満足感150%である、乞うご期待!)
第413回でUPした「海の見える家」の作者・はらだみずきは年令非公開の女性かな、と思っていたが、1964年生まれの男性で、原田瑞樹と言う立派な名前だった。 新刊もひらがな表示で作者紹介欄には年令も公開されていない。 本人のその意図が知りたいモンだ。 嫌いになるような理由でなければイイが。 (ここまで、5,400字越え)
令和3年6月2日