観光列車「かんぱち・いちろく」由来は実業家・麻生観八…八鹿酒造の礎築き、久大線敷設に尽力

 

 

 

 

読売新聞オンライン

銅像に玉串をささげる麻生社長

 

 JR九州が4月に運行を始めた観光列車「かんぱち・いちろく」の名の由来となった実業家、麻生観八(1865~1928年)の遺徳をしのぶ神事が10日、銅像がある大分県九重町の松岡公園で営まれた。 

由布院駅に停車する「かんぱち・いちろく」

 観八は同県日田市の豪商、草野家の分家に生まれ、15歳で九重町の麻生家に養子に入った。家業の酒造業を再興して現在の八鹿酒造の礎を築いたほか、農業水利施設の整備や電気会社の設立などに奔走。「かんぱち・いちろく」が走る久大線の敷設運動に尽力したことでも知られる。

 96回目となる神事「麻生観八翁銅像祭」には奉賛会会長の日野康志町長、佐藤知事をはじめ町内外の関係者約250人が参列し、観八が成し遂げた偉業の数々に思いをはせた。

 八鹿酒造のそばには「かんぱち」号が一時停車する「おもてなし駅」に選ばれた恵良駅がある。観八のひ孫にあたる麻生益直社長は「地域の方々にも喜んでもらっている。『次に来るときは九重町に』という気持ちを込めて、おもてなしを続けたい」と話した。