魂があって其れが肉体に宿った。其れが人。
その事を前提にしようか。
もし、これが前提なら、
ロボット、これはハード。魂、其れはソフト。
ソフトが入ってロボットは動き思考する。
ならソフトがハードから外されたら機能停止だ。
ハード(肉体)が壊れたらソフトのみ。只、ソフト(魂)だ。
ソフトは魂(意識)ハードはロボット(脳)
こうなっている。
ソフトは意識、力であり、神。
肉体(脳)はハードだ。
何故、肉体(脳)は置かれたのか。これは必要性の中の必然。
不変性(魂)と変化するもの(肉体)その統合である。だから人はせめぎ合う。
其れが経験、そうやって魂は成長を生む。
その事を受け入れる事を求められている。
逸れには主導が魂(意識)になる必要がある。其れが秩序。
其れが魂の成長、そして、考えの成長だ。相互にこの事柄は生きている間終わりはない。
何故なら想い(魂)が成長し、そして、考えが成長するから。
永遠とちどりで成長する様になっている。お互い酌み合うと言う事だ。
考え(肉体)と想い(魂)理解しあって成長が起こるのである。
そう出来ている。
今の世は主が脳(肉体)だ。そろそろ魂に帰って魂(意識、想い)を主にしようか。