商品名で云うトコロの“国鉄荷物客車”を組んだ。これは当時の時刻表表記での『荷物列車』の基準編成としているが、旧型(=戦前新製)旅客客車との組み合わせで様々な編成を再現出来る。まー、それは今回置いといて(←後日に気が向いたら)。
荷物列車の編成は大体十数両が最長の編成(“国鉄荷物客車”なら2セット分)。荷物は荷受け先の駅で順次降ろされたり荷物客車が増解結(上り列車の最後部)されたり、先の停車駅に発送荷物があれば積まれていく。…ノンストップで終着駅へ向かうのでは無く、停車する各駅で荷物の積み降ろしが行われていた。ここでの『荷物』の扱いは“貨物”では無く“旅客”で、牽引機関車は運用の関係上、蒸気暖房装置設置機が充当されてた(折り返し便で荷物客車+旅客列車の編成牽引の運用があったりもしたから)。…ニュアンスがこんな感じなので急ぎたい荷物も当然存在する訳で、高需要路線には“荷物列車”がほぼ各駅停車なのに対して“急行荷物列車”が設定されてたりした。
駅での荷物積み降ろし時間は短いに越した事は無いので、基本的に荷物は荷受け駅の荷物取扱所に一番近い号車へ積み降ろしの調整が行われていたが、ターミナル駅は西側。例えば大阪、岡山、広島、徳山、下関(←現在で云うと、この停車位置に停まる定期旅客列車は無いスペース。荷物専用エレベーターとベルトコンベアがあった)、博多とか。
遺構として残存している、徳山駅の荷物専用エレベーター↓。

荷物列車の遺構.jpg





荷物客車はぶどう色か青色の単色に塗られていた。当初はぶどう色のみだったが、“パレット輸送”という流通業界の革命が起こってそれに対応可能な車両を改修や新製をしなくてはならなくなり、パレット輸送対応可能な荷物客車には青色が塗られるよーになった。そーゆー識別↓。

左・流通革命後、右・流通革命前 B01.jpg





こーゆー前振りから、EF58のヘッドライト一灯式・標準色を牽引機にすると、東海道本線や山陽本線を走行してた荷物列車のイメージになる。離合相手は、EF65 0番台・ぶどう色の単機回送↓。

山陽本線、荷物列車と単機回送 B01.jpg





《後編へ続く》