わたしが心掛けていること

それは自分の性質、考え方をまず認めて受け入れること。


人の力になりたい

人を助けたい

人を救いたい


この気持ちを根強く持っています。


でも、そう思えばそう思うほど

ヘビーな人を引き寄せるから、その考えはさっさと手放す「べき」だと思ってきました。

救わなきゃいけない人なんて居ないと言うのも正解だし

助けなきゃいけない人なんて居ないと言うのも正解だ

でも、人を救える人が居るというのも正解だし

人を助けられる人が居るの正解



自衛隊、お医者さん、看護婦さんたちは実際助けて居ると思うんですよね。人を。


無理して

人を救いたい、助けたいを否定しなくても良いのかなって思うようになってきました。


人の力になりたくないのなら、そもそもセラピーなんてやらないから。

やるのはもちろん楽しいのだけれど、わたしはその先にお客さんの笑顔があるからやりたいと思う。


セッション中たくさん泣いた方が、セッション後に霧が晴れて笑顔になる

その瞬間が大好きなんです。



人を助けたい気持ちとか、サポートしたい気持ちが、自己満足かその人の為なのか
その議論に夢中になってましたが……


どっちでもいいんじゃない?



と思うようになりました。
そんな議論で自分のしたいことを止めるのも馬鹿らしいかもなーって。


きっと、人の力になりたいと思う人も居れば
自分が楽しいからやる人も居るし
どちらも持ってやる人も居る。

それをいちいちジャッジしなくていいんじゃないのかなーって。



そして、わたしは何も自己犠牲してそれをやりたいわけではない…

ボランティアでやるのは、自分がお金を得てからでも遅くはないのかなと思っています。


人のサポートを現在してる人に聞いてみたんです。


「人を救うことは出来るよ。その方が簡単だし、ずっとやり易い。わたしのしたいことはそれ」


という人も居れば


「お金をもらうのが罪悪感なら、そのお金の分だけ人を助けられると思えばいいよ。売れれば売れる程沢山の人を助けることが出来る」



と言う人もいます。


人それぞれ、救うとか助けるの定義はもちろん違うのでしょうが…


わたしは、この方々のような考え方をする方がずっと楽だなと感じます。


それはわたしの性質に合って居るから。


わたしは、人の力になれる方が俄然やる気が出る。
自分がやりたい!これを誰を何を差し置いたもやりたい!みたいなこともあるんですけど、それだと長続きしないと言うか、モチベーションが保てない。


誰の役に立たなくても良いと思う側面もあるけれど、自分が人の力になることをしたいのなら
それはそれで良いんじゃないかなーって。


さすがにその相手に対して「あなたの助けたいんです!」みたいな感じにはならないですよキョロキョロキョロキョロキョロキョロ笑笑

ただ、応援したいみたいな感じです。
さすがに 笑笑


志として、そう言う意識を持ったままでも良いのかなぁなんて考えています。



お金を稼ぐってことに対して、それくらいの心持ちでいられたら、いいのかなぁって思います。


誰かの役に立つコンテンツと思うとなんだかワクワクするし広がりも感じるので^^
大きくエネルギーを回すわたしになれたらいいなーって思っています^^