奇跡のコースの用語の解説「知覚」「智識」 | ミラクル静岡のブログ

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静岡市内で奇跡のコースの勉強会を開催しています。
私の人生を変えた「奇跡のコース」を一人でも多くの方に知っていただきたいと思ってます〜!

奇跡講座に出てくる用語の解説です。
何回聞いても、いつもわからなくなってしまう、奇跡講座の’「用語」

今回は、智識と知覚について書いています。

<<<大内先生の奇跡のコース、田中先生の奇跡の道も網羅したかったのですが、
調べるのに時間がかかりすぎるため「奇跡講座」のみにいたしました。>>>

奇跡のコース・講座の根幹をなす用語の一つである「智識」「知覚」

「分離」の概念と切っても切れない関係があります。

 

 

 

智識

 

神様は真理・真実を何でも知っている。 

神様と分離していない私たち神の子は全てを包含しているので全てを知っている、気づいている。

 

全てを知っているのですから、何も心配することがありません。安心安全です。
そして、この全てを知っている状態を「確信がある」といいます。

 

*「神様は何でも知っている。」という言葉は、私たちに恐怖を与えます。

なぜなら、私たちは、いっつも失敗して言い訳して、時にはひどいことをしてしまうからです。

 

 

でも、奇跡のコースでの救いは

「神様は真実・真理は何でも知っているけれど、真実ではないことは知らない」ということです。

 

私たちが、肉体レベルで失敗して色々やってしまっていると思っていることは、
ただの間違いであって、真理ではない、

だから神様が取り上げるレベルのことではないのです。

 

***注*** 

神様の代わりに、聖霊が「間違い」レベルは扱ってくれますので、

捨て置かれているわけではありません。

 

 

 

 

知覚 

 

わかりやすく説明するために、知覚の一つ「見る」を取り上げると

 

何かを見る、という時の条件として、 

見る人、と、 見られる人 という、二つの存在が必要です。

 

つまり、知覚する人と、知覚される人は 分離しているのです。

 

ひとつだから知っている「智識、知る」と違って、

別の人の言動・思考を、もう一人の人が一定の離れたところで得られた信号(光など)を再解釈して

「なになにが起こった」と推量して、判断する。というプロセスが入っています。

 

ですから、知覚を通して「完全に知る」ということは不可能です。 

他者の思い、考え、次に何が起こるのか?などを知ることはできません。

肉体で生きている時に、常に「不確実で、不安である」のは、このためです。

 

聖霊の助けを得て、「真に知覚する」ことを習得することによって、

「分離の幻想」から一瞬だけ解き放たれることを練習していきます。