自死遺族の私が感じたこと日々あれこれ
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2018-08-14 20:41:10

お盆と月命日

テーマ:つれづれ

連日の暑さでお盆は父がこっちに戻ってくるのが嫌になってないかな・・・

なんて思ってしまう。

 

子供のころ、夏休みにラジオ体操をしていたのを思い出す。

 

うちの地域は毎年ラジオ体操の担当の家が決まっていた。

担当のお家の庭で地域の子供が集まってみんなで毎朝ラジオしていた。

 

懐かしいなあ。

 

自分の家が担当だと、楽だけど自分の家族も一緒にラジオ体操するので

何となく恥ずかしい・・・っていうのもあった。

 

超のつく田舎なのでみんな顔見知りなんだけど・・・

 

父もラジオ体操一緒にしていた写真があったな。

 

あの頃は父が自死するなんて思いもしなかったよな。

こんな人生になるなんて思いもしなかったよな。

 

2018-07-30 19:30:45

平安の祈り

テーマ:つれづれ

 

「神様、私にお与えください。

自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを

変えられるものは変えていく勇気を

そして、二つのものを見分ける賢さを」

 

私はこの祈りが好きで、

NPO法人のSerenity(セレニティ)もここから来ている。

 

もともとはニーバーというアメリカの神学者の祈りである。

(ちなみに私はクリスチャンではない。)

 

そんな大好きな祈りの言葉もここ最近はずっと忘れていた。

それくらい、私には心の余裕が無い。

いや、そもそも私の人生自体に心の余裕があったときがあったのだろうか・・・

 

いつも何かに追い立てられ、息苦しい。

 

毎朝起きると、生きていることへの罪悪感に押しつぶされる。

私だけ生きていていいのだろうか、お父さんごめんなさい。

 

私にとって変えられないことは父が自死したこと、私が自死遺族であるということ。

そして変えられることは・・・?何だろう。

これからの自分の未来・・・?

 

その二つを見分ける賢さを私に下さい。

 

2018-07-23 20:08:48

サバイバーズギルト

テーマ:つれづれ

私は自死遺族だが実は自死遺族の事が全く分かっていなかった。

大切な人を自死で亡くすということが、どれだけ深い苦しみと悲しいなのかということを。

 

普段はなるべく考えないように少し脇に置いているのだが

ふとした瞬間に吹き出す罪悪感。

 

いつまでにこんなことに苦しんでいてはいけないと思う。

こんな自分が大嫌いだ。

もう父を亡くして30年以上経つのに。

 

元気だった父がある日突然私たちの前からいなくなった。

帰ってきたら骨になっていた父。

 

これがこんなことなわけがない。

大した事ないわけない。

 

でも大したことないことにしないとここまで生きてこれなかった。

 

もっと前向きに明るい自分でいなくては

父を自死で亡くしたけど、それを乗り越えた自分でいなくてはいけない。

なんてイメージに縛られそんな自分を無意識で演じていてそれにひどく疲れる。

 

私の人生の目標は39歳という年齢を超えるということだった。

39歳になったら晴れ晴れとした気持ちになれる。

きっとそう思っていた。

 

しかし現実にはそんな気分になれなかった。

襲ってきたのは、私は生きていていいのだろうかという罪悪感。

 

もっと人生を楽しんでね、という励ましの言葉が私にとっては苦しい。

 

楽しんでいいのか。

幸せになっていいのか。

 

そもそも私にとっての幸せとは何なのか。

父に会いたいことなんじゃないのか。

 

いつになると楽になれるのか

この思いを受け入れられるのか。

 

時間が経過すればするほど、また違う苦しみが襲ってくる。

今の私は生きるだけで精一杯だ。

 

こんなんじゃだめだよね。

心配ばかりかけてるよね。

 

いつまでもこんなくよくよ言っていて、ダメな娘で本当にごめんね。

お父さん。

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