「僕たちは変わらない朝を迎える」「名前」などの戸田彬弘監督が、自身の主宰する劇団チーズtheaterの旗揚げ公演として上演した舞台「川辺市子のために」を、杉咲花を主演に迎えて映画化した人間ドラマ。
川辺市子は3年間一緒に暮らしてきた恋人・長谷川義則からプロポーズを受けるが、その翌日にこつ然と姿を消してしまう。途方に暮れる長谷川の前に、市子を捜しているという刑事・後藤が現れ、彼女について信じがたい話を告げる。市子の行方を追う長谷川は、昔の友人や幼なじみ、高校時代の同級生など彼女と関わりのあった人々から話を聞くうちに、かつて市子が違う名前を名乗っていたことを知る。やがて長谷川は部屋の中で1枚の写真を発見し、その裏に書かれていた住所を訪れるが……。
これはとても良かったです!
杉咲花さん、このところ活躍目覚ましいですね。
「法廷遊戯」の美鈴のように、一見大人しそうな女性が壮絶な過去を背負っているという設定が、もっと過酷に現実的に描かれる感じ。
幸せになりたいけど…なれない。
なってはいけない。
その葛藤が表情に現れていますね。
ヤングケアラー、無戸籍問題といった社会問題、幸せとはなにか、生きるとはなにか、を考えさせられます。
ストーリーとしては、現在と過去を織り交ぜて、次第に焦点が合っていく手法。
「市子」が小学校の頃、中学校の頃、高校の頃、アルバイト先、などでのエピソードが取り上げられますが、
その時々によって「市子」だったり「月子」だったりするので、疑問が沸き上がります。
市子の不幸の始まりは、無戸籍だったこと。
日本でもかなりの無戸籍の子供がいるそうですが、最も多いのは、離婚したあとに、新たなパートナーとの間に子どもができた場合です。
民法772条の2項という法律では、「法的離婚後300日以内に生まれた子どもは前夫の子と推定される」と規定されているため、たとえ離婚したあとにできた子どもでも、300日以内に生まれてしまった場合は、前夫の子どもとして出生届を出さなければならないからです。
夫のDVで家を出て長く離れていても離婚ができない状況だったり、離婚を決めて届けを夫に出して別れたはずなのに離婚届が提出されていなかったり、女性の側に不利なことも多く、市子の出生もこのケースです。
もちろん、成人してから戸籍を取得する方法もあるのですが、市子の場合はさらに、隠し通さなければならない事情があり、世間から隔絶された人生を歩むしかありませんでした。
市子の母親を演じる中村ゆりさん。
男に頼らずには生きていけない母親の元に生まれた姉妹の悲劇。
その生き様を、市子も無意識に引き継いでしまっているのが哀しいです。
そして恋人・長谷川義則を演じた若葉竜也君が凄く良かった!
失踪してしまった市子を探すため、ある事件を追っている刑事と共に、市子にかかわる人物を訪ねていくので、ある種、ストーリーテラーでもあります。
「愛にイナズマ」の時は、ほとんど活躍の場がなくて残念だったけど、今回は、とても誠実な青年で、杉崎さんとの演技のバランスもとても良く、この二人ならきっと幸せになれたのに…と心から思ってしまいました。
市子の高校時代の同級生であり、その後の人生にも大きくかかわる北秀和役の森永悠希さんも巧いですし、
全体的に俳優の演技のバランスがとても良かったです。
現在では、「離婚後の妊娠については、現在は医師による妊娠時期の証明があれば、前夫の子ではないとして出生届が出せる」という特例が認められるようになりましたが、まだまだ多くの人に周知されている状態ではないようです。