道三も槍隊くらいは連れてくると踏んでいたが、まさか弓や鉄砲隊まで引き連れて来るとは思いもしなかったのだ。実は内心、この会見で本当にウツケであったなら信長を打ち取ってやろうとも思っていたのだ。その目論見は完全に外れた。これでは手出しできぬ。こっちが刀を抜いたら最後、間違いなくやられる。道三は慌てて正徳寺に取って返し、御堂の縁に並ばせていた家来達を引っ込めさせると、重臣以外には輕武装を命じた。向こうが合戦を仕掛けてきたら応戦をせねばならないと考えたからだ。してやられた、内心道三はそう思った。はてさてこれはやはり娘の言った通りの男にある。そう思うと会って話すのがさらに楽しみになった。
道三は信長が姿を現すのを今か今かと待ち受けていた。あの猿丸出しの格好で面前に現れてなんと申すのか、ある意味面白い。そう思って待っていた道三はまたしても驚かされる。供の者を境内に控えさせた信長は一室に入った。しばらくしたらそこから見知らぬ貴公子さながらの若者が出てきたと、道三の供の者は思った。現れたのは髪を折り曲げにし、褐色の長袴を身に着けて由緒ありそうな短刀を前にさし颯爽とした美男子である。それが信長だと気付いた道三の家来たちはかなり驚いた。信長が縁を進むと、そこには道三の重臣である春日丹後(かすがたんご)と堀田道空(ほっとうどうくう)が待ち受けて信長を部屋に案内しようとしたが、何を思ったのか信長は2人が全く目に入らぬかのようにその縁に座り込んだ。
「あ、あの…」
丹後と道空が声を掛けようにも信長は柱にもたれて素知らぬ顔をしている。取り付く島もないと言った感じだ。そうこうしているうちに道三が現れた。2人の重臣は慌てて平伏す。信長はその顔にチラッと目を走らせるが、表情も変えずそのまま柱に寄り掛かったままだ。道三も何も言わず設けられた席に腰を下ろす。見かねた道空が信長の脇により
「山城守(やましろのかみ)様がおいでなさいました」
と、囁く。信長は口の端でニッと笑うと
「であるか」
と答えて徐に腰を上げた。はっきり言って横柄極まりない態度である。そこにいた重臣たち皆が、「なんだ、この若造めが」と内心思っていたことは明らかである。
道三の方も最初はこの縁にふてぶてしくもたれかかっている若者を見て心の中で「はて…」と首を傾げた。じっと見てそれが先ほど見たあの猿のような男、信長である事を確信した時には驚きと共に愉快さも込み上げた。
(なんと、面白い男よ)
と心の底からそう思ったのだ。道三はこのような若者を生まれて初めて見た。正直得体が知れない、不気味さも感じる。だがこの男が娘婿かと思うと、何故かワクワクしたのだ。
道三の前に進み出た信長は恭しく頭を垂れると
「お初にお目にかかりまする。織田上総介信長にございます。今後とも良しなに奉ります」
と、大仰に手を突いた。
「これはこれは…山城でござる。お見知りおき下され」
信長の圧に道三は完全に押され気味であった。
※こちらのお話しは史実に沿ってはいますが、不明な部分、定かでないところは多分に作者の創作(フィクション)が含まれますので、ご留意の上ご拝読いただけますようお願いします。
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