「じゃ、昼間なんであんな事を言ったの?」

「あんな事って?」

和は寧々が岳の名を口にした事ですっかりペースを崩して気持ちが乱れている。昼間何を言ったのかなんてまるで頭が回らない。

「何の事?」

「だから、何だってそんな風に惚けるの?」

寧々もいつになく苛立っているように見える。

「惚けるって…」

「言ったじゃない、実の父親が人殺しだって」

「え、あ、それ?」

確かにあの言葉の後から寧々の表情が変わった。でもどうしてその言葉に反応したのかが分からない。そしてどうして山下岳の名を口にしたのか。一体、どう繋がってくるのか全く分からないのだ。

「それで何故、そんな風にイラついているのか分からないわ。だってあなたのお父さんが人を殺したわけじゃないんだから、別にあなたが怒る事じゃないでしょう。私は…私は自分の事を言っただけなんだし」

「え…?」

寧々はキョトンとした顔をした。

「自分の事って、何?」

「だから…私の父親の事よ」

「和の父親?和の父親が何?」

和は一度深呼吸をして口を開く。

「…私の父親は人を殺して逮捕されたの」

「は…?何、それ」

「何って、言葉通りよ」

「和の、お父さん…?」

寧々は目をぱちくりさせている。和には寧々のこの様子が何を意味しているのか全く分からない。でも一つだけ確かな事がある。寧々は山下岳を知っている。人殺しというフレーズが寧々の口から岳の名を引き出したのだ。それはどういう事なのだろうか。岳が誰かを殺したという事なのだろうか。でもその岳も殺されている。或いは岳が殺された事を指しているのか。でも何故?寧々は何故岳を知っているのか、謎だらけだ。

「それより、あなたこそどうして山下岳を知っているの?」

少し落ち着きを取り戻した和は一番の疑問を口にする。

「そんな事より、ってか、それはちょっと置いておいて、和のお父さんが逮捕されたってどういう事?誰を殺したの?」

「置いておくって…」

置いておける問題ではない、和にとって一番のネックなのだ。

「それは、後で話す。私も勢いで口にしちゃったから…でもちゃんと説明する。和になら話しても大丈夫って思えるような気がするから」

「何…?」

寧々の中に何か決意のようなものが伺える。

「で、誰を殺したの?和のお父さん」

「なんて言うか、父の愛人だった女(ひと)」

取り敢えず寧々の質問に応える事にした。多分、もう避けられないところまで来ている。でもできるなら岳の話はしたくない。そんな思いが先行する。

「愛人?」

「ええ、と言っても父は相手の女性に遊ばれただけだったと思うけど。本気になって浮かれていたのは父の方だけ。馬鹿みたいな話よ」

「愛人って、和の両親ってもうずっと前に離婚したんだよね。離婚した後もずっと続いていたって事?それでなんで殺すなんて事になるの?」

「分からないわ、父とはずっと会っていないし。あの人が今どんな暮らしをしていたのかなんて全然知らないのだから。でも…」

「でも、何?」

「ずっと続いていたって事はないと思う」

「なんで?」

「父は家を出てその女の人の家に押しかけて傷害事件を起こしたの。つまり相手の人は父から逃げていたって事」

「そうなんだ、それじゃ続いているわけないね」

「それに父はその傷害事件で服役しているの。相手の女性が殺人未遂だって騒いだりしたらしいから、罪が重くなったって聞いたし」

「じゃ、もしかしてそれを恨んで?」

「うーん。どうかな?分からない、父が何を考えていたかなんて…私にとってはもうとっくに他人のような人だし」

「そっか。でもどう思ったの?父親が殺人で逮捕されたなんて聞いて」

「そりゃ、吃驚したけど。それにまた叔父さんや叔母さんに迷惑掛かるんじゃないかとか思ったし、出来ればもう関わりたくないって…でも」

「でも、何?」

「…この間、検事さんがうちに来たの」

「検事さん?」

「うん、上條君のところに来た人と同じ検事さんみたい」

「なんで?和のお父さんの事で?」

「そうなんだけど、ちょっとおかしな事言っていた…」

「おかしな事って?」

「本当に父がやったと思うかどうかとか…」

「どういう事?お父さんが犯人じゃないかもって言っているの?」

「そんな風にも取れたけど…でも父は容疑を認めているらしいし…」

「じゃ、なんで?」

「分からない。あ、それとその、父の愛人だった女性とあの…山下岳の殺人は同一犯かも知れない、みたいな事」

「え…?」

寧々は眉根を寄せるようにして和を見る。

「同一犯って事はその犯人には二人を殺す動機が存在するって事よね?和のお父さんとあの男の接点って?」

「…それは……」

「あ、」

和が答えられないでいると寧々が何か思い出したような顔をする。

 

 

    <弐百参拾伍(二百三十五)へ続く>

 

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