「実の父親が人殺しだったらどうする?」

意を決するように和はそう切り出した。その瞬間、寧々の顔が強張った。

「何…言っているの?」

寧々のその表情は明らかに何かを警戒しているように見えた。それは和にとって予想外の反応だった。確かに突拍子もない質問だとは思うが寧々ならもっと軽く流すように思っていたのだ。

「それって、どういう意味?何が言いたいの?まさか…和…」

寧々が何か言いかけた時に昼休みを終えるチャイムが鳴った。寧々は開きかけた唇を閉じて席に戻った。

(何…?)

様子が変だと思った。寧々は明らかに狼狽しているように見えた。あんな寧々を見たのは初めてだ。寧々はいつも明るく振舞っていたがその心の奥底に何か抱えている事は何となく感じ取っていた。今の質問の何が寧々の心に影を落としたのだろう。人殺しという言葉に反応したのだろうか。寧々の母と妹は殺されている。だからそういう言葉に人一倍敏感という事はあり得る。でもその話は元々寧々の方から打ち明けられていた。それに人を殺すという言葉を寧々は何度となく使っている。今更その言葉に反応して怯えるとも思えない。ではどういう事なのだろうか。

 授業が始まって和は一旦、考えるのをやめた。でも気になって仕方がない。放課後になるのを待ち兼ねたかのように寧々が近付いてきた。

「さっきの話の続きがしたいんだけど」

いつになく真剣な表情をしている。

「あなたの秘密に関する事?」

和は少し探るように聞き返す。寧々があんな風に怯えた表情をしたという事はもしかしたらそれが関係しているのではないかと思ったからだ。でも和の言葉のどれが寧々の秘密に接触したのか正直分からない。

「やっぱり、何か知っているの?でも、どうして?」

寧々の言葉に和はそっと周りを見回す。教室にはまだ他の生徒が残っていた。

「場所を変えた方が良くない?」

「え、あ」

そう言われて寧々も周りを見る。

「…そう、だね。どこ、行く?」

「図書室…じゃ話は出来ないわね。どこが良いかな」

学校の中じゃどこで話しても誰かに聞かれそうな気がする。

「うちに来る?」

「紫園さんの家?」

「うちのお父さん、多分今日も遅いから。最近、偶に早く帰ってくるけど一昨日、早かったからそんなに続けて早く帰る事無いと思うし。誰にも邪魔されないで話が出来ると思うよ」

「じゃ、それで良いわ」

和は寧々の意見に賛成する。二人はそのまま一緒に教室を出た。寧々のマンションに着く迄、一言も言葉を交わさなかった。まるで決戦に臨むような心情である。でも、もし寧々があの事を知っているのだとしたら一体、どうすれば良いのか見当も付かない。

 初めて足を踏み入れた寧々の住まいは余計な物が殆ど置かれていないくて、とても整然としていた。色もモノトーンと渋いブルーで統一されていて都会的な感じである。

「うち、家具少ないでしょう」

「ええ、でも。凄く落ち着いた感じで良いと思うけど」

「お父さんがあまり物を買いこまない人なんで。お母さんがいればもっと色々増えていたかもしれないけど。私もあまりごちゃごちゃ飾るの好きじゃないから」

「じゃ、紫園さんもお父さんの血を受け継いだって事なのかな」

和のその言葉に寧々の動きが一瞬止まる。

「…わざとそんな事言っているの?和、何か知っているのでしょう。やっぱりあの男から聞いていたの?」

「あの男って?」

寧々が何を言わんとしているのかまるで見当が付かない。

「昼間だってそう、知っていてあんな事言ったんだよね。私が和の秘密を知っていると言ったから?だから和も私の秘密を知っていると言いたいんだね」

「ちょっと、一体何の事を言っているの?紫園さんの秘密の事なんて私、」

「もう惚けるのはやめて。そうでなかったらあんな事言う筈ないでしょ。全部、初めから知っていたんだよね」

「全然分からない、何の話をしているの?」

「だから、あの男よ。あの男、山下岳から全部聞いていたんでしょ!」

その名を聞いて和はその場で凍り付いた。どうして寧々があの男の名を口にするのだ。どうして知っているのだ、やはり寧々の知っている和の秘密とは和が一番知られたくないあの男の事なのか。

「なんで…紫園さんが…」

「なんでって…え…?」

和の狼狽ぶりに気が付いたのか寧々はまじまじと和を見返す。

「だって、あなた、昼間…え、ちょっと、待って…」

寧々は額に指を当てて考えるようにする。

「ちょっと、コーヒーでも淹れるわ。和、そこに座って待っててよ」

寧々は自分を落ち着かせるかのようにキッチンの方に向かった。和は言われた通り、リビングにあるソファーに腰を掛ける。心臓が早鐘のように打っている。今、寧々は確かに山下岳といった。寧々はあの男を知っているのだ。でも、どうして。昨年までアメリカにいた寧々がどうして岳を知っているのだ。それに岳から聞いていたとはいったい何の事を言っているのだろう。それが寧々の秘密と関係あるのか。寧々の秘密は岳と関係あるという事なのか。それはつまり、もしかしたら寧々も和と同じような目にあったという事なのだろうか。

(まさか…)

違う、聞いていたという事は和の住まいに岳がいた時の事を指しているのだ、でもその頃、寧々はアメリカにいた。岳との接点はない。一体、何のことを言っているのだ。でも寧々の口から岳の名が出た事は紛れもない事実だ。

「はい」

寧々が難しい顔をしながら和の前にコーヒーを置いてそのまま和の前に座った。

「ちょっと、気持ちを落ち着かせよう」

そう言いながら寧々はコーヒーを口に運んだ。和もそのコーヒーカップを手に取る。妙な間が流れた。

 

 

    <弐百参拾肆(二百三十四)へ続く>

 

 

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