「和ちゃん…」

いつにない和のきつい口調に叔母が心配するような顔で和を見る。その叔母の顔を見て和はいつの間にか平常心を保てなくなりそうな自分がいる事に気付く。そして目の前の二人の女性がじっと和を観察するかのように見ているのを感じる。何かボロを出したのではないかと不安になる。

「大丈夫ですよ」

鳴海が静かな口調で和に語り掛ける。

「あなたは何も悪くない。だから怖がる事なんてありません。私達はあなたの敵ではありません」

「わ、私は何も怖がってなんていません。何を怖がる必要があるって言うんですか」

思わず声に力が入ってしまった。

「どうしたんだ、大きな声を出して」

そこにリビングの扉を開けながら叔父が顔を出した。

「あら、おかえりなさい。ごめんなさい。玄関の開く音に気が付かなかったわ」

「ただいま。こちらの方々は?」

叔父は和の前に座っている二人の女性を見ながら叔母に尋ねた。

「あ、えっと、こちら、」

「初めまして、私、検察庁の者です」

立ち上がった桃香は叔父に向かって名刺を差し出す。

「検事さん?」

名刺を見て叔父は彼女が何故ここにいるのかという顔をする。

「あ、あの、和ちゃんのお父さんの事で…」

叔母が叔父に口添えする。

「ああ、岡野さんの…」

叔父は少し顔を顰める。叔父は当然ではあるが父の事を良く思っていない。浮気して離婚をした上に傷害事件を起こし服役して出てきたかと思ったら今度は殺人事件の容疑者として逮捕されたのだ、良い感情を持てという方が無理であろう。

「岡野さんの事で一体、何を聞きにいらしたのですか。この子はもうずっと彼には会っていない筈ですし、彼とはとっくに他人です。今は私達の娘なのですから。この子に答えられるような事があるとは思えませんが」

「済みません、和さんの記憶に少しでも岡野さんの事が残っていたら何かの手掛かりになるかと思いまして」

「それで、何か分かったのですか?」

「いえ。仰る通り、和さんには岡野さんの記憶はあまり残されていないようです」

「では、もう話は済んだのですね」

「ええ、まあ」

「それではもうお引き取り願えますか。私達はこの子に平穏な暮らしをさせてやりたいと願っています。母親があんな事になってこの子がどれ程辛い思いをしてきたか、今更昔の事を思い出させるような事はしたくないと思っています」

「分かりました。今日のところはこれで帰らせて頂きます。ただ、もうここには来ませんとはお約束できません」

「どうしてですか?」

「また何かありましたらお伺いする事があるかもしれないからです。岡野さんの自供には信憑性に欠けるところがあると思っていますので」

「だからと言って、」

叔父は尚も不服そうな顔をして桃香を見た。

「殺人事件です。いい加減には出来ないんです。ご理解下さい」

桃香がきっぱりとそう言い切ると叔父は口を閉じた。職業上だからだろうか、毅然とした口調でそう言った桃香には逆らう事を許さないような凄みを感じた。

「では、失礼致します」

桃香がそう言うと鳴海も立ち上がって叔父夫婦に一礼してリビングを後にした。叔母もあっけにとられたような顔をして出ていく二人の後姿を見送っていた。二人が帰って暫くしてから叔父は我に返ったように口を開いた。

「な、なんだ。あの言い方は」

「あ、あら私もお見送りもしなかったわ」

「見送る必要などないだろう。歓迎されざる客だ」

「でも、あの人達もお仕事なのよ。それに和ちゃんには随分と気を使って喋っていらっしゃったわ」

「まあ、なら良いが…和ちゃん、大丈夫か?」

「あ、うん。私は平気。それに叔父さんの言う通り私、あの人の事なんて何も覚えていないから。何を聞かれても答えられる事はなんてないし」

和は敢えて父という言葉を使うのを避けた。何となく叔父の前で他の誰かを父と呼ぶ事が悪いような気がした。今の和にとって叔父の方が本当の父親のようなのだから。叔父も叔母も気を遣ってかその後は父の話には触れなかった。夕飯を終えて自室に戻っていた和はリビングにカバンを置いたままにしている事に気付いて取りに戻った。部屋の前まで行くと叔母の声が聞こえてきた。

「それにしても…何だか不思議というか、変な話ね」

「何の話だ?」

「さっきの検事さん達の話」

「何が不思議なんだ?」

「不思議というか、何だか、気味が悪いわ」

「何の事を言っている?」

「だって、姉さんと岡野さんの離婚の原因になった女性と姉さんが一緒になろうとしていた相手が二人共去年、殺されていたなんて」

「ああ、確かに」

「検事さん達じゃなくても何か関係しているんじゃないかって思ってしまうわよね」

「それは岡野さんが二人共、って事か?」

「それは分からないけど、なんだか無関係とも言えないように感じてしまうわ。でも、あの検事さん、岡野さんではないかもしれないなんて言っていたけれど実際のところどうなのかしら」

「さあ、それは私達には分からないよ」

「でも和ちゃんは知っていて何も言わなかったのね」

「私達に気を遣ったのだろう」

「そうね…あら、そこに和ちゃんのカバンが置きっぱなしだわ」

その言葉を聞いて和は慌てて部屋に戻った。

 

 

      

<弐百参拾弐へ続く>

 

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