女系天皇論者にこそ読んで欲しい皇統の真実 | 「国家戦略特区」blog

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「皇統断絶を狙う反日勢力ならいざ知らず自称保守の一部にも、女系天皇容認論者がいる事に、私は驚きを禁じ得ません。歴史に対する無知が原因とは言え、神武天皇が宮崎から出でて、僅かな仲間を率いて攻め上り、奈良湖のほとりの大和の地に即位してから、約2000年の歴史を誇る日本の皇統は、真の意味での世界遺産です。この日本の至宝である皇室の断絶を狙う輩を、正しい知識によって言論界から駆逐することこそ肝要です。そこで本エントリーは、女系天皇論者の自称愛国者の皆様に捧げます」

『女系天皇論者にこそ読んで欲しい皇統の真実』

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歴史を知らな過ぎる女系天皇論者

 

 今上陛下が即位し、皇統を引き継ぐ次の世代の男子が、秋篠宮家の悠仁親王一人という皇統の「一子相伝」状態に、国を思う良識派の皆様が、漠然とした不安に駆られるのは致し方ないと考えています。構造改革が典型ですが、解決病が蔓延る現代日本では、女性宮家や女系天皇容認に先走る方がいても仕方ない部分もあります。しかし、歴史を振り返ると、この皇統の一子相伝状態は、異常などころか、むしろ平常運転なのです。女系天皇論者の多くが、この事実を知らないまま、女系天皇論を吹聴するのは嘆かわしい限りです。

 

側室制度によって皇統が維持されたとの認識は間違い

 

 皇室で一夫一妻制を採用したのは大正天皇からですが、それを根拠に皇統が維持されたのは、側室制度があったからだ!側室制度が無い限り男系での皇統の維持は困難!との詭弁を宣う輩が後を絶ちません。しかし実際は側室なしで、大正天皇は4人、昭和天皇と上皇陛下は2人の男子に恵まれました。ところが、明治天皇、その父である孝明天皇(第121代)、仁孝天皇(第120代)、光格天皇(第119代)は、側室制度の元で、1人の男子しか残していません。実態は全く逆なのです。

 

 

旧宮家が天皇家から血筋が遠い理由

 

 現在、皇統の護持の為に、旧宮家の皇籍復帰を求める声がありますが、これに反発する女系天皇論者の詭弁に、旧宮家と現在の皇室が、血筋が遠いとの批判があります。しかし、この事実は逆説的に、皇統において男子の跡取りが、いかに少なかったかを示す証拠でもあります。皇室は数百年に渡り今の悠仁様のような「一子相伝」状態が、延々と続いていたのです。

 

明治維新は、なぜ成功したのか?

 

 この皇統の一子相伝が日本に不利益だったかと言うと、そうでもありません。例えば、明治維新が成功した理由も、皇統の一子相伝からです。仮に幕末の孝明天皇に、多数の兄弟がいたら維新は成功したでしょうか?皇太子である後の明治天皇に多数の兄弟がいたら維新は成功したでしょうか?仮に多数の男子皇族がいれば、米英仏などの外国勢力、薩摩と長州と会津などの諸藩、幕府内の各派閥が、それぞれ「俺の天皇」を擁立し、日本は幕末の段階で分裂し、外国勢力に蹂躙され、その段階で日本は滅んでいたでしょう。

 

 

異常に高すぎた皇室の乳児死亡率の謎

 

 皇統の一子相伝が日本史に不利益を与えなかったとは言え、しかし江戸時代の皇室の乳児死亡率は異常な高さです。いくら医療技術が未熟だとは言っても、皇統以前の問題として、これほどに乳児死亡率が高ければ、共同体として存続できないレベルです。これは推測ですが、当時の白粉(おしろい)に使われていた鉛の毒が、その原因としか考えられません。

 

光格天皇(第119代)妻9名、17名出生、成人男子1名、成人女子0名。

 

仁孝天皇(第120代)妻7名、15名出生、成人男子1名、成人女子2名。

 

孝明天皇(第121代)妻6名、6名出生、成人男子1名、成人女子0名。

 

明治天皇(第122代)妻6名、15名出生、成人男子1名、成人女子4名。

 

日本の上流階級で必須だった白粉(おしろい)

 

 ポリティカル・コレクトネスに蝕まれた現代社会では「白い肌=白人」とのミスリードが起きていますが、日本人にとって肌の白さは、いにしえより至高の存在でした。白粉(おしろい)で真っ白に塗りたくった顔は、舞妓さんなど思い浮かべる方も多いと思いますが、江戸時代までの日本の上流階級では必須のアイテムでした。ところが恐ろしいことに、当時の白粉は、滑らかさを出すために鉛を練り込んで作られていたのです。顔だけでなく上半身に塗りたくった白粉の毒は、母体を蝕み濃縮されて、新生児に移されたのです。

 

 

大正天皇を境に白粉の猛毒と決別した皇室

 

 病弱といわれた、大正天皇の脳症の原因も、白粉の鉛害が原因だと言う説もあり、同時に宮廷の生活が白粉が必須の江戸時代以前の様式から、現代的な暮らしに一変したもの大正天皇の時代からでした。皇室の乳児死亡率が改善され、皇統の安定的な継承が可能になったのも、白粉の猛毒が宮廷から一掃されたからでしょう。

 

皇統から考えれば、大正天皇は最高の名君

 

 歴史を振り返れば、白粉の毒に侵され断絶の危機に瀕していた皇室が、側室制度を廃止した救世主である大正天皇の登場によって、危機を回避したことが分かります。ただ、悠仁様から先の皇統の未来について、安定的な皇位継承を考える時に、見落とされている重大な事実について更に論考します。

 

 

皇統を千代に八千代に継続する叡智

 

 昭和天皇は、なかなか男子に恵まれず苦労したとのエピソードも残りますが、現代では、男女産み分けの研究が相当に進んでいます。父親と母親の体調や受精のタイミングの差で、男子と女子が授かることが判明しており、宮内庁が、この保健指導を皇族方に徹底すれば、子宝に恵まれる夫妻なら、特殊な医療行為なしで男系の皇統は、千代に八千代に護持されるでしょう。

 

旧宮家の皇籍復帰の最善の方法

 

 悠仁様の次の世代の皇室を繁栄させる方法として、お三方いる内親王が、旧宮家の男系男子の方とのご結婚の上での皇籍復帰が理想ですが、この手の野暮な話は、我々庶民が語るのではなく、宮内庁が、かつての上皇陛下と美智子様とのテニスコートの逸話の如く、上手く取り計らうべき事柄です。

 

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千年後、皇族1万人の日本へ

 

 悠仁様が、将来ご結婚され、仮に3人の男子に恵まれたとして、更に、その次の世代も、3人の男子の世継ぎに恵まれれば、21世紀の後半には、最低でも8つの宮家が、日本には存在する事になります。更に、それから千年も経てば、皇族は今のサウジアラビアの如く、1万人くらいに増えるかも知れません。今、問題となっている小室某なる人物を皇室に引込む女系天皇論者が、その時も、果たして存在しているか?大いに興味があります。

 

「本エントリーは進撃の庶民のブログへの寄稿の転載です」

 

 

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