女王陛下のユリシーズ号 | われは河の子

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女王陛下のユリシーズ号
アリステア・マクリーン  1955年
ハヤカワ文庫

英国海軍の巡洋艦ユリシーズは、救援物資を満載してソ連に向かう輸送船団を護衛する第14空母戦隊の旗艦として極寒の北大西洋に出撃する。
艦内の反乱分子、零下30度を超える寒さ、大戦中に海軍が体験したことのない暴風雪と波。
そして迫り来るドイツ軍の爆撃機、巡洋艦。

ユリシーズは、胸を侵され血を吐きながら指揮を執る艦長の元、苛酷な任務を遂行するために波濤を蹴立てて突き進む。
しかし、輸送船団、護衛艦隊併せて32隻で編成されていた艦船は、今やわずかに7隻を残すのみとなった…


戦争冒険小説の白眉と認められる大作にして、作者マクリーンの処女作。
これ一作をして、平凡なグラスゴーの一教師を、世界的ベストセラー作家へと転身させた作品とはよくいわれる修辞です。


冒険小説は、広くミステリーに分類される文芸です。
それは、そこにいくつもの謎や仕掛けが施されているケースが多いからです。
本作と同じ作者のもう一つの代表作である「ナヴァロンの要塞」でも、どうやって島の巨砲を破壊するのか?や、敵のスパイは誰か?などの謎が秘められています。
先日再読したフォレットの「針の眼」では、連合軍が上陸地点をカモフラージュする作戦とは何か?それを見破ったスパイはなぜ本国に帰られなかったのか?などの謎が、
フォーサイス作の「ジャッカルの日」では、ジャッカルの正体とは?そしてなぜド・ゴールは助かったのか?などという仕掛けが読みどころになります。
また、ネイハムの「シャドー81」では、戦闘機を使っての旅客機ハイジャックの方法と身代金の受け取り方はどう行われるのか?
フレミングの007シリーズにおいて、悪役は何を企んでいるのかといった計画などもそれに当たりますね。

ここで読者が「な〜るほど、そんな手もあったか!」と膝を打てば、その小説の目論みは成功です。
冒険が達成されようが失敗に終わろうが、それははっきりいってどうでもいいともいえますね。
読者は、その作戦やミッションに秘められたカタルシスに酔うのです。
やはり冒険小説がミステリーに分類されるのももっともだと思います。

ところが、本作にはそのようなトリックやケレン味、カタルシスがまったくありません。
そこにあるのはただただ自然の猛威と冷静果敢な敵の攻撃。
そして鉄と硝煙と血の匂い。
誇りと絶望を胸に愚直に死んでゆく男たちの匂いです。
この小説には冒頭から巻末まで、一人の女性も登場しないのです。
描かれているのは戦争です。

どこに冒険があるというのでしょう。
「宇宙戦艦ヤマト」から希望とロマンとヒロインを取り去って、なおかつ地球に生還できなかったなら、このような物語ができるのかもしれません。

激戦の果てに、他の艦の乗組員の手術のために移乗した軍医を語り部にして、
鉄の塊と化したユリシーズは、物語を盛り上げた全ての乗組員もろともに北極海に沈みます。
いったいどこに冒険があるというのでしょう。




気になるのが邦題。

原題は、H.M.S.ULYSSES
H.M.SとはHis(あるいはHer)Majesty’s Ship 
の略で、英国海軍艦という決まり文句ですが、第二次大戦中の英国の統治者は一貫して国王ジョージ6世(現エリザベス女王の父)であったので、ここは『国王陛下の』と訳すべきですが…

一方、イアン・フレミングの「女王陛下の007」原題 On Her Majesty’s Secret Service では、ジェームズ・ボンドが仕えるのは、女王エリザベス2世なので、間違いではありません。

ともかく、胸が締めつけられるような男たちへの鎮魂歌をどうぞ!