ハリケーン「サンディ」から電力自由化を考える | 岐路に立つ日本を考える

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 私は日本を世界に誇ることのできる素晴らしい国だと思っていますが、残念ながらこの思いはまだ多くの国民の共通の考えとはなっていないようです。
 日本の抱えている問題について自分なりの見解を表明しながら、この思いを広げていきたいと思っています。


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F.C.C. Details Storm-Related Cellphone Problems(ニューヨークタイムズの記事)

 ハリケーン「サンディ」の被害は、想定された通りかなり大きなものになっているようです。テレビやインターネット、電話など情報取得手段となる通信についても、10州の約20%の世帯で、一部あるいはすべてが切断されたそうです。

 この点について、ニューヨークタイムズが大切な視点を提供してくれています。

 Power systems failures throughout the Northeast have been the main culprits in the shutdown of more than 20 percent of the cell tower sites in 10 states, causing millions of lost calls on Wednesday. (北東部一帯で電力機能が停止したことが一番の原因となって、10の州で携帯電話の基地局の20%以上が機能しないこととなり、水曜日でも無数の電話が不通になっている。)

 つまり、携帯電話が使えなくなった原因は電力の供給がとまったせいだというのです。

 「サンディ」の規模は、日本に襲来する台風と比べてもことさら大きなものではありませんでした。上陸段階では「ハリケーン」の基準を満たさず、単なる「熱帯低気圧」の扱いでした。(それでも日本の標準的な台風の規模くらいではありましたが。)

 では、なぜここまで大きな電力機能の停止が起こってしまったのでしょうか。それは電力の自由化を行っていたせいです。自由化のせいで、余裕のある設備を保持することは競争上デメリットとなってしまう状況になっていました。このため、電力の供給量が平時でもカツカツに近い状態となっており、このようにいったん有事が発生すると、途端に電力供給に支障が出てしまったのです。そしてそれが基礎的な情報インフラにすら影響を及ぼすようになってしまいました。

 また、設備自体が「平時」レベルで済まされており、「有事」に備えてお金の掛かるものを用意していなかったわけです。つまり、自由化を推進したために、「サンディ」レベルのショックにさえ耐えられない構造で運営されていたというわけです。

 携帯の基地局の数もカツカツであれば、いったん有事が発生した時に通話はパンクします。このようにインフラ整備においては、いざという場合に備えた余裕が必要となるため、自由競争に晒してそうした余裕を潰していくのは適当ではないということを、理解しておきたいところです。

 平時において「無駄」に見えるものが、いざという場合のショックを小さくしてくれるという点を見失ってはいけないということを、今回のハリケーン「サンディ」のケースを他山の石として、再確認すべきだと思われる方は、クリックをお願いいたします。


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