渋谷・コクーン歌舞伎「東海道四谷怪談【北番】」(その弐) | こだわりの館blog版

渋谷・コクーン歌舞伎「東海道四谷怪談【北番】」(その弐)

東海道四谷怪談

3/21 Bunkamura シアターコクーンにて


「東海道四谷怪談」の戯曲の本質に迫った見事な公演!


●昨日の続き●


渋谷・コクーン歌舞伎 「東海道四谷怪談【北番】」


作:四世 鶴屋南北
演出:串田和美


配役


 お岩・直助権兵衛       中村 勘三郎
 民谷伊右衛門・小汐田又之丞   中村 橋之助
 お袖             中村 七之助
 お梅             坂東 新悟
 秋山長兵衛          片岡 亀蔵
 伊藤喜兵衛・按摩宅悦・お熊  笹野 高史
 四谷左門・仏孫兵衛      坂東 弥十郎
 佐藤与茂七・小仏小平     中村 扇雀


今回の「東海道四谷怪談」、特に【北番】の上演は素晴らしかった
内容もさることながら、今日「東海道四谷怪談」がこういう戯曲だったのだという
戯曲が発表された当時の作者・鶴屋南北の意図が
【北番】の上演で鮮明に浮かび上がってきたからである。
「東海道四谷怪談」を取上げる役者が皆無になってしまった今日、
地道に上演を重ねていった中村勘三郎の
この「東海道四谷怪談」への集大成までもが見えてきそうなくらいの出来であります。

もともと「東海道四谷怪談」が、こちらも歌舞伎の人気演目「忠臣蔵」の【裏の世界】
描いた作品というのは有名な話。
初演当時は「忠臣蔵」と「四谷怪談」を日替りで上演したなんていう話も残っているくらい。
しかし今日、「東海道四谷怪談」に【忠臣蔵の裏世界】と言われても、
ちょっとピンとこないのであります。
それはあまりにも「東海道四谷怪談」が、
非道な浪人・民谷伊右衛門に殺された【お岩さん】の復讐物語として
有名になってしまったからでありましょう。
ところが、今回この【北番】を観ると、【お岩さん】のパートは
「東海道四谷怪談」の1パートに過ぎないことがよくわかり
その他にも【お岩さんの復讐物語】よりも遥かにドロドロした人間ドラマが次々と登場して、
全体を通して見ると、何かと「忠義、忠義」と美談で語られる「忠臣蔵」も一皮むけば
ホラ、人間の欲望剥き出しの世界が展開されてるんだよという、
いかにも鶴屋南北らしい残酷でシニカルな視点が存分に発揮された戯曲であるという事が
浮き彫りになってくるのであります。


今回の【北番】では【お岩さん】のパートは極力抑え目にされています。
「伊右衛門浪宅の場」でお岩さんは伊右衛門から渡された毒を薬として飲まされ壮絶な死を迎えます。
しかしその後は「蛇山庵室の場」がばっさりカットされているので、
お岩さんが幽霊となって伊右衛門も呪い殺すまでの壮絶なシーンは出てきません。
最初はこの有名なシーンのカットを「エッ!なんで?」と思いました。
だってやはり「東海道四谷怪談」ですもの、
お岩さんの幽霊がカットされてるとは思いもしませんでしたから!
しかし結果としてはこの有名なシーンをばっさりカットしたから成功であったのではないでしょうか。
お岩さんの幽霊を見てしまっては「東海道四谷怪談」は、
やはり【お岩さんの話】となってしまったでしょうから。


で、今回は【お岩さんの話】を抑え目にして「三角屋敷の場」を上演したのが良かった。
この日頃はあまり上演されることのない「三角屋敷の場」。
現状の【お岩さんの話】の話に続けて上演してしまっては時間ばかりくってしまい
さりとて「忠臣蔵」の「九段目」のように単独で上演するほどは筋がおもしろくない
この厄介な代物を、「蛇山庵室の場」をカットし【お岩さんの話】を抑え目にしてでも上演したことで
この【北番】は非常に地味なテイストにはなってしまったけれども、
「東海道四谷怪談」の世界、しいては鶴屋南北の世界がクッキリと浮かび上がってくるのであります。

「三角屋敷の場」の主役は直助権兵衛
【お岩さん】が中心の筋では民谷伊右衛門と結託してお岩・お袖姉妹をダマす
小悪党ぐらいにしか見えないこの人物が、
この「三角屋敷の場」では堂々の主役であるのはもちろんのこと、
お岩・お袖姉妹と【実は…】の関係まで浮き彫りになって
【お岩さん】の話以上にドロドロとしたパートの重要人物であったことに始めて気付くのであります。


その後「小仏小平住居の場」では、
お岩さんと一緒に戸板に括り付けられて殺された小仏小平が幽霊となって仇討をするなど
つまりこの【北番】では現状の【お岩さんの話】では単なる端役で
「なぜ出てきたのだろう」と思わされる人物たちも
実は「東海道四谷怪談」では重要な人物であり、
これらの登場人物たちがまるでモザイクのように関係を持ちながら
ドロドロとした人間模様を繰り広げていく。
そのドロドロの集大成こそが「東海道四谷怪談」なのだということに始めて気付くわけであります。


「東海道四谷怪談」【北番】は、派手な演出もありませんから
コクーン歌舞伎としては非常に地味な仕上がりであります。
しかし作者南北がこの戯曲で描きたかった世界が忠実に再現されていて、
そこが歌舞伎として非常におもしろかったし、
「東海道四谷怪談」を研究してきた中村勘三郎の研究の集大成として
本当に貴重な上演であったと思います。
本来ならばこういう【意図を探る】っていうのは国立劇場あたりが得意分野だと思うのですが、
そこをコクーン歌舞伎で、しかも中村勘三郎串田和美という、
一役者・一演出家がやってしまったというところに
私は改めて今回「すごい!」と思いましたね。


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