私たちは“仮想現実の世界”に生きている!

7)人生は一つの芝居のようなもの②

 

 松下幸之助は言います。「困難な情勢に直面すると、人間というものはともすれば、あれこれ不安を感じたり心配したりします。(嘆いたり、誰が悪いと憤慨することに終始していては)何も生まれてきません。心も委縮してしまい、困難に対処していくための知恵もでてきにくいでしょう。」「ですから、私は、今日のむずかしい世の中を一つの生きた芝居と見、自分はその中の主役であると考えたいのです。そうすれば、激動の今日の社会は、最も演技のしがいのある時代、いいかえれば、一番生きがいのある、おもしろい時代だということにもなってきます。そういうところから大きな喜びも湧いて心も躍動してくるでしょうし、いたずらにおびえたり、憤慨したりすることなく、冷静に事態に対処する道を見出すこともできやすくなってくると思うのです。」(「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」pp.114-115)

 

 シェイクスピアも言うように、外の世界の出来事や現象自体には、元々それ“固有の意味”はありません。すべては、“中立”なのです。そして、それらの出来事や現象の“意味”を決めるのは、自分の“心の持ち方”、言い換えれば自分自身の“価値観”であり、“信念”なのです。『困難な情勢』に直面したときに、それを『克服できない障害』あるいは『もはや一巻の終わり』という意味づけをするか、又は『成功に向けた克服すべき課題の一つに過ぎない』との意味を見出すかは、積極的か消極的か、主体的か受け身か、あるいは将来の成功を確信しているか、疑いを持っているかなど、自分自身の“心の持ち方”によって実は違ってくるのです。しかも、人間には“心の持ち方”“選ぶ力”があるのだと松下幸之助は言うのです。“心の持ち方”を変えることができれば、“物の見方”“物の考え方”が変わり、それによって“気分”が変わり、目の前の“困難”に立ち向かう“意欲”や“力”が湧いてくるのです。

 

 これに対して、前者の捉え方からは、意気消沈してしまい、“意欲”も“知恵”も生まれないということを体験から身に染みて分かっており、松下幸之助は、自分はそのような選択肢は決して選ばないと心に決めたのです。いずれを選ぶかによって“結果”も大きく違ってくるわけですから、自分にとってより良い結果となる方を選べばよいではないかというのが松下幸之助の主張です。

 

 その上で、この“現実”を『生きたドラマ』とみなし、“自分自身”を『その生きたドラマの主人公』だという“心の持ち方”を選ぶと、「かつてない、いわゆる開闢以来といっていいほど困難でもあり、変化の激しい事態であるということは、すなわち、かつてない波瀾にみちた興味津々たるドラマ」の中で「われわれは、一人ひとりが主役として演技している」ということになり、「これは役者冥利につきるというか、役者たることにまたと得がたい感激を覚えて、一つ名演技を披露しようということにもなるのではないでしょうか。」というわけです。(「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」p.114)

 

 『自分が生きたドラマの主人公』ということになれば、目の前の『困難な情勢』を克服し成功を実現して、主役として名演技を披露しようとの“意欲”も湧いてきて、目の前の『困難な情勢』も『解決すべき課題の一つ』に過ぎないと捉えることができるようになると言います。その結果、「大きな喜びも湧いて、心も躍動し、冷静に事態に対処する道を見出すこともできやすくなってくると思うのです。」(「経営のコツここなりと気づいた価値は百万両」p.115)

 

 これは、視点を変えれば、松下幸之助流の人間の“心の弱さ”を克服するための“知恵と工夫”であると言えましょう。つまり、このような目の前の“困難”に立ち向かおうとすれば、『自分には無理だ』とか、『こんなことは経験したことがない。』という“恐れ”や“不安”などの“心の弱さ”、あるいは困難に立ち向かったという経験がないことや立ち向かって失敗したという過去の経験などから、自分で自分に“限界”を置いてしまい、それらが“制約”として働いて、前向きな気持ちになれず、意気消沈することとなりがちです。ところが、ここでは自分は“本人”ではなく、あくまで“役者”であり、『生きたドラマの主人公』なのだと思えば、そのような自分本人としての様々な“制約”から解放されて、設定された場面の中ではありますが、自分が自由に描く“演出”の下で“自分本人”を離れた“大胆な演技”ができるというわけです。心の中の“情報”を書き換えるための極めて優れた方法であると言えるのではないでしょうか。

 

 自分は“本人”ではなく“役者”なのだという風に『心の持ち方を選ぶ』ことによって、大きく結果が異なってくる、まさに『人生も仕事も心の持ち方次第』と喝破した松下幸之助の哲学の真骨頂と言えましょう。

 

 もちろん与えられた“宿命”は変えられないが、その“宿命”を前提とした上で、どのような人生を送るのか、どのように仕事をして行くのか、ということはその人も“心の持ち方次第だ”と言うのです。そして「人生は一つの芝居のようなもの」あるいは「自分は生きた芝居の主人公」だと考えることによって、さらに“大胆に”自分の思い通りに“自分の人生”という“生きた芝居”を創り上げて行くことができるのだというわけです。

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