私たちは“仮想現実の世界”に生きている!

4)『歴史は勝者が作る』今も生きている歴史の中の“ウソ”30

 

 以上、見てきた通り、私たちは、アメリカにより“真実の歴史”を奪われ、隠蔽されて、それを知ることもなく、一方で、『戦争贖罪宣伝計画(War Guilt Information Program)』を始めとする一連の方策によってアメリカの創作した虚構の物語、即ち“加害者”と“被害者”とが入れ替えられ、実は“被害者”である日本を“加害者”に仕立て上げ、本当は“加害者”であるアメリカを“被害者”とするだけではなく、さらにアメリカは日本と日本国民を軍国主義から救った“救世主”なのだというところまででっち上げた、アメリカの創作にかかる壮大なスケールの“仮想の歴史物語”とその延長線上にある“現在の仮想現実”の中に私たちは生きているということを意味します。真実の世界が、日本が“被害者”で米国が“加害者”であるとするならば、両者が入れ替わった“仮想の世界”、いわば“パラレルワールド(parallel world)”(観察者がいる世界から、過去のある時点で分岐して併存するとされる世界。)の中に私たちは生きていることになります。

 

 私たち日本人は、そのような“真実”とはかけ離れた“仮想の世界”に閉じ込められ、『日本は侵略戦争をした悪い国だ』という、GHQの洗脳の結果、いわゆる“自虐史観”にとらわれ、日本国民としての“独立心”や“自信”を失い、自分の国に“愛国心”を持てず、日本の歴史や伝統、文化を全否定してそれらに“誇り”を持てないでいるのです。そして、生き馬の目を抜くような“世界の外交と政治の現実”から目を背けて、自衛隊の存在をも否定し、軍隊を持たなくとも『憲法第9条が日本を守っている』と“平和ボケ”する一方で、中国や韓国の南京大虐殺や従軍慰安婦問題などの根拠のない非難・主張に対しても、河野談話や村山談話など一国の首相が“謝罪”を繰り返し、ほとんど反論もできないでいます。

 

 私自身、これまで述べてきた一連の歴史を改めて学んで、私たち日本人は、一日も早く過去の歴史の真実を学び、日本人として目覚め、“誇り”を取り戻さなければならない、と強く思うようになりました。

 

 それは、21世紀の世界をリードしていく国として、日本に期待する人たちが世界に大変たくさんいるからです。正直に言えば、一体誰がなぜ日本に何を期待しているのか、当初その意味がよくわかりませんでした。

 

 しかしながら、これまで述べてきたような真実の歴史を学ぶことによって、見えてきたことは、第二次世界大戦は、東京裁判が決めつけたような『日本による英米あるいはアジアへの侵略戦争』などではなく、日本は、あくまで『自存自衛のため』、そして、後には東南アジア諸国の共存共栄の『大東亜共栄圏の設立』のために真剣に努力したということ、そして、それは、単なる“形”だけのものではなく、日本は、実際に欧米の植民地と化していた各国の独立に向けてその支援行動を行い、自立した国とした上で欧米に対抗しうる地域ブロックを作り上げようとしたということでした。それは、欧米のような自国の利益だけのための一方的な植民地化とは異なり、それらの国々と日本との双方にとって利益のある、まさに“共存共栄”のための取り組みだったのです。そして、実際に1943年11月5日には、に中華民国、タイ国、満州帝国、ビルマ国、フィリピン、自由インド仮政府の代表を日本に招いて大東亜会議を開催し、大東亜戦争の目的である『自存自衛』『植民地解放』『大東亜共栄圏』を強調した大東亜宣言を満場一致で採択しています。

 

 吉本貞昭氏によれば、日本は、将来の東南アジアの指導者を養成するために、南方特別留学制度を創設して、優秀な青年を選抜し、日本へ派遣して高度な教育を施し、他方、陸軍中野学校の出身者たちは、インドやビルマ、インドネシア、フィリピンなど東南アジア各国に散らばって、それぞれの国の独立運動を支援し、厳しい軍事訓練を施したのです。それらの人々は、戦後各国が独立していった際のリーダーとして活躍したわけです。

 

 アメリカは、これらの事実を隠蔽するために、『大東亜共栄圏』を連想させる『大東亜戦争』という呼称の使用を禁止し、『太平洋戦争』という名称の使用を強制したわけです。

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