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4)『歴史は勝者が作る』今も生きている歴史の中の“ウソ”28

 

 その後、上に述べたようにして翻訳されたものが改正案として国会に提出され、国会での審議を経て制定されました。先に述べた「審議・議決したのが誰かが重要だ」とする見解によれば、『日本国民の代表たる国会議員が審議して、内容に変更が加えられ、承認された自主的に制定された憲法である』ということになりそうです。この草案提出以降の審議・議決のプロセスから、そのように言えるでしょうか?

 

 まず、『国会における審議により内容に変更が加えられた』と言う点ですが、確かに、国会での審議によって、国家賠償(第17条)刑事補償(第40条)が追加されたり、国会を1院制としていた改正案が2院制に変更されました。しかしながら、それは、それはあくまで主権者たるGHQの『占領の目的』に反しない範囲内で許されたに過ぎません。明治憲法の下で権利自由が容易に制限された『臣民』の権利・自由を厚く保障することは、日本国を“去勢する”ために軍国主義を否定する、その手段として『民主化』を図るという『占領の目的』に沿うものでした。

 

 それでは、GHQの『占領の目的』に反するような議論や修正案を主権者たるGHQが認めたでしょうか?答えは明らかです。例えば、憲法第9条に関して、自衛戦争を認め、そのための戦力を保持することを認める修正案が出たときに、GHQは承認するはずがありません。先に述べた『マッカーサー三原則』に明らかに抵触するからです。当時は、GHQは、直接統治ではなく、日本政府を通じた『間接統治』の形を採っていましたので、吉田茂首相を窓口として、政府与党に圧力をかけ、国会の審議を誘導しようとするでしょう。また、そもそもGHQの占領下にあった当時の日本には、通常の『独立国』のように国防や安全保障問題を考える立場になく、自国だけは決められなかったとも言えます。

 

 『憲法自主制定論』の致命的欠陥は、当時の日本は、サンフランシスコ講和条約によって、国家主権を回復するまでの間は、主権を奪われGHQによる占領体制の下にあって、主権者たるGHQに事実上“隷属”する状態にあったことを全く無視し、通常の独立国の下で『言論の自由』が保障され、十分な情報が提供されているという状態にあるかのように議論している点です。国会での審議や議決は、GHQの『占領の目的』に反しない範囲でのみ、認められていたに過ぎないのです。GHQは、間接統治を利用して、日本政府を前面に立て、如何にも日本政府と国会が正常に機能しているかのように装っていただけで、『占領の目的』に反するような審議や議決を許すはずのないことは、憲法草案の作成権限を日本政府から取り上げて、GHQ草案を作り上げたことからも明らかでしょう。

 

 特に国民のレベルで自由に新憲法を議論できたかと言えば、否定せざるをえません。GHQは、国民の目から憲法制定についての自分たちの“関与”を消し去るために、厳格な言論統制を行いました。つまり、先にご紹介した『プレスコード』等の検閲制度によって30項目にわたり完全に言論が封鎖されたわけですが、その3つ目は『連合国最高司令官(司令部)が憲法を起草したことについての言及と批判』だったのです。『表現の自由』を保障する憲法を実質的に作ったマッカーサー自身及びGHQ民政局が、その憲法に違反して、報道機関の『表現の自由』『報道の自由』を不当に制限していたわけです。こうして、日本国憲法の“出生の秘密”は、言論統制の下完全に“隠蔽”され、その後の国会での審議や議決についても、それを背後で監視していた自分たちを“日本政府”を隠れ蓑として隠し、国民の目には、『日本人が自主的に制定した憲法』に見えたのです。

 

 実際、敗戦による精神的ショックを受けていた当時の日本国民が、重要な情報を知らされず、言論の自由が制限される中で、新たな国づくりに向けて積極的に議論をするというような環境は全く整っていなかったと言わざるをえず、ましてや『日本国民の総意』など形成することは不可能でしたし、実際にも言論の自由が保障され、十分な情報が提供される中での真の意味での国民レベルの議論は行われていません。新憲法の議論は、あくまで政党や学者のレベルに止まっていたのです。

 

 その意味で、憲法上諭の『朕は、日本国民の総意に基づいて、~帝国憲法の改正を裁可し』や憲法前文の『日本国民は、~ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。』との文言は、明らかに『事実』に反する『虚構』ということになります。この点でも、『憲法自主制定論』は破綻していると言わざるをえません。

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