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4)『歴史は勝者が作る』今も生きている歴史の中の“ウソ”26

 

 当時、各政党や民間の学者グループからも憲法草案が出ていました。それらを比較検討したGHQ民政局は、各政党から提出された憲法案に比較して、高野岩三郎東京帝大経済学部教授をリーダーとする民間の学者グループ7名の憲法研究会の草案を国民主権を認めるなど自由主義的だと高く評価しました。その点でGHQがこの憲法研究会の案を一部参考にしたことは確かですが、憲法研究会の草案は、決してGHQに受け入れられるものではなかったのです。なぜでしょうか?

 

 国民の権利についての不十分であるとか、憲法の最高法規性や違憲審査権がないという点に加えて、最も致命的な点は、『戦争放棄』を欠いていたところです。『戦争放棄』を欠いては、そもそもGHQが憲法を作ろうとした目的である『占領目的』が達せられないからです。そもそも、日本の憲法は、GHQによる日本の占領が20年以上継続するものであることを前提として、“主権者”たるGHQが『占領政策の目的』を遂行しやすくするために策定したいわば『占領政策基本法』という性格を持ったものでした。(『日本の歴史7戦後編』渡部昇一著p.129)

 

 その『占領の目的』とは、欧米の白人社会に挑戦してきた有色人種の国日本を物理的かつ精神的にいわば“去勢する”こと、つまり、今後二度と日本が再び軍備をして米国を含む連合国軍(白人)に歯向かうことのないようにすることにありました。そのような占領目的を達するために、『侵略戦争』のみならず、『自衛戦争』までをも禁止するとともに、それを徹底するために、『軍隊の不保持』までをも規定したのです。それを“平和主義”(前文)と言う美しい言葉で飾られていますが、これらの規定は、単なる“理想主義”から定められたものではなく、『二度と連合軍に歯向かうことのないように』との占領目的に示された明確な政治目的の下に、GHQによって入れられたものでした。そのことは、マッカーサー三原則の中の「日本は、(国際)紛争解決、および自衛のためでさえも、その手段としての戦争を放棄する。」「陸、海、空軍は決して認められない。またいかなる交戦権も与えられない」との言葉からも、明らかです。この点がまさにマッカーサーとGHQが日本国民に押し付けた憲法の最も重要な点であったと言えます。

 

 アメリカが、1928年にパリ不戦条約を国内で批准する際に議会に対して「自衛戦争は禁止されていない」と説明していたことを考えれば、当時の世界では通常の独立国に『自衛戦争』まで禁止するという思想は一般的でありませんでした。にもかかわらず、マッカーサーとGHQが、『自衛戦争』まで日本に禁止したことは、日本を“去勢する”という特別な政治目的から、当時の国際的な水準を超えて日本の軍事力を徹底的に排除しようとしたことがわかります。

 

 そして、『自衛戦争を含めた戦争の放棄、軍隊の放棄』の規定は、連合国軍の占領下においては、意味のあるものでした。なぜなら、占領下では、連合国軍が日本を他国から守っているという側面もあり、日本が自ら『自衛戦争』をする必要がないからです。憲法前文の『・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した・・・』との文言は、そのような文脈でのみ、理解することができます。

 

 しかしながら、国益と国益がぶつかり合い、軍事力を始めとする力が大きくものを言う、現代の苛烈な現実世界においては、このような理想主義は、通用しません。特に近時の南洋進出を画策する中国や核実験を繰り返す北朝鮮、クリミア半島を呑み込んだロシアなどの世界のあちこちに見られる不穏な動きの中で、自らは軍隊も持たず、『他国民の公正と信義に信頼して、自国民の安全と生存をそれらに委ねる』などという『お花畑』のような理想主義は、『自殺行為』となりかねません。

 

 例えば、同盟国であっても、いざというときに相手国が本当に自国を守ってくれるかと言えば、それは、わかりません。同盟の相手国も、その時の状況を踏まえて、自国の国益に沿うかどうかで判断してくるからです。同盟や条約がいとも簡単に破られることは、過去の歴史が証明しています。例を挙げれば、枚挙の暇もありませんが、第二次世界大戦の終了直前にソ連が日ソ不可侵条約を破って参戦してきたことで十分でしょう。従って、他国から攻撃を受ければ、国レベルでの“正当防衛”として自国のことは自国で守るしかありませんし、そのためには、自国で軍隊を持つことが不可欠です。

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