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4)『歴史は勝者が作る』今も生きている歴史の中の“ウソ”⑳

 

 第三に、第二次世界大戦後、日本の戦争指導者たちを裁いた極東軍事裁判(東京裁判)についてです。

 

 この東京裁判については、その後同裁判に関わった弁護人はもとよい裁判官や検事を含めて、多くの識者から批判がなされていますが、同裁判自体において、被告全員の無罪を主張したのは、インド代表のパール判事でした。唯一の国際法の専門家として、その見事な見識を示し、戦後の国際連合の国際法委員長や仲裁裁判所裁判官として国際法の分野で活躍しました。

 

 この東京裁判について、主な問題点を挙げれば、次の通りです。

 

 第一に、この裁判は、法的な外形を伴ってはいたものの、その内実は、“真実の解明”を目的とするものではなく、『侵略戦争の名の下に敗戦国日本の指導者たちを厳しく処罰し、日本国民を再教育すること』という明白な目的を持った“政治裁判”であったことです。それ故、戦勝国側の問題点、東京空襲や原爆の投下などは問題提起されても無視され、一切問われなかったのです。

 

 第二に、上記の政治目的を貫徹するために、戦勝国のみから、検事と裁判官を出し、敗戦国や中立国からは一人もいないというように、裁判所の構成が著しく不公正でした。裁判官は、戦勝国と敗戦国及び中立国から出すのが常識です。この点だけでも、『裁判の公正』の保障を欠く裁判と言わざるをえないのです。

 

 第三に、事後法の禁止の公理に反していることです。上記の政治目的を貫徹するために適用された法律は、当時の国際法ではなく、この裁判のために連合国占領軍司令官のマッカーサー元帥によって作られた『極東軍事裁判所条例』であり、その条例で新設された『平和に対する罪』と『戦争に対する罪』だったのです。なぜなら、当時の国際法の下では、国家による戦争行為について個人の刑事責任を問うことはできなかったからです。そこで、上記の条例を作り、上記の2つの罪を創設して、それを過去の行為に遡って適用したわけです。しかしながら、これは、近代法の大原則としてすべての文明国で承認されている『事後法の禁止の原則』に反するものです。被告たちが、行為の当時“違法な行為”なのだという“違法性の認識”を持ちえない行為、つまり合法と思われる行為を行ったにも拘らず、事後的にその行為を処罰する法律を作って遡及適用して処罰することは、不公正であり、不当だからです。先に述べたパール判事が最も強調したところでもあります。

 

 第四に、対日理事会の強い意向により、先行したナチス・ドイツを裁いたニュルンベルグ裁判の『一貫したナチスによる共同謀議』というストーリーに無理矢理合わせようとして、昭和3年の田中儀一内閣以降17年間における多くの歴代政権(28名)による“侵略戦争の共同謀議”というストーリーを初めから前提としたことです。考えも方針も必ずしも一致していない、歴代内閣に“一貫した共同謀議”などというものはあり得ず(一致しないからこそ、政権が交代したのですから)、歴史上の事実を客観的に見れば到底立証しえない、“無理筋”だったのです。それは、ポツダム宣言が前提とした大東亜戦争の時間的管轄(同戦争の開戦から終戦まで)を超えたものでもありました。

 

 第五に、上記の政治的目的を貫徹し、この“無理筋”を強引に押し通すために、実際の手続きの運用面においても、でっち上げと思われるような検事側の証拠の大半(約1600点)を認める一方、被告側の証拠、特に『自衛戦争であったこと』を証明するための重要な証拠のほとんど(約1600点)を正当な理由もなく却下しました。およそ“裁判”とは言えない実態でした。そして、この無理筋の“虚偽”がさらなる“虚偽”を生むこととなるのです。

 

 ところが、戦後になって、このような問題の多い東京裁判を強行した張本人であるマッカーサー自身が、1951年5月3日の米国議会の軍事外交合同委員会において、次のような証言をしたことは、この東京裁判の正体をすべて証明し尽くしたものと言っても過言ではありません。曰く、「日本が太平洋戦争に突入したのは、その大部分が自国の安全保障上の必要によるものであった。」

 

 東京裁判について、渡部昇一氏は、『裁判の名を借りた復讐(リンチ)』であると喝破されています。この点、米国上院議員のロバート・A・タフト氏も次の様に述べています。「勝者による敗者の裁判は、どれほど司法的な体裁を整えてみても、決して公正なものでありえない。侵略戦争を起こす者は、勝利の自信をもって始める以上、勝利者が敗者を裁くことは、将来の侵略戦争の戒めにはならない。この裁判は、正義の実現ではなく、復讐の発現であり、アメリカの歴史に汚点として残るだろう。」

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