私たちは“仮想現実の世界”に生きている!

4)『歴史は勝者が作る』今も生きている歴史の中の“ウソ”⑰

 

 それでは、アメリカが創作した“壮大な虚構の歴史”の中のいくつかの重要な問題点、即ち重要な“ウソ(虚構)”について見ておきたいと思います。

 

 第一に、真珠湾攻撃についてです。これが、日本による宣戦布告なき“卑怯な騙し討ち”とされ、その“卑劣さ”を、ルーズベルト大統領が最大限に利用して「真珠湾を忘れるな(Remember Pearl Harbor!)」の掛け声とともに、戦争反対であった大多数のアメリカ国民を一夜にして対日宣戦布告賛成へと変えてしまったのでした。また、それは、そのような“卑怯な”日本に対する報復として、日本の広島や長崎への原爆投下を正当化する理由とも言われました。

 

 しかし、事実は“卑怯な奇襲攻撃”ではありませんでした。日米双方の側にその理由があります。

 

 アメリカ側は、真珠湾攻撃について事前にわかっていながら、敢えて日本に“卑怯な奇襲攻撃”をやらせたというのが“真実”です。

 

 当時アメリカは、先に述べた通り、日本を仮想敵国と捉えて、着々とその戦争の準備を整える一方、真珠湾攻撃の1年以上前から日本軍や外務省の暗号を既に解読しており、真珠湾攻撃についても、事前に把握していました。その証拠に、空母二隻と新鋭艦は事前に“演習”と称して湾から避難させていたのです。ただ、先に述べた通り、当時のルーズベルト大統領は、日本を仮想敵国として戦争準備をしながらも、他方「相手国から攻撃を受けない限り、戦争はやらない」ことを公約として大統領三選を果たした以上、アメリカの側から先に攻撃をするわけには行かない、しかし、日本側から先に攻撃をされれば、米国民も戦争に反対することはないし、公約違反にもならないと考えて、敢えて自国民を犠牲にして、日本側に“奇襲攻撃”をさせたのです。そして、その“奇襲攻撃”による被害をそれなりに大きく見せる必要もあり、ハワイの太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル提督とウォルター・ショート陸軍大将には、敢えてその事前情報を与えませんでした。また、当日は日曜日であるにも拘らず、戦艦アリゾナに定員をはるかに超える人数の将兵を乗せていたのです。その結果、“不意”を突かれたハワイのアメリカ太平洋艦隊は、大損害を受けました。2345名の軍関係者の犠牲者を出し、その約半数の1177名がアリゾナ号で犠牲となったのです。

 

 日本側の問題は、ワシントンの日本大使館が宣戦布告文をアメリカ側国務省コーデル・ハル国務長官に手交したのが、実際の真珠湾攻撃の開始後になってしまったのは、事実ですが、それは、日本政府側の意図に反した、“現地の大使館員のミス”によるものでした。日本政府としては、攻撃の30分前にハル国務長官に国交断絶の通告を手交するつもりだったのですが、現地の日本大使館の到底信じられないようなミスがあったために手交が遅れてしまったのです。具体的には、次のようなミスがいくつも重なりました。

 

 現地の日本大使館では、12月6日(土)夜に日本から『今から長文の外交文書を送る。それを後に改めて通知する時刻にアメリカ側に渡せるよう、万端の準備をしておくように』というパイロット・メッセージ(予告電報)があったにも拘らず、最後のページ(14頁)を待たずに、全員が(当直も置かずに)同僚の送別会に出払ってしまった。(ミス1)当時は既に開戦前夜の如き状況であったにも拘らずである。そして、翌朝最終ページを見て大騒ぎになるも、わざわざタイプを打ち直すことにして(ミス2)、しかも、タイピストに任せず、慣れない大使館員がタイプを打ち直した(ミス3)ためにタイプミスを繰り返し、必要以上に時間がかかってしまいました。(ミス4)日本側の指示は、午後1時に手渡せとされていたにも拘らず、何を血迷ったか、彼らは、ヒル国務長官との約束の時間を独断で1時間遅らせたのである。(ミス5)その結果、日本政府の指定した手交すべき時間(午後1時)に遅れ、また、真珠湾攻撃の55分後になってしまったというわけです。外交のプロであるはずの大使館員(野村吉三郎駐米大使と来栖三郎特命全権大使)のありえない複数のミスから、とんでもない大失態を犯してしまいました。(しかも、戦後も外務省はこのことを内密にし続けています。)

 

 このように、米国側が事前に知りながら、敢えて日本側に真珠湾攻撃をさせたということと在米日本大使館員の宣戦布告文の手交を遅らせてしまったというミスが重なった結果、それは日本側にとって図らずも“奇襲攻撃”となってしまったのです。

 

 しかし、ルーズベルト大統領は、それらを見逃すことなく、最大限に利用したのです。その12月8日に両院議会において、後に「屈辱の日演説」と呼ばれる演説を行い、日本軍による真珠湾への“奇襲攻撃”を“卑怯なだまし討ち”“恥知らずな蛮行”だと糾弾して、多くの米国民が犠牲となった「真珠湾を忘れるな(Remember Pearl Harbor!)」と国民を煽り、アメリカ世論を一夜にして対日戦争へと硬化させて、米国議会が対日宣戦布告を行ったのです。この点、先にご紹介したルーズベルト大統領の娘婿カーチス・B・ドールのルーズベルト大統領の発言についての証言(『操られたルーズベルト』馬野周二訳、プレジデント社刊)「私は決して宣戦はしない、私は戦争を造るのだ」がすべてを語っています。

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