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どうもみなさま、こんばんは٩( ''ω'' )و

いつもありがとうございます。

 

 

先日見たいアニメがあって、どこかで動画の配信をしていないかなあと探していたのです。

そこで密林プライム会員だったことを思い出し、無料動画を探索していたら、かなり最新の作品、そして昔懐かしい!作品をいくつか見つけて、ふおおおおってなったのですが。

 

 

そのなかのひとつが、こちらでした。

 

 

「ひぐらしのく頃に」

 

 

 

 

昭和58年初夏。

 

都会から山奥の寒村・雛見沢(ひなみざわ)に引っ越してきた圭一は、学校のクラスメートであるレナや魅音、沙都子、梨花といった面々と楽しい日常を過ごしていた。

 

そんな中、圭一は毎年6月に行われる祭「綿流し(わたながし)」の日に連続怪死事件が起きていることを知る。

 

その日を境に、圭一の周りが少しづつ変わり始め…。

 

雛見沢で、終わらぬ惨劇の幕が上がる。

(C)2006竜騎士07/ひぐらしのなく頃に製作委員会・創通

(ウィキさまより)

 

 

 

 

いやあ、舞台設定が昭和58年!

まだ生まれていらっしゃらない読者の方も・・・(;・∀・)

 

 

『ひぐらしのく頃に』は、同人サークル『07 Expansion』さんが作成されたコンピューターゲーム(サウンドノベル)で、

2002年~2006年にかけてコミケ!で発表されて、その後このゲームを原作に商業作品(小説・漫画などなど)されたのですが、アニメもそのひとつ。

 

 

私は当時、ひぐらしのアニメを知った時、

怖がりなのに怖いもの好きという変な性格なので、

・・・気になる、

・・・ちょっと見る、

こここ怖い(;゚Д゚)ガクブル、

・・・挫折した過去があります。

 

 

 

なのでこれは懐かしい!!!!

そして結末がめちゃくちゃ気になる!!!!

ということでさっそく視聴したのです、が。

 

が。

 

 

相変わらず

おそろしすぎる・・・(T_T)涙

 

 

 

ここでざっとストーリーを改めて。

 

 

あ!!

今回、こちら盛大に(というほどではないですが)

ネタバレしております!!!

 

ので、未読未視聴でこれから観る!方、

さらに残虐なものは苦手な方はここで回避を!!!

(なるべくそういった表現は避けましたが。もともとが残虐な場面を含むストーリーであることをご了承ください)

どうぞよろしくお願いいたします

 

 

 

 

人口2000人に満たない寂れた架空の村落、雛見沢村を舞台に、村にまつわる古い因習「綿流し」を軸にして起こる連続怪死・失踪事件を扱った連作式のミステリー。

 

6月に行われる夏祭り「綿流し」の日に毎年発生している、一人死んで一人消える奇怪な事件。

 

事件は村で祀る神、 オヤシロさまの祟り として村人に畏れられ

 

事件が始まって5年目の昭和58年

 

少年、前原圭一が雛見沢村に引っ越してきて、持ち前の明るい性格で、新たな学校や友人に打ち解けていくのだが・・・。

 

綿流しの日に5年目の事件が起こり、圭一の周囲で不気味な出来事が起こりはじめる・・・・。

 

(ウィキさまより抜粋・一部改変)

 

 

 

小学校から中学生まで全員が1クラスの雛見沢の学校で、主人公である圭一と、クラスメイト(小学生~中学生)達との屈託のない日常が描かれていて、当初は、これがどうやって怖くなっていくのだ?と思っていたのだが。

 

村に伝わる、オヤシロさまの祟り

5年前から発生している、連続怪死事件

その事実を圭一が知った時から、がらりと物語の趣が変わっていく。

 

今まで打ち解けへだたりなく付き合ってきた、友人たちの

 

 

自分を見張るような言動

 

突然豹変する態度

 

そして自分への・・・害意

 

 

まさにあっというまに、

闇が落ちるかのように、圭一の周辺は安心なものではなく、油断のならない、狂気とぞっとする恐れに満ちたものとなる。

 

やらなければ、ヤられる

 

追い詰められた圭一は、過去に失踪したという少年「悟志」のバッドを持ち歩くようになり・・・・・

 

 

 

 

この流れがたった5話で描かれていて、圭一と共にあっというまにその恐怖に引きずり込まれてしまうのだ

 

が。

 

この「ひぐらしのく頃に」は、同じ登場人物で同じ時空間が繰り返される設定になっていて

 

最初の5話『鬼隠し編』、次の5話『綿流し編』・・・と、

各編ごとにパラレルワールドのようにそれぞれの世界が独立していて、

前の話では死んでしまった登場人物たちも生きて、昭和58年の綿流しを迎えることになるという設定なのです。

 

なので、鬼隠し編では圭一視点であった世界が、若干の異なりはあるが、『罪滅ぼし編』では違う登場人物からの目線で展開されている。

 

 

そして当初の『鬼隠し編』で、友人達の不審な言動、狂気じみた姿に追い詰められていく被害者であった圭一は、

実は、雛見沢症候群という風土病(物語上の架空の病)を発症していて、その症状として、幻覚・誇大妄想・自傷行為があらわれていたということが分かる。

 

 

つまりは、すべて、

友人たちから感じた狂気や害意は、

 

圭一の

 

幻想・幻覚

 

誇大妄想

 

の産物であり、

 

実際には

 

そんな事実はなかったのだ…

 

(同じセリフや行動などはあったとしても、圭一が感じるほどの脅威に満ちたものや、禍々しいものではなかった)

 

 

 

 

これは。

 

最初はその事実を知らないので、圭一視点でストーリーを追っていくので見ているこちらも圭一と同じように、今まで隣で笑っていた友人が突然豹変する姿に息を呑み、疑心が生まれ、やがて恐怖に追い詰められていく気持ちを味わっていくのですが(怖い、もう半端なく怖い)

 

それが実は病による幻覚の産物が混入していたと知ってから改めて見直すとですね、まるで違った物語になってしまう

 

 

そして続く、パラレルワールドの雛見沢で繰り返される昭和58年。

 

そこでの展開(また若干違った登場人物の視点・物語りであったりする)を見ていても、前の話と同じように病による幻覚が混じっているということがもう分かっているので。

 

どれが幻覚なのか、どれが真実なのか、そういう視点でストーリーを追うようになっていて。

 

最初の圭一と同じように追い詰められてゆく登場人物に、

同じように疑心に呑まれて狂ってゆく彼女たちに、

違うよ、違うよ、それは誤解だよ、となんとか最悪の結末を迎えないように、声をかけて、必死で止めたくなってしまう・・・。

 

 

そしてやはり残虐で悲しい結末を迎えてしまうこの物語を見ながらですね、

 

ああ、現実にもこういうことはたくさん起こっているなあと、今回思ったのです。

 

 

もちろんアニメのような残酷なことにはなりませんが。

 

 

雛見沢症候群という病でなくても、

 

ちょっとした一言で

 

ちょっとした視線で

 

ちょっとした態度で

 

ちょっとした行き違いで

 

 

誰かに対して疑心が生まれ、

 

それがさらに疑心を呼び

 

どんどんその幻想がふくれあがっていく

 

止めようとしても、追い打ちをかけるかのように、裏付ける事実を見つけてしまったり(けれどそれも凝り固まってしまった疑心がそう見せている可能性が非常に高い)

 

沼のような

 

最悪のループ

 

 

 

それはタイミングが悪かったり

 

相手がちょっとたまたま機嫌が悪かっただけかもしれないし

 

ひぐらしでいえば、良かれと思って配慮しての沈黙だったのかもしれないし

(もしくは、自身の過去の傷が深すぎて沈黙するしかないことだったり)

 

もしくは、自分自身が、ちょっと弱っていたのかもしれない。

 

 

ただ、それだけで

 

そこに悪意や害意や、そういったものはまったく存在していなかったのが真実であるのに

 

ほんの少しの思い込みが、

がらりと、すべてを息苦しく、重い、闇へと色を変えてしまう。

 

そうしてそれは、滑り落ちるかのように歯止めが効かず・・・

疑心は加速して膨れ上がっていってしまうのだ・・・。

 

 

 

 

 

相手が自分のことをどう思っているのか、とか

起こった現実がどうであったのか、など、

本当の本当のところを知ることはなかなか出来ない。

 

現実は人によって受け取り方が違うので、人の数だけ存在しているだろうし。

 

人の気持ちほど、憶測しても仕方のないものはないから。

 

 

けれど

疑心から生まれた世界は、

そこに呑みこまれてしまうと疑うことすら考えつけなくなってしまって。

このひぐらしのように、実際はまるで異なる世界である可能性がとても大きいのに、なかなかそのことに気づくことはできなくて・・・そこから抜け出すことができなくて。

最悪とまではいかなくても、苦しいループに、ルートに自ら囚われてしまう・・・

 

 

 

私は昔、そういうことがとてもたくさんありました。

仕事場などで、ちょっとしたやり取りが後から気になって、繰り返し繰り返しその場面を思い返して、相手の人から受けた言葉を繰り返して、どんどんどんどん、その人が苦手になって、怖くなって、余計にギクシャクしてしまったり。

 

実際は自分が思うようなことは思われていなかったのかもしれないし、そして思われていたとしても、修正は簡単だったはずなのです。想像というものに、疑心というものに囚われて自分で自分をがんじがらめにしてしまわなければ。

 

 

脳は記憶を書き換える、とも言われています。

実際それは事実だと思います。(そういう現場を何度も見て来たので)

 

疑心に囚われてしまうと、実際は普通の口調であったものが、きつく言われたとか、ただ見ていただけなのに、睨まれた、とか、

もう底なし沼のように、不安要素を、疑うに足る何かをつくり出し、そしてそれを信じ込んでしまう。

 

 

人間なので。

そういうことも、ある、とは思うのですが。

体調であったり、その時の環境であったり、気持ちの揺らぎ、もしくは過去の何か。

たまたま、何かが重なったりした時などは特に・・・

 

 

けれども、このひぐらしのように、圭一のように、自分が思って信じて疑わない現実が、実はホンモノではない可能性がある、ということを忘れたらいけないなあと

 

苦しいときはなおさらに

何かに飲みこまれて身動きが取れなくなりそうになった時ほどなおさらに――

 

 

 

痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいい(><)と、

たった5話だというのに、一滴の染みがあっという間に広がってゆくように、そして畳みかけるように惨劇が繰り返されるこの物語を見ていて、

思ったのでありました・・・。

(いやもう、半分くらいは目を瞑る感じだよね、これ)

 

 

 

この「ひぐらしのなく頃に」

横溝正史的な、昭和の香りのする、ある意味残虐な場面が大変出てくる話なので(なので放映当時、似たような事件が起こって放送が打ち切りになった局もあったそうだ)

 

グロイと、その残酷さなどを批判されることも多いのだけれど

 

 

繰り返されるループ

少しずつ変わりながら繰り返される昭和58年の雛見沢

 

時に殺害され、時に殺害した登場人物たちが、新たに繰り返してゆくなかで、

 

彼らは過去の自分から学び

 

その惨劇を阻止しようと懸命に生きる

 

疑心に呑まれた過去よりも強くなって

 

疑心に呑まれた過去を背負って

 

何度も何度も

 

大切な仲間を死なせないために

 

皆と一緒に、惨劇の起きない昭和58年を手に入れるために――

 

 

なのでこの「ひぐらしのなく頃に」の深いファンの方々は、これはとても美しい話だと語っていたのが印象的だった。

 

 

絵柄はこんなに可愛いのに。

ホラー展開になると、これがガラリと、ガラリと、それはもう秀逸なまでに…ううう…

 

 

まだ全話視聴できてないのですが

(いやもう、夜中にあれを見るのは・・・5話が限界です)

 

早く惨劇が阻止できた世界の話を見たいなあ。

 

 

 

 

は!

めっちゃくちゃ長くなりましたね(;・∀・)

 

 

 

グロイの、怖いの大丈夫!!

そしてアマゾンプライム会員!という方は、ぜひ・・・

いや、ぜひ・・・って言っていいのか・・・(;・∀・)と迷うほどに、アレであります・・・

 

そして恐怖の展開がとても上手い・・・というか、もう、ある意味突き抜けている。

 

 

 

そしてグロイの怖いの大丈夫じゃない自分は何故見てるのだという・・・

(;・∀・)

 

(いつも怖い番組は見た後で激しく後悔するタイプ)

 

 

ちなみにエロはない。そして腐でもない。

 

 

 

では!

 

本日もお読みくださりありがとうございました。

 

本当に・・・このような長文を・・・( ;∀;)

いつもありがとうございます・・・( ;∀;)

 

 

皆さまと皆さまの脳幹さまに

心からの愛と感謝をこめて!

シーユーネクストイリュージョン!!

 

怖いものを見た後は、新八で、気分転換・・・

(銀魂の新八、ぶく銀ちゃんシリーズ。

あゆみさん作!!

詳しくは前ブログで!!)

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