独身の方にエールを送るつもりで
自分の体験を書きます
 
 
 
はるか昔、高校生の時
私は、側湾症で装具をいつもつけており
自分に自信のない、シャイな女の子でした。
 
高校1、2年と旦那と同じクラスでした。
彼は他の女子と仲が良く
私は(アツいね~、ヒューヒュー)と遠くから見ていました。
話したことも、近づいたこともありません。
 
1年生も終わりに近づいたバレンタインの日
授業中に数学の計算をしていたら
突然
ななめ前の席から彼が手を出してきて
「チョコレートちょうだい」と言ってきました。
私は、ビックリして
「えーー」とすごくいやそうな顔で答えてしましました。
別にいやでもなく、どう反応したらいいかわからなかったのです。

それから
後悔と自己嫌悪の一年が始まりました。
そして、だんだんと彼のことが気になっていきました。
 
1年後
友達と手作りチョコレートを作り
バレンタインの日に彼にチョコをあげました。
(これですっきりする~)と・・・
 
翌日
彼は授業中にトイレに行きました
どうやらお腹をこわしたようです
(ありゃ、もしやチョコがあたったかな~)
 
放課後、呼び出され
彼に「付き合ってください」と言われました
私は「そんなつもりじゃなかったのに~、友達なら・・・」と言いました。
 
その夜、家に電話してきたようで
母は、男性から「○○さんいますか?」と苗字で言われたので
父あての電話と思い「まだ帰ってません」と言ったそうです。
それくらい、私に男性から電話がかかるなんて思ってもいなかったようです。
 
友達のつもりだったのに、
いつの間にか付き合ってる形になっていました。
 
彼のことを
母は、「かわいい~トシちゃんみたい。成長株じゃけえ、逃したらいけん」と気にいってました。
(トシちゃん?どこがじゃ)
姉は、「イッコにはもったいない」と言っていました。
(だれがじゃ)
 
その後、彼は文化祭実行委員長に選ばれ
ついでに、私が副委員長に選ばれました(やめてくれ~)
 
 
付き合いだして、結婚まで7年
平坦な道ではありませんでした。
 
 
進路の時期になり
私はわがままで、彼に「近くの大学がいい」と言いました。
その後、半年間 音信不通になり
自然消滅したと思っていました。
 
彼は遠くの大学に入って
夏休みに帰省して、何もなかったようにひょっこり家にやってきました。
(まだ付き合ってたんだ~)何も聞きませんでした。
 
彼はめっちゃ やきもち焼きで、私に言うのに
私に制限したり怒ることを
自分はしてました(なに~こいつ~)
 
めっちゃ態度がでかく、私が運転してると
ダッシュボードの上に足を上げてました
「きちんとしなさい!」とよく言ってました。
 
彼はスキンシップ派で他の女の子の
腰に手を回したり、
壁ドンしたり、
頭ポンポンしたり
私がいるのにすることが多く
私は傷ついてるのに平気なふりして
お風呂でよく涙が流れました(ガラスのハートかっ)
 
私は、疲れて彼について行く自信がなくなり
20歳の頃に、「別れてください」と言いました。
彼は「生きていけない」と言いました。
(どこがいいねん、顔か?)
死なれちゃ困るので、別れるのをあきらめました。
 

そしてその3年後、公民館で
友達の協力のもと、手作りの結婚式をしました。
 
結婚式のしおりに
「長く続くヒケツは?」 のところに
「ボランティア精神」と書いたところ
母はえらくうけていましたが、
これジョークでなく、本心です。
 
 
 
こんな自己中の彼でしたが
結婚してみると
仕事して、社会にもまれ
意外と良いお父さんでした。
 
時に
とがって気性が荒い面が出た時があり
結婚を後悔した時もありますが・・・・
私の結婚相手像は
自己中で気性が激しい面がある人ですから・・
しょうがないです。
 
結果
母の言う通りで
彼はすごく成長株でした
占い師かよ!
(占いでも、私の結婚相手はとても発展する人でした)
 
 
ちゃんちゃん
 
 

フリーの皆さん
恥を捨てて
バレンタインにはアクションを起こしましょう
 

 

ブラックジャックのテーマソングです

 

あのころへ帰れな~い♪

 

この歌のように

後悔しないように・・・

 

 

 

次回15日0時  槇原敬之さん覚せい剤所持、占い的考察
 


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