東方不死死 第60章 「小さな英雄」
当初小さく見えた謎の球体が空を覆い尽くしたその朝、既に馴染みとなった『花果子念報』の待望の第7号が浮き足立つ幻想郷各地に配付される。
これまでの新聞記事は、記者独自の取材によるものだったが、今回は紅魔館からのご指名で取材の依頼を受けてのもので、異変の全容と今後の予定を含めた緊急性の強い内容で、ただの報道ではなく幻想郷全体に知らせる通告文書になっていた。
その文書の主な内容は、因幡てゐから始まった事の経緯、謎の巨大物体の正体、そしてこれを今後どのように処理するかの3点である。
経緯については永遠亭の超重要機密を盗み見した事により厳罰を与えられた因幡てゐが蓬莱山輝夜に恨みを持ち、その復讐の為紅魔館を頼って機密である蓬莱人の抹殺方法をレミリア・スカーレットに伝えたが、それが誤って伝わってしまい今回の謎の物体の召還に繋がったとのことである。
紅魔館の主レミリア・スカーレットは自身の意図ではなく事故と弁明した上で召還した事実は正式に認め、永遠亭の八意永琳がこの謎の物体の制作者で、月にいた頃に作成して放置していた『棺桶』と呼んでいた装置であると説明した。
この棺桶というのは文字通りの意味ではなく、肉体から解放され意識体に生まれ変わる為の装置で、量子変換された肉体を微細な原子レベルで空間と同化保持させる事を目的としたもので、生存したまま肉体のしがらみから解放され意識だけの存在になることが出来る装置だという。これは一旦そうなってしまうと元に戻す事が出来きない為、永琳はこれを死の概念のない月における死と同義と位置付け棺桶と命名したのである。
幻想郷の住人の持っている死の概念とは大幅に違うこの死の定義を因幡てゐはそのまま文字通り解釈してレミリアに伝えてしまった事が今回の異変と言う名の事故に繋がったわけで、これはつまり蓬莱人を死亡・消滅させる装置ではなく、意識体への変換装置を月から呼び出してしまったということになる。
装置そのものが小さなものなら十分破壊可能で何も問題はなかったのだが、量子変換の際に膨大な空間ごと取り込むという仕組みになっている為、装置そのものが巨大で発動すれば幻想郷の数十倍の体積を丸ごと呑み込んでしまい、これが最大の問題として早急に対処しなければならない案件となったわけである。
新聞ではこれらの状況を詳しく説明し、幻想郷がおかれている深刻な状況を訴えると同時に、運命を誤操作してしまったレミリアが更なる運命操作で幻想郷の未来を軌道修正するという解決策を提示し、その策を実行するにあたって必要な能力を持つ人材をリストアップし、協力を求める告知を大きく掲載した。
これが今回の『花果子念報 第7号』の内容で、ほぼ紅魔館中心の異変特集だった。
この新聞で告知された今回の騒動に関する諸々の内容は、その裏の事情を知る者にとってはすぐに方便と分かる事で、永琳の棺桶というのも『良く出来た作り話』だった。しかし、何も知らない幻想郷の住人は迫り来る謎の物体、いや既にその正体が分かった永琳の棺桶を目の当たりにして、その現実から目を背ける事が出来ず、信じて紅魔館と一蓮托生の関係になる以外なかったのである。
「こ、こいつは大変だ!」
ここ数日、妹紅から借りた物質の属性を見分ける事が出来る特別な眼鏡でキノコの研究に夢中になって家に引き籠もっていた霧雨魔理沙が、騒がしい外の様子に気付き、そこで初めて巨大な球体が空の半分を覆い隠している幻想郷の現状を知った。
何かあってもなくてもと『りあえず霊夢』の魔理沙は状況を詳しく知る為に急ぎ博麗神社に向かう。
「おいおい!何のんびり掃除なんてしてるんだよ!一大事だゼ!」
「今頃気付いて何騒いでるのよ。」
慌てふためいて目の前でじたばたしている魔理沙をなだめながら、特に汚れていない境内の掃き掃除を止めて大鳥居の下に移動し、石段を腰掛け代わりにして茶道具と一緒に鳥居の土台に置いていた新聞を後ろをついてきた小うるさい魔法使いに差し出す霊夢。
どんな状況でもパニックを起こさないいつも通りの霊夢に安心すると同時に、こんな状況でも落ち着き払っている様子に釈然としない思いにかられる魔理沙は、霊夢の顔と差し出された新聞と頭上の物体を順番に見て、『花果子念報 第7号』を霊夢の手から奪い取ってその場で読み始める。
「何々・・・吸血鬼の仕業?」
いつもの『文々。新聞』と疑わず、細かい記事は後回しにして大きな文字を順に読んで、大まかな状況を頭に入れる魔理沙。
「おい!霊夢!お前の名前あるぞ?」
「ええ、呼び出し受けたわ。」
今回の異変解決にあたって必要な人材が大きく書き出されている。
「他には・・・っと、ゆうかりん、八雲紫・藍、守矢神社、永遠亭と・・・お!妹紅もか・・・すげー強いのばっかだな・・・。」
『ゆうかりん』とは風見幽香の事で、魔理沙だけが彼女をこの愛称で呼ぶ。
「残念ながら魔理沙の名前はないわね。」
「おっかしいなー、そんなはずはないんだけどな・・・あ、でも、ここを見ろよ!その他、下記の能力を有する者や協力の意志のある者は紅魔館に参集せよ!って書いてあるゼ。」
「下記の能力?そんなのあった?」
霊夢は始めから全て知っているので細かい所まで読んでおらず、それを聞いて立っている魔理沙のスカートの裾を引いて隣に座らせ新聞を覗き込む。
「ほら、何個かある。えーと・・・これこれ!強力な無属性レーザーが撃てる者ってこれ100%私の事じゃん!それならちゃんと『きりさめまりさ』って名前書けばいいのになー。」
「でも、それ幽香で間に合ってるわよ。きっと。」
「うっ!でも、万が一予備が必要かもしれないだろ?」
「魔理沙、先に作戦内容読みなさいよ。それ見る限り一人で十分だし万が一なんてないと思うわよ?まーでも、予備として念の為に・・・ってのはあるかもね。補欠当選おめでとう。」
全然めでたくなさそうな表情でお祝いの言葉を口にする霊夢だが、魔理沙は何も答えず肘鉄で応戦し、作戦内容とやらを探して読み始める。
「ん?作戦?どれどれ・・・なるほど妹紅の不死鳥の力を使うのか・・・霊夢が結界で天と地を分けて地上への被害を食い止め、トドメをスキマ砲で刺すか・・・そのスキマ砲とやらはよくわからんけど、その弾丸になるのがマスパというわけか。ちぇ、確かに比べられたらゆうかりんにはかなわないけどさー。」
霊夢は自分が時間をかけて読んで理解した新聞を魔理沙はほとんど見ただけで記事の内容を理解してしまうことに改めて驚く。魔理沙の速読能力が凄いのは前から知っているが魔法使いとはやはり基本的に頭の回転が速いらしく、これは狡賢いカラスと同じで素行の良さと頭の良さには関係がないらしい。
霧雨魔理沙は優秀な父と母の能力、特に母親のクローンとも言える程母親の能力を色濃く受け継ぎ、普段の彼女の素行から想像出来ないが、類い希な頭脳を持っており、更に超絶な記憶力と速読能力を持っている。その為、新聞にしろ本にしろ恐ろしい早さで読み理解することが出来るのである。
魔理沙の場合、本を読む時はペラペラとページを流し読みする感じで、文字を読むのではなく紙面そのものを脳に記録する。これは速読の技術として訓練すればある程度誰でも身に付くものだが、複数桁の掛け算・わり算なども魔理沙は容易に答えを出してしまい、何れも特に訓練せずに出来てしまうのだ。
この能力は既にあるものを自分の中に取り込み理解する大きな助けにはなるが、その一方で創造性を乏しくしてオリジナルを作り出す豊かな発想力の妨げになる。実際問題として魔理沙の弾幕は模倣が多く、オリジナルの技も確かにあるが、これは夥しい量の実験から偶然発生する効果を利用しているだけに過ぎず、自分の中に存在する独創性から編み出されるものではないのだ。
魔理沙は個性的な人物ではあるが、個性的な魔法使いではないのである。
その魔理沙はこの1分程の時間で新聞を全て頭に入れてしまうと、記事中の作戦内容に強い関心を示して、一人物思いに耽る。
他の者なら霊夢の結界が妹紅の自爆の力を防げないだろうと推測しこの作戦の成否に眉をひそめそうなところだが、魔理沙の頭の中では霊夢なら問題ないと端から決まっており、そこは問題にせず八雲紫の力を利用したスキマ砲というアイデアに興味を示していた。
『永琳の棺桶』は月の技術で作られた恐るべき防御性能と自己修復機能を有しており、妹紅の自爆でも完全に破壊出来ない可能性が高いと制作者の八意永琳が警告を発し、確実に破壊するには別の誰かが中心の核にトドメの一撃を与えなければならないと訴えた。これは異変を派手に魅せる為の演出ではなく必要な作業である。
最強の妖怪と謳われる風見幽香の高出力エネルギー砲、『元祖マスタースパーク』という名前の方が有名になってしまった『サニー・レイ』は、月面戦争の撤退時に追撃部隊を一撃で壊滅に追いやり月面軍を壊滅に追いやった実績があり、トドメの一撃は彼女以外ないだろうと作戦立案の早い段階で決まっていたようで、これには流石の魔理沙も文句は出なかった。
「・・・しかし、このスキマって卑怯な力だよな・・・ブツブツ。」
スキマ砲の仕組みを瞬時に理解した魔理沙はそれを考案した八雲紫に対し感心すると同時に、何でもありなスキマの能力に嫉妬もした。
この能力は能力自体の凄さもだが、それを利用する者の知力と独創性がなければ真の力は発揮出来ない。想像力の乏しい魔理沙にこの能力が備わっていたとしてもせいぜい移動や悪戯に使う程度の発想しか出来ない。現実と概念の境界を操作して幻想郷という新しい世界空間を創り出すなど常人には不可能なことなのだ。
そんな思考に没頭する魔理沙を尻目に、スキマ砲の仕組みどころか自分の役割以外関心がない霊夢は、気の乗らない表情で魔理沙が思考に埋没して紅魔館行きという目的を忘れないようにするため横やりを入れて話を戻させる。風見幽香が怪我で参戦できない事を知っている霊夢は、その代役として魔理沙を紅魔館に連れてくるという役目を請け負い、彼女が来るまで神社で待っていたのである。
「まぁ、どうせ来るなって言っても行くんでしょ?」
紅魔館で正午に行われる対策作戦会議は誰でも参加自由だが、発言資格はレミリアの基本プランに同意し同志として責任を共有し、危険な任務を与えられても拒否出来ないという条件が付与されている。これは、遊び半分で参加するなという警告も兼ねており、自由参加はある意味方便である。
「当然私は行くゼ!よし、善は急げだ、行くぞ霊夢!」
正午まで小一時間以上あり、ぎりぎりまでのんびりしようとしていた腰の重い霊夢の腕を両手で引っ張り上げて一緒に行こうとする魔理沙。霊夢はその手を払って自分で立つと、やれやれという表情で首を振り諦める。こうなると止まらないのが魔理沙だ。
『真実』は別の場所に存在するが、新聞という情報媒体によって幻想郷全体に『偽りの事実』が共有された。
その数少ない『真実』を知る者の一人博麗霊夢は並んで飛ぶ表向きの『事実』だけを知る黒い魔法使いをチラリと見やると、その視線に気づいて振り向く魔理沙としばらく互いの顔を見つめ合いながら飛ぶ。
霊夢が自分の顔を見つめる事がこれまで何度もあった事を魔理沙は知っている。そんな時は決まって何か考え事をしている風で呼んでもすぐに返事をしない。いつ頃からそうなのかと思い出してみるが、昔の事を思い出そうとすると頭の中に大量の小豆がザルの中で転がり回るようなザラザラという雑音が聞こえ、それ以上思い出せなくなる。まるで、思い出す事を誰かに妨げられているように・・・。
「(魔理沙は何も知らず、仕組まれた異変で誰かの掌の上でいつも通りに空回りするのね・・・。)」
霊夢は魔理沙がこちらを向いてい不思議そうにしている様子を知りながらそのまま考え事をしながら飛ぶ。
幼馴染みを裏切るようで心苦しく思う一方で、頭では分かっているのに何故か魔理沙を恐れている自分がいる。ある日突然自分の前から姿を消し、その後再会した時は別人だった友人を・・・。
魔理沙が昔の記憶の一部が完全に抜け落ちているのと同じ様に、霊夢にも昔と今の友人が一本の線で結びつかない現実に苦悩していた。
巨大な謎の球体は、永遠不滅の肉体を持つ者がその肉体の管理に飽きて自由になりたいという願望を叶える装置であり、これを利用する者達は神に生まれ変わる装置と呼んだ。しかし、これを作った者は限りなく死に近づくという事から死者の入る棺桶と呼んだ。
その棺桶の制作者である永遠亭の八意永琳は事態の収拾の為すぐに和解し、一番に紅魔館を訪れており、その後次々と異変解決必須要員達が紅魔館を訪れていた。
指名されたそれ者以外にも新聞報道で現状を知り、幻想郷の為に何か出来ないものかと自主的に訪れる者もいた。
紅魔館は4階建ての建造物で、正面から見ると大きな洋館に見えるが、それ以外の方向から見ると窓一つない石壁で覆われた小さな砦に見える。これは500年前の吸血鬼戦争当時の名残である。
上空から見るとやや正方形に近い長方形の中央部分と両端が突き出る、格好の悪いアルファベットの『E字型』をしている。中央の大きな凸部は正面入口があり、2階部分まで吹き抜けで、3階部分が屋根付きの広いバルコニーになっている。建物中央の凸部と平行に飛び出した両サイドにある細いバルコニーは2階部分にあり、日差し除けの小さな屋根だけがかかっている。
今回、召集された会議の会場は、紅魔館2階の南東の角の細いバルコニーのある縦に奥行きのあるこぢんまりとした部屋である。中央の大きなバルコニーや奥の部屋を使わなかったのは、上空の巨大な球体との位置関係をみれるようにした為で、ある程度の人数が外に出て状況を見る事が出来るこの部屋が選ばれたというわけである。
陽光の差し込む窓際から一番遠い奥側に館の主である吸血鬼のレミリア・スカーレットが座り、縦に長い部屋と同様に縦長のテーブルが主を上座にして窓際に伸び、その両サイドに客人の為の席が設けられていた。
異変を解決するために必要な人材は既に告知され、風見幽香と藤原妹紅以外は既に指定された席に着席していた。
会議は自由参加で妖精でも幽霊でも誰でも参加出来るが、古妖八雲紫・藍、守矢神社の神様二柱、永遠亭の宇宙人八意永琳、そして指命されていないが自主的に参加した閻魔の四季映姫と、冥界から白玉楼の西行寺幽々子らが早々に会議に参加着席していたため、会場は異様な雰囲気に覆われていた。
そうした錚々たる面々が顔を並べる会議室の状況を知らずに我こそは幻想郷の救世主なりと意気揚々と会議にやってきた自称強者達は、会議室の扉を開けた後すぐに回れ右をして退散してしまう。
会議に一番に駆けつけた八意永琳と付き人の妖怪兎レイセンはそんな光景を10回以上見たが、それ以後会議室の外でたむろする自称強者達が遅れてきた英雄達に中の状況を教えて引き留めたのだろう、以後ドアは開かなくなった。
そんな中、真の強者が集う会議に何やら場違いな一団が現れ席についていた。
「魔理沙、私やっぱ帰るよ。やばいってここ。」
「大丈夫だってニトリ。取って喰いやしないさ。」
「そうじゃなくて、私達に出来る事なんてないでしょ?」
「アリスー、そんなの会議が始まってみなけりゃ分からないさ。」
「あたいは全然こわくないよ!」
「お前等も少しはチルノを見習えよな。」
「ったく・・・ほんと何考えてるのよ・・・。」
その一団とは、人間の魔法使い霧雨魔理沙と人形使いアリス・マーガトロイド、河童の河城ニトリ、そして氷妖精のチルノの4人である。
アリスとニトリは会議に直接参加するつもりはなかったが、事の成り行きが気になったので紅魔館内でいち早く情報にありつこうと隣の控え室で他の自称強者達に混ざって所在なげににしていたところを、霊夢と一緒にやってきた魔理沙に見つかって捕まってしまい無理矢理会議室に連れてこられて席につかされてしまったのである。
氷の妖精チルノは近隣の妖怪が多数紅魔館に集まっているのを見つけて野次馬に来ていたところ魔理沙らを見つけてそのままくっついて来ただけである。魔理沙は何故か妖精に気に入られてしまう質で魔法の森近隣の妖精とはそれなりに仲がいい。
席の配置は、呼び出した者を賓客としてレミリアのいる奥側の席に集め、それ以外で自発的に来た者をゲストとして空いている席を自由席として開放。四季映姫と西行寺幽々子が向かい合ってゲスト用の席で最も上座に近い場所に座っており、彼らからなるべく離れたいアリスとニトリは近くに座ろうとする魔理沙を2人掛かり力づくで一番窓際の席に座らせた。しかしその甲斐もなくレミリアの妹フランドール・スカーレットが魔理沙の隣に座ってしまい、近づきたくない化け物と隣り合わになってしまう。
化け物じみた妖怪や神様、亡霊と吸血鬼の板挟みになったアリスとニトリは落ち着かない時間を過ごすことになる。
博麗霊夢と霧雨魔理沙が紅魔館入りした頃、人間の里では驚く程近く大きく見える様になった『宇宙人の棺桶』を目の当たりにして騒然となっていた。
この状況に対し、里の有力者などが自主的に商工会館に集まり対策会議らしきものを開いてはみるものの、何も名案が浮かばず呻き声ばかりで会議は全く捗らなかった。
里の守護神である上白沢慧音は、何か大きな異変が起こる事は知っていたが具体的なところまでは知らず、現れた永琳の棺桶は他の者同様腰が抜けるほど驚いた。しかし、この非現実的な状況は、同じく神懸かりの非現実的な方法で問題を解決しようと目論んでいる慧音にとっては大歓迎の状況と言えた。
そんな腹に一物持っていた慧音とは裏腹に会議室に参集した面々は答えの出ない問題を前に途方に暮れるしかなかった。
漠然と大異変が起こると予想していた慧音は、それに対応するという建前で自らのある企みを推し進めようとして話を切り出すタイミングを伺っており、会議の場ではとりあえず最初は口を挟まずに人間達だけで進行させていた。そして、里妖の有力者が尋ねて来たのを合図に自身の企みを進める為に会議を牛耳って主導権を取る動きに出た。
「困ったのー・・・こんな時は何とする?」
「昔の人間は、困った時は神様に頼み事をしたものですが、そういえば最近はそうした話は聞きませんな・・・。」
慧音の言葉に里の妖怪の代表者でもある妖酔が計ったように相槌を打ち、慧音の企みに荷担している霧雨道具店マルキの店主が、続いて『困った時の神頼み』について予定通り詳しく尋ねてみる。
マルキの主人の言葉に対して慧音の企みとは無関係の里に昔から住む古参の妖怪の一人が、博麗神社がまだ里にあった当時の昔話を披露し、里の人間は昔から盛んに神社に参拝していた事を教える。
「最近は平和になったし、神頼みの必要もなくなってしまったからのー。それに神社も遠くなり簡単には参拝できなくなったしの・・・。」
慧音はその妖怪の言葉を受けて、人間側の言い訳を代弁するように呟き、自発的に里の人間から参拝の話が出るよう反応を伺う。
「神様に頼めば本当にあれを何とかしてもらえるのだろうか?」
「出来るとは到底思えんが・・・。」
会場がざわめき出す。
里周辺の落ちぶれた神様しか知らない今の里の者にとっては『神頼み』と『妖精頼み』はほぼ同義にしか受け取れないので例え慧音の言葉だとしても賛同することが出来ず未だ疑心暗鬼だ。
「お前達は本当の神様を知らんのだ。」
神様を降ろした巫女を見た事がある里妖の一人が語気を強める。それに呼応するように慧音が後を続ける。
「何故、この辺りには落ちぶれた神様しかおらんと思う?」
「それは・・・」
「それは、向こうの世界で忘れられ不要となってしまった神様がこちらに流れ着いて来るからじゃ。本当の神様が幻想郷に現れないのは、向こうの世界でも必要とされ大事にされているからなのじゃ。」
複数の低い呻き声があちこちから上がる。慧音の言い方は神様を大事にしないから罰が当たったとも取れる言い方で、理不尽に思う一方で反論の言葉が思いつかず唸るしかない。
「かつて、博麗神社の神主は幻想郷にはいない向こうにいる神様を必要な時にこちらに呼び出し、巫女に降ろして神様の恩恵を幻想郷にもたらしていた。」
遙か昔から里にいて人間を守り多くの知識を伝えてきた守護神が言う言葉に誰も異を唱える事はできなかった。
ここで言う神様とは天照大神を中心とした天津神であり、慧音は守矢神社を経由して国津神である建御名方神を幻想郷に召喚しよとしている。これは天津神を信仰の母体とした博麗神社とそれを基に幻想郷を運営する仕組みに対するあきらかなテロ行為であり、守矢神社にしてみれば信仰転換のクーデターで、幻想郷の存在の根底に関わる重大な案件である。しかし、慧音は幻想郷を崩壊させる気は全く無く守矢神社に信仰を獲得させる気もない。これに関しては守矢神社にも知らせていない神話に基づいたある策があった。
「・・・参拝しなくなった我々を神様達は今更助けてくれますでしょうか・・・。」
ご先祖がしてきた営みを忘れて信仰を失った自分達を神様が助けてくれるのかと落ち込む住人の一人がぽつりと呟く。
「日本の神様は信仰を失った者に復讐などせぬ。詫びれば許してくれるし、貢ぎ物を差し出せば喜んでそれにみあう働きをしてくれるはずじゃ。」
場が沈みどんよりとした雰囲気の商工会館の大広間に慧音の勇気づけるような明るい声が木霊する。神様への貢ぎ物と聞いた時皆何かを思い出したかのように顔を上げ周囲と話し合いをはじめる。
「そうだ!祭りに使おうとした酒!あれを神様に奉納しよう!」
「おお!それは名案だ!」
「それはいい!」
慧音は心の中で思わずニヤリとして思い通りの展開に満足し、企みを共有する一部の有力者達に目配せして、次の段階に話を進める合図を送った。
ここで慧音の企みに参加している酒蔵組合の会長ヤマセンの主人が予定通り敢えてネガティブな発言をして問題点を指摘してみせる。
「しかし、奉納するにしても神社までの道のりは・・・それに時間的にも・・・。」
「荷台は沢山ある。里総出で出れば数時間の作業だ。」
「酒場の旦那の傭兵に守ってもらえば・・・。」
里の住人から次々とアイデアが出る。
「それはもちろん構いませんよ。傭兵とはそのような時に使うものですからな。」
里の者達が自主的に案を出し合い始め、妖酔は傭兵の出動を許諾する。
そして、上白沢慧音がそろそろ来る頃かと耳を澄ませたその時、里の火の見櫓の半鐘が打ち鳴らされ緊急の事態が発せられた。
それらを予想していた慧音は誰よりも早く反応して外に飛び出すと、そこに男が一人走ってきて声にならない悲鳴を上げて東の空を指す。
「何だあれは・・・。」
こうなることを予め予想していた慧音の後に付いてきたこれを全く予想していなかった住人達は、天頂の棺桶ではなく、まっ黒になった東の空を見て唖然とした。
「あれは、東端の人食い妖怪の群れだ。」
妖酔が落ち着いた声で東の空を黒く濁らせた正体を見破る。
「この世も末と隠れるのを止めて最期の晩餐にありつこうとの魂胆か!畜生どもめ!」
妖怪の一人が東の空に罵声を浴びせるが人間はそこまで胆力があるわけでもなく、先程の盛り上がりに冷水を浴びせられたかのように一斉に意気消沈する。
「何て数だ・・・これじゃー神社までとてもじゃないが辿り着けん・・・。」
未だ鳴り止まぬ半鐘の音に追い立てられるように屋内に隠れていた住人も飛び出し、通りは人でごったがえしパニック寸前になる。
天空の半分を覆い尽くす巨大な球体の異様な圧迫感と東の空を焦がし陽光を妨げ幻想郷全体を暗くする餓鬼の大群。普通ならもうパニックに陥り住人らが這々の体で逃げ惑いそうな状況にもかかわらず、秩序を維持出来たのはこの状況にもかかわらず堂々と振る舞う上白沢慧音の存在と、通りの向こう東門の付近に立つ見慣れた白い花の日傘の後ろ姿の存在感があったからである。
外で待機していた魂魄妖夢は、半鐘の音を聞きつけてすぐに表に出てきた慧音の側に護衛の様に寄り従い、始めからそこにいたかのように振る舞う。
空を隠す巨大な物体、東の空と山の境界線を黒く塗りつぶす妖怪の群れ。未だかつて経験したことのない今の状況をどう対処していいのか分からず、自然と頼れる存在に引き寄せられてしまうふがいない自分を思い知る魂魄妖夢は、多くの里の人間達同様下を向いてしまう。
この時、雷の様な怒号が慧音から発せられ、妖夢の全身を打った。
「皆聞け!大丈夫だ!いざとなれば里の歴史を消す!」
慧音の言葉に一瞬惚けていた住人は、永夜異変の際に慧音が里の歴史を消して安全を確保していた事を思い出して安堵し、恐怖心をぬぐい去る様に大丈夫だと口々に言い励まし合い意気を取り戻す。
「里の歴史が消えれば住人達も安全に神社に向かう事ができますな。」
天空の棺と東の暗雲の板挟みに合い、このまま誰かに問題を解決してもらい嵐が去るのを隠れて待とうと考える住人も少なくなく、その妖酔の言葉に里の住人達はどうすべきか各々の顔を見て誰かが何かを言い出すのを待つ。
しばしの沈黙。慧音はその様子を固唾を飲んで見守る。尻を叩いて叱咤激励し無理矢理動かすのも手だが、ここは里の住人全体の自発的な意志で動いて欲しいと思う。誰かが勇気を出して名乗り出れば慧音はそれをすぐにサポートしてやる心づもりで誰か頼むと勇者の登場待ちかまえる。
「・・・。」
この状況を慧音のそばで同様に見守っていた魂魄妖夢は握り拳を奮わせていた。悔しい。何も出来ない自分の無力さが恨めしい。天が落ち東の空が闇に染まる。これは八雲紫などが裏で手を回している茶番だと分かっていても、この現実を突き付けられて平静ではいられない。
妖夢はぎゅっと目をつむり自分に何か出来ない事はないかと考える。眼球が潰れてしまいそうになるほど強く瞼を閉じたその時、瞑った瞼の裏の闇に燃えさかる炎を身に纏った藤原妹紅を一瞬見た。
「・・・!」
火が点いた。妖夢の中にマグマの様な闘争心が沸々と湧き上がってきた。慧音には余計な事は言うなと止められていたが、自分は慧音の従者ではなく妹紅の恩に報いる為にここにいる事を思い出したのだ。妹紅は何故自分を里に寄こしたのか?それは単に慧音のサポート役ではないはずだ。慧音の企みを成功させる為だ。その慧音は里の自発的な強い意思を望んで待っている。ならば自分は、里に籍を置いた里の住人として、皆を奮い立たせなければならないはずだ。
妖夢は自分を安全な場所に置こうとする生存本能の抑止を振り払い、熱く火照った身体に我慢できずついに一歩前に出て叫んだ。
「行きましょう!博麗神社に!私は半分人間で半分は幽霊です。里の歴史を消しても妖怪達からは見る事が出来ます。だから私が囮になって妖怪を引き付けます!」
千年以上生きているが見た目15歳ほどの少女の妖夢が夥しい数の敵を前に自ら囮になると宣言する。これは慧音の予定にないことで、思わず驚いて止めようとするが、妖夢の一言で状況が変わる潮目を見抜いた妖酔が一歩前に出て慧音が何か言うのを妨げるように発言した。
「囮か・・・ふむ。先生、ひとつ名案がある。」
「な、なんだ妖酔、言って見ろ。」
慧音は妖夢にでしゃばるなと苦言を言いそうになったが咄嗟に切り換えて妖酔に応じた。
「傭兵団を囮にして東に進軍して鳴り物で派手に目立つようにして連中を引き付けるのです。武芸に秀でた者であってもたった一人では多勢に無勢。囮役は専門家に任せてもらいましょう。」
この作戦自体は予め予定していた事だが、妖夢が囮になるという言葉によって生まれた案だと殊更強調して見せ、この小さな英雄を里の住人を鼓舞する道具として最大限に利用する妖酔。
「小娘の後詰めなど傭兵団の名折れだ!」
通りに出て輪の外で話を聞いていた傭兵達が勇ましい声を上げて妖酔の案を支持すると、通りが一気に沸き立った。
「東に打って出て騒ぎを起こし連中を引き寄せます。その隙に人間達は騒ぎの横をすり抜けて博麗神社に行くのです。」
「うむ。」
予定外の妖夢の勇み足があったがそれはむしろ良い方向に転び、手筈通り進む状況に代わりはないと満足する慧音。妖夢が名乗り出るなど予定に無く少し驚いたが、そのお陰で里の住人も心に火が点いた様で企みを共にする者にとっては渡りに船、幸先の良いことだった。慧音は妖夢と幽香の勝利の女神2人を寄こしてくれた妹紅にひたすら感謝した。
慧音は一つ息を吐き、気合いを入れ直すと叱り付けるような大声で叫ぶ。
「老人と子供以外、町も村も全て動員するぞ!」
町とは里の通りに面した商業区画のことで、村とは里の南西の農村部を指す。
「酒を運び出した荷台をそのまま使うのだ。神様に供える酒の肴、食糧もかき集めよ。神様に頼んでもダメなら終いじゃ!だから出し惜しみはするな!里の物資が空になってもかまわん、我々に出来る最高のもてなしをするのだ!」
これだけ大勢の人がいながらも里はシンと静まり慧音の良く透る力強い声は、人垣で声の主が見えない程離れている者の耳にもしっかりと通った。
「各区を一単位として区長が仕切れ。マルキの主人は?」
「ここに。」
「先導をお願いしたい。」
「先導の役は他に適任者がおるでしょう?」
先導役の責任者はマルキの主人、霧雨魔理沙の父が請け負う予定で、その下に妖夢を付け実際の先導は彼女に任せるつもりでいた。まだ里に来て日がない妖夢では先導の任は重いと捉えていた慧音は、そのマルキの主人の予定外の申し出に面食らう。
「え?私が?」
マルキの主人が慧音の側にいる妖夢を見てにっこりと微笑む。この提案に周囲の有力者や区長も誰一人異論なく、頼みますと頭を下げる者もいた。慧音はこの不思議な力を持つ少女とそれを推した妹紅を重ね合わせ諦めて状況の赴くままに任せた。
「さっきは、よう言ったな妖夢。では、先導役はお前に任せる。」
慧音はそう言って妖夢の肩をポンポンと叩いて労を労う。
「では、時間がない。みな直ぐに動いてくれ。」
慧音は手をパンパンと叩いて、それを合図に人垣が生き物のように慌ただしく動き出しす。マルキの主人が段取り良く区長に仕事を振り分け、酒蔵組合の会長ヤマセンの主人が酒の運搬の指揮を執る。その後、誰かを捜すような仕草をして妖夢から離れた慧音は稗田阿求の所に歩き出す。里に避難してきた周辺の弱い妖怪に一時的に戸籍を出す手続きの手伝いを頼んでいるようだ。里に戸籍を置けば妖怪でも人と同じ、消す事が出来る。
そんな慧音の背中を見送る妖夢のところに2人のお供を引き連れた妖酔が現れる。
「お主の勇気、見せてもらった。小娘のくせに大したものだ。」
「武は心を凍らせるが、勇は心を熱くする。久しく冷えた心だが熱くなりました。」
妖酔の左右にいる地味な笠と同じく地味な外套に身を包んだ厳つい顔の明らかに妖怪である2人が交互に先程の妖夢の檄を賞賛する。妖酔は何も口には出さず、先程の慧音のように妖夢の小さな肩を労を労うようにポンポンと叩くだけだったが、どんな賛辞美辞麗句よりも何故かこれが一番嬉しかった。
「この二人は前に言った私の左右の腕。少数精鋭の護衛には打って付けだ。使ってくれ。」
「こ、魂魄妖夢と言います。宜しくお願いします。」
「おう。」
「よろしくお願いします。」
妖夢は低頭して妖酔と護衛の二人に挨拶をする。
「・・・。」
「ん?どうした?」
挨拶をしおわった後、妖夢は何か言いたそうな顔で2人の妖怪を見る。
「あの・・・お名前を・・・。」
自己紹介したのに、向こうからされないことに不満を持つ妖夢。
「ああ、名前か?好きに呼べ。」
「え?でもそれは・・・。」
「この2人は嘘偽りを是としない。本名を言いたくないから言わんし、偽名も使いたくないから使わない。私も彼らを呼ぶ時は『俺の両腕』と言ってる。」
「通り名とかはないのですか?」
「妖酔がよく自分の両腕と言うから、皆俺らを『右なんとか』とか『左なんとか』とか言うけどな。別にそれでかまわんぞ。」
妖酔を中心に妖夢の向かって右側に立つ妖怪がぶっきらぼうに言い放つ。この右側の妖怪は口調が荒く、妖夢の妖怪としてのイメージにぴったりな実に妖怪らしい妖怪に見える。その一方で、左側の妖怪は真面目な感じで話し方が賢そうで人間のように見える。いずれにしてもこれらの感想は、白玉楼で宴会騒ぎをする西側の荒くれ妖怪を相手にしてきた妖夢個人の感覚であり、知的で賢く大人しい妖怪が妖怪らしくないと思えるのはただの偏見である。
本名を知られたくないのはこの時代の人妖の通念である。秘密である本当の名前を諱(いみな)、通常の呼び名を字(あざな)として使い分けているが、これは向こうの世界では明治維新まで続き、幻想郷では貴人を中心に現在もその制度が続いている。
妖怪が特に本名を公にしない理由は、陰陽師などの人間の使う呪術に名前を奪って相手を支配する技が多数存在しているためで、彼らのボスである妖酔という名前も本名ではなく通名である。ちなみに自分の諱を知らない者も大勢おり、誰かに名を呼ばれたりしないように敢えて親が教えない場合もある。当時、他人の諱を口にするのは非常に失礼な行為でもあるのだ。
今現在紅魔館にいる淫魔ルビーは、ルビーという名は与えられた名前だが、戦いに破れ命乞いに応じた魅魔に本名を差し出し使い魔として契約したことで助命された経歴があり、以後魅魔から権利を譲渡されたパチュリーが彼女のマスターとして使役している。
八雲藍もかつてはただの『御乱』という通り名の九尾だったが、当時既に陰陽道を学んでいた八雲紫に諱を教え支配され八雲藍という名の式神となったのである。
因みに、博麗霊夢の霊夢は博麗神社の巫女によく用いられる通名の一つでつまり字。彼女は元々諱の制度がない貧しい農村部の生まれで、生まれてすぐ母が死に父も不明であったため諱そのものがない。霧雨魔理沙は里においては豪商の娘で貴人として諱があり、父親は知っているが本人には知らされていない。
魂魄妖夢は困惑する。
自分の諱についても気になるが半霊なので既に魂魄妖夢が諱・法名なのかもしれない。まぁそれは良いとしても、通名すら特に決まっていない相手はこれまで初めてでどうすればいいのか迷う。
「貴女の好きなように呼んで構いませんよ?何かいい名前があるならそれを希望します。」
全く同じ様な姿をして外見では見分けがつかないが、気障な人間の様にしゃべる方が、深くかぶった笠の裏で何か楽しそうに妖夢の出方を待っている。
凝り性な妖夢は何か気の利いた名前がないかと、過去に読んだ書物などから良い名前がないか記憶を巡らす。
「・・・!あ、そうだ!」
しばし思案の後、妖夢は名案が浮かぶ。
「スケサブロウとカクノシンというのはどうでしょう?」
「あぁ?何だスケサ・・・ってのは?」
「スケサブロウ、スケさんです。」
スケさんと右の妖怪に言う妖夢。これでその妖怪は自分がスケさんと認識する。
「と言う事はカクノウシン、私はカクさんですか?ふーむ、こんな風に呼ばれたことはないので新鮮ですね。気に入りました。」
妖夢としてはスケさんとカクさんのイメージは逆だったが、成り行きで口が汚い方がスケさんで確定してしまう。
「その名前には何か意味があるのかな?」
すんなりとアイデアが出てきた妖夢に恐らくあるであろう出典を尋ねる妖酔。
「本で読んだのです。旅好きでお節介なご隠居の付き人で凄腕の用心棒の2人の名前です。」
「ほう、ご隠居以外は全て当てはまるな。これは面白い。」
「え?わ、私、旅好きでもお節介でもありませんよ!」
「わざわざこんな時期に冥界から出てきて人間相手に何の特にもならないことを申し出る者が違うと?」
「え、あ、いや、それは・・・。」
考えてみたら確かに妖酔の言う通りで反論出来ずに口ごもり、スケさんとカクさんに笑われる妖夢。
この事があってから、この2人の妖怪は以後これを通り名として使うようになるが、それはまた別の話である。
東の空を黒く埋めつくす妖怪はその殆どが小型の餓鬼であるが、中には巨人の様に大きな人の形をした何かから龍の如き大きな大蛇の様なものまで多種多様である。東の人喰い妖怪の特徴は知性はあっても理性がない事で、その正体は人を喰う為に自ら理性を捨てて畜生に堕ちたかつての真っ当な妖怪達のなれの果てである。
混沌政策を推し進め、人間が肩身の狭い生活をしていた博麗大結界以前は、太陽の畑は無く里の近辺まで人喰い妖怪が闊歩して非常に危険だった。この時代は上白沢慧音が里の守護者として妖酔など一部の妖怪と共に里を守り活躍した時代でもあり、藤原妹紅も永遠亭との抗争の合間を見て慧音に協力して里の防衛の手伝いをした事もあった。
魅魔が吸血鬼の正統なる王女スカーレット姉妹の幻想郷帰還に備え、平和政策に転換してから今の太陽の畑の位置に各地を流浪して定住していない風見幽香を配して人間の里の守護に置き、東の人喰い妖怪に対する抑止力とした。そして、意図的に外から多数の人間を幻想郷に呼び込み、里の住人の代わりに人喰い妖怪達の餌として与え彼らの注意を里から東端に移したのである。
風見幽香の配下には大戦時に偽装投降したアルカードの側近、『ヴェントルー』を中心とした吸血鬼始祖族連合がおり、その中にスカーレット姉妹とは別に『トレアドール』と『ラソンブラ』の間に生まれた女児がいた。彼女はスカーレット姉妹誕生の隠蔽に利用され、当時は大々的にその存在をアピールしたが、地味な始祖族同士の間に生まれた子供だったのでそのまま忘れられる。
大戦の戦後処理で数少ない無害な血族は風見幽香に投降した一族に吸収されたが、スカーレット姉妹と同年齢であるこの女児は、将来のリスクを少しでも減らすという目的で年を取らない呪いだけ掛けられ、その後風見幽香に預けられ『くるみ』と命名された。
この風見幽香が管理する吸血鬼の一族も東の人喰い妖怪の抑止力として配置されていたが、大量の妖怪が西に移動を始めているということは、彼らは敗れたかその軍門に下って風見幽香に反旗を翻したか、あるいは逃亡したかである。ただ、こうした東端の事情は一般の人妖の知る範囲にはなく、それらは八雲紫などの幻想郷管理者側の一部だけのあずかり知るところなのである。
「始まったか・・・。」
藤原邸の庭に立つ藤原妹紅は黒く斑に染まった東の空を臨んでぽつりと呟く。
正午に紅魔館参集とのご指命を受けている妹紅だが、その前にやらなければならない事があった。
妹紅は東の空から視線を天頂の要塞に向ける。
「・・・やつらの計画通りにさせない為にも必ずパージさせる。」
スキマ砲という安全な方法でトドメを刺されたのでは霧雨魔理沙を死なせる事は出来ない。魔理沙を死なせる算段は既に付けた。その中で最も重要な点はスキマ砲を失敗に追い込み、超高温の結界の中に直接侵入させ要塞の核に魔理沙を肉薄させなければならない。この灼熱地獄の中で活動出来る方法は紅魔館に呼ばれた時、魔理沙に身を守るおまじないとして直接施し、脱出方法の仕込みもそこで行う事にしていた。
「・・・しかし、あいつを本当にパージさせることが出来るのか・・・。」
パージとは、内部に溜まった圧力を外に逃がす際に外殻装甲の一部を任意に外す事で、その際に外に出る高いエネルギーを利用して一定の落下速度に加速度加え、スキマ砲の射角をずらして誤射に追い込もうと目論んでいる。
しかし、その巨大な質量の要塞にパージさせられるような内部圧力を与えられるか自信が無くなってくる妹紅。相手は想像の遙か上を行く大きさで下から見る防御要塞はまるで空に地面があるのと同じで、もはや丸い物体ではなく平たい面にしか見えない。
上空にいくつもの光点が見え、遠く花火のような爆音が聞こえてくるが、これは一部の妖怪が防御要塞に対して独自の判断で攻撃を始めているもので、それを見るにつけ有効なダメージを与えている様には全く見えない。
妹紅は唇を噛み、口の中に吐き出した汚い言葉を呑み込むと、炎の羽根を羽ばたかせ天頂の防御要塞に向かって飛び立った。
正午まで1時間と迫った紅魔館の会議室に当てられたバルコニーのある縦長のそれほど大きくない部屋。開け放たれているバルコニーから一番遠い奥の上座に、主催のレミリア・スカーレット。そのレミリアの左斜め後ろに十六夜咲夜が傅き、右正面から奥に向かって博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、藍の隣は風見幽香の分一つ空いて、八坂神奈子、洩矢諏訪子、その奥に自由参加の西行寺幽々子、席1つ空けて河童の河城ニトリ、アリス・マーガトロイド。左正面から奥に席一つ分空けて八意永琳、付き添いのレイセン、藤原妹紅分の席を空けて、次に席二つあけて自由参加の四季映姫、付き人の小野塚小町、霧雨魔理沙、フランドール・スカーレットで、上座の正面にチルノという席の配置となっている。そして、バルコニーの開き窓、レミリアから向かって左の部屋の角に目立たない様に新聞記者の姫海棠はたてがメモとペンを持って立っていた。
この中で付き人としてレイセンと小町も着席しており、特にレイセンは永琳の隣で上座に近く場違いな感がして後ろに下がろうとしたが、特に問題はないと十六夜咲夜に要らない気遣いを貰って肩身の狭い思いをしていた。
窓の外、ドーン、ドーンという花火の様な音が遠くから聞こえてくる。これは好戦的な妖怪達が独自に要塞を攻撃している音で、天頂方向で行われている事なので館内からは音だけでその様子は見えない。魔理沙とフランドール、ニトリとチルノの4人が音につられてバルコニーに出て空を見上げて声を上げている様子を所在なげにアリスが紅茶をすすりながら見ている。
「ねぇレミリア?」
「なに?霊夢?」
魔理沙らのおかげで場の緊張感がなくなってきている状況に不安を感じたのか博麗霊夢がレミリアに話しかけてくる。
「このまま正午まで待つの?」
「2名程、まだ来てないわね。」
「幽香は怪我してるから来ないかもよ?」
「え?そうなの?」
霊夢は左隣のレミリアと逆にいた紫に振り向き、頷いた彼女の態度をレミリアに見せて自分の言葉が正しい事を証明する。
紫は偽装療養中の風見幽香の怪我癒えていないと信じており、最初から頭数にいれていない。同じ魔法が使える霧雨魔理沙を代打として登用したが、レミリアにはそのことは先に教えていなかった。
「幽香の代わりなら魔理沙でも出来ると思うけど・・・。」
そう言ってバルコニーに出て空を見上げている魔理沙の方を向く霊夢。そしてその話を聴いていた参加者も同時に外を見る。
「藤原妹紅は?」
レミリアがもう一人の重要人物の名を口にした時、外にいる魔理沙らが歓声を上げ、その声の中に『もこう』という言葉が出る。
「どうやら、あのデカブツに戦いを挑んでるみたいね・・・。」
会議参加者は事前に異変を知らされた内通者で占められている為、単純に事態の収拾だけなら敢えて会議という名の茶番をしなくてもよかった。しかし、事情を知らない幻想郷の住人は事が終わった後、世間を騒がせ要らぬ心配を掛けた当事者達に対してその責任を激しく問う事になるだろう。
黒幕として真っ先に名前があがりそうな八雲紫としては、それは避けたいし、自爆という自己犠牲の妹紅の行為も情報が正確に伝わらなければ危険人物として扱われかねないので尚更、『正確な偽情報』を幻想郷の住人に知ってもらわなければならなかった。
レミリアが起こした問題をレミリア自身が解決して、それに参加した者達が救世主として扱われる。こうする為に、あくまで主催がレミリア・スカーレットでなければならず、会議参加者は裏で繋がっている素振りを見せてはならなかった。
余りにもスムーズに事が進む状況は周囲に要らぬ詮索を誘い、裏で糸を引く見えない存在を見いだす想像力を働かせる機会を与えてしまう。その事を避けたい真の黒幕八雲紫にとって、風見幽香が怪我で不参加である事を後で知らせる行為を含め、内通者である妹紅の独断による単独行動というイレギュラーはむしろ歓迎するところであった。
ドーンという一際大きな音がして紅魔館の窓が僅かに振動する。細長い部屋と同じように細く前に突き出したバルコニーには、日除けの様な小さな屋根が窓辺に掛かっているだけで、手摺りのある外側の方は屋根が無く空が見る事が出来る。
魔理沙らはその手摺りを背もたれにするように仰け反って空を見上げ、妖怪達の放つ光弾の嵐を弾幕戦を見るように眺めていた。そこに巨大な炎の塊が突如視界に現れると永琳の棺桶と衝突し大きな爆音を発しその衝撃波が紅魔館にも到達し魔理沙は危うく手摺りから落ちそうになった。
「すげーな妹紅!」
巨大な炎の塊をすぐに妹紅の仕業と見破った妹紅は大きな声で叫ぶ。その声は当然館内の会議参加者にも聞こえ、多くの視線が自分に注がれた事を知らない魔理沙。
「え?藤原妹紅がいるの?」
フランドール・スカーレットが隣の魔理沙の言葉に反応して問う。
「ああ、あんなスゲー爆発は妹紅にしかできないよ。」
そこかしこで爆発の閃光が小さく見えるが、低く飛ぶ妖怪以外胡麻粒程度にしか見えず魔理沙の視力では個体を判別出来ないが、圧倒的なエネルギーを出せる個体は限られており姿を見るまでもなく大体分かる。特に魔理沙は妹紅と弾幕戦で何度も対戦していた為、明確な根拠はなかったが断言することが出来た。
「あ、あれが・・・ふじわらの・・・もこう・・・。」
フランドールが目が真っ赤に染まり表情が魔性の影で曇る。
当初小さく見えた謎の球体が空を覆い尽くしたその朝、既に馴染みとなった『花果子念報』の待望の第7号が浮き足立つ幻想郷各地に配付される。
これまでの新聞記事は、記者独自の取材によるものだったが、今回は紅魔館からのご指名で取材の依頼を受けてのもので、異変の全容と今後の予定を含めた緊急性の強い内容で、ただの報道ではなく幻想郷全体に知らせる通告文書になっていた。
その文書の主な内容は、因幡てゐから始まった事の経緯、謎の巨大物体の正体、そしてこれを今後どのように処理するかの3点である。
経緯については永遠亭の超重要機密を盗み見した事により厳罰を与えられた因幡てゐが蓬莱山輝夜に恨みを持ち、その復讐の為紅魔館を頼って機密である蓬莱人の抹殺方法をレミリア・スカーレットに伝えたが、それが誤って伝わってしまい今回の謎の物体の召還に繋がったとのことである。
紅魔館の主レミリア・スカーレットは自身の意図ではなく事故と弁明した上で召還した事実は正式に認め、永遠亭の八意永琳がこの謎の物体の制作者で、月にいた頃に作成して放置していた『棺桶』と呼んでいた装置であると説明した。
この棺桶というのは文字通りの意味ではなく、肉体から解放され意識体に生まれ変わる為の装置で、量子変換された肉体を微細な原子レベルで空間と同化保持させる事を目的としたもので、生存したまま肉体のしがらみから解放され意識だけの存在になることが出来る装置だという。これは一旦そうなってしまうと元に戻す事が出来きない為、永琳はこれを死の概念のない月における死と同義と位置付け棺桶と命名したのである。
幻想郷の住人の持っている死の概念とは大幅に違うこの死の定義を因幡てゐはそのまま文字通り解釈してレミリアに伝えてしまった事が今回の異変と言う名の事故に繋がったわけで、これはつまり蓬莱人を死亡・消滅させる装置ではなく、意識体への変換装置を月から呼び出してしまったということになる。
装置そのものが小さなものなら十分破壊可能で何も問題はなかったのだが、量子変換の際に膨大な空間ごと取り込むという仕組みになっている為、装置そのものが巨大で発動すれば幻想郷の数十倍の体積を丸ごと呑み込んでしまい、これが最大の問題として早急に対処しなければならない案件となったわけである。
新聞ではこれらの状況を詳しく説明し、幻想郷がおかれている深刻な状況を訴えると同時に、運命を誤操作してしまったレミリアが更なる運命操作で幻想郷の未来を軌道修正するという解決策を提示し、その策を実行するにあたって必要な能力を持つ人材をリストアップし、協力を求める告知を大きく掲載した。
これが今回の『花果子念報 第7号』の内容で、ほぼ紅魔館中心の異変特集だった。
この新聞で告知された今回の騒動に関する諸々の内容は、その裏の事情を知る者にとってはすぐに方便と分かる事で、永琳の棺桶というのも『良く出来た作り話』だった。しかし、何も知らない幻想郷の住人は迫り来る謎の物体、いや既にその正体が分かった永琳の棺桶を目の当たりにして、その現実から目を背ける事が出来ず、信じて紅魔館と一蓮托生の関係になる以外なかったのである。
「こ、こいつは大変だ!」
ここ数日、妹紅から借りた物質の属性を見分ける事が出来る特別な眼鏡でキノコの研究に夢中になって家に引き籠もっていた霧雨魔理沙が、騒がしい外の様子に気付き、そこで初めて巨大な球体が空の半分を覆い隠している幻想郷の現状を知った。
何かあってもなくてもと『りあえず霊夢』の魔理沙は状況を詳しく知る為に急ぎ博麗神社に向かう。
「おいおい!何のんびり掃除なんてしてるんだよ!一大事だゼ!」
「今頃気付いて何騒いでるのよ。」
慌てふためいて目の前でじたばたしている魔理沙をなだめながら、特に汚れていない境内の掃き掃除を止めて大鳥居の下に移動し、石段を腰掛け代わりにして茶道具と一緒に鳥居の土台に置いていた新聞を後ろをついてきた小うるさい魔法使いに差し出す霊夢。
どんな状況でもパニックを起こさないいつも通りの霊夢に安心すると同時に、こんな状況でも落ち着き払っている様子に釈然としない思いにかられる魔理沙は、霊夢の顔と差し出された新聞と頭上の物体を順番に見て、『花果子念報 第7号』を霊夢の手から奪い取ってその場で読み始める。
「何々・・・吸血鬼の仕業?」
いつもの『文々。新聞』と疑わず、細かい記事は後回しにして大きな文字を順に読んで、大まかな状況を頭に入れる魔理沙。
「おい!霊夢!お前の名前あるぞ?」
「ええ、呼び出し受けたわ。」
今回の異変解決にあたって必要な人材が大きく書き出されている。
「他には・・・っと、ゆうかりん、八雲紫・藍、守矢神社、永遠亭と・・・お!妹紅もか・・・すげー強いのばっかだな・・・。」
『ゆうかりん』とは風見幽香の事で、魔理沙だけが彼女をこの愛称で呼ぶ。
「残念ながら魔理沙の名前はないわね。」
「おっかしいなー、そんなはずはないんだけどな・・・あ、でも、ここを見ろよ!その他、下記の能力を有する者や協力の意志のある者は紅魔館に参集せよ!って書いてあるゼ。」
「下記の能力?そんなのあった?」
霊夢は始めから全て知っているので細かい所まで読んでおらず、それを聞いて立っている魔理沙のスカートの裾を引いて隣に座らせ新聞を覗き込む。
「ほら、何個かある。えーと・・・これこれ!強力な無属性レーザーが撃てる者ってこれ100%私の事じゃん!それならちゃんと『きりさめまりさ』って名前書けばいいのになー。」
「でも、それ幽香で間に合ってるわよ。きっと。」
「うっ!でも、万が一予備が必要かもしれないだろ?」
「魔理沙、先に作戦内容読みなさいよ。それ見る限り一人で十分だし万が一なんてないと思うわよ?まーでも、予備として念の為に・・・ってのはあるかもね。補欠当選おめでとう。」
全然めでたくなさそうな表情でお祝いの言葉を口にする霊夢だが、魔理沙は何も答えず肘鉄で応戦し、作戦内容とやらを探して読み始める。
「ん?作戦?どれどれ・・・なるほど妹紅の不死鳥の力を使うのか・・・霊夢が結界で天と地を分けて地上への被害を食い止め、トドメをスキマ砲で刺すか・・・そのスキマ砲とやらはよくわからんけど、その弾丸になるのがマスパというわけか。ちぇ、確かに比べられたらゆうかりんにはかなわないけどさー。」
霊夢は自分が時間をかけて読んで理解した新聞を魔理沙はほとんど見ただけで記事の内容を理解してしまうことに改めて驚く。魔理沙の速読能力が凄いのは前から知っているが魔法使いとはやはり基本的に頭の回転が速いらしく、これは狡賢いカラスと同じで素行の良さと頭の良さには関係がないらしい。
霧雨魔理沙は優秀な父と母の能力、特に母親のクローンとも言える程母親の能力を色濃く受け継ぎ、普段の彼女の素行から想像出来ないが、類い希な頭脳を持っており、更に超絶な記憶力と速読能力を持っている。その為、新聞にしろ本にしろ恐ろしい早さで読み理解することが出来るのである。
魔理沙の場合、本を読む時はペラペラとページを流し読みする感じで、文字を読むのではなく紙面そのものを脳に記録する。これは速読の技術として訓練すればある程度誰でも身に付くものだが、複数桁の掛け算・わり算なども魔理沙は容易に答えを出してしまい、何れも特に訓練せずに出来てしまうのだ。
この能力は既にあるものを自分の中に取り込み理解する大きな助けにはなるが、その一方で創造性を乏しくしてオリジナルを作り出す豊かな発想力の妨げになる。実際問題として魔理沙の弾幕は模倣が多く、オリジナルの技も確かにあるが、これは夥しい量の実験から偶然発生する効果を利用しているだけに過ぎず、自分の中に存在する独創性から編み出されるものではないのだ。
魔理沙は個性的な人物ではあるが、個性的な魔法使いではないのである。
その魔理沙はこの1分程の時間で新聞を全て頭に入れてしまうと、記事中の作戦内容に強い関心を示して、一人物思いに耽る。
他の者なら霊夢の結界が妹紅の自爆の力を防げないだろうと推測しこの作戦の成否に眉をひそめそうなところだが、魔理沙の頭の中では霊夢なら問題ないと端から決まっており、そこは問題にせず八雲紫の力を利用したスキマ砲というアイデアに興味を示していた。
『永琳の棺桶』は月の技術で作られた恐るべき防御性能と自己修復機能を有しており、妹紅の自爆でも完全に破壊出来ない可能性が高いと制作者の八意永琳が警告を発し、確実に破壊するには別の誰かが中心の核にトドメの一撃を与えなければならないと訴えた。これは異変を派手に魅せる為の演出ではなく必要な作業である。
最強の妖怪と謳われる風見幽香の高出力エネルギー砲、『元祖マスタースパーク』という名前の方が有名になってしまった『サニー・レイ』は、月面戦争の撤退時に追撃部隊を一撃で壊滅に追いやり月面軍を壊滅に追いやった実績があり、トドメの一撃は彼女以外ないだろうと作戦立案の早い段階で決まっていたようで、これには流石の魔理沙も文句は出なかった。
「・・・しかし、このスキマって卑怯な力だよな・・・ブツブツ。」
スキマ砲の仕組みを瞬時に理解した魔理沙はそれを考案した八雲紫に対し感心すると同時に、何でもありなスキマの能力に嫉妬もした。
この能力は能力自体の凄さもだが、それを利用する者の知力と独創性がなければ真の力は発揮出来ない。想像力の乏しい魔理沙にこの能力が備わっていたとしてもせいぜい移動や悪戯に使う程度の発想しか出来ない。現実と概念の境界を操作して幻想郷という新しい世界空間を創り出すなど常人には不可能なことなのだ。
そんな思考に没頭する魔理沙を尻目に、スキマ砲の仕組みどころか自分の役割以外関心がない霊夢は、気の乗らない表情で魔理沙が思考に埋没して紅魔館行きという目的を忘れないようにするため横やりを入れて話を戻させる。風見幽香が怪我で参戦できない事を知っている霊夢は、その代役として魔理沙を紅魔館に連れてくるという役目を請け負い、彼女が来るまで神社で待っていたのである。
「まぁ、どうせ来るなって言っても行くんでしょ?」
紅魔館で正午に行われる対策作戦会議は誰でも参加自由だが、発言資格はレミリアの基本プランに同意し同志として責任を共有し、危険な任務を与えられても拒否出来ないという条件が付与されている。これは、遊び半分で参加するなという警告も兼ねており、自由参加はある意味方便である。
「当然私は行くゼ!よし、善は急げだ、行くぞ霊夢!」
正午まで小一時間以上あり、ぎりぎりまでのんびりしようとしていた腰の重い霊夢の腕を両手で引っ張り上げて一緒に行こうとする魔理沙。霊夢はその手を払って自分で立つと、やれやれという表情で首を振り諦める。こうなると止まらないのが魔理沙だ。
『真実』は別の場所に存在するが、新聞という情報媒体によって幻想郷全体に『偽りの事実』が共有された。
その数少ない『真実』を知る者の一人博麗霊夢は並んで飛ぶ表向きの『事実』だけを知る黒い魔法使いをチラリと見やると、その視線に気づいて振り向く魔理沙としばらく互いの顔を見つめ合いながら飛ぶ。
霊夢が自分の顔を見つめる事がこれまで何度もあった事を魔理沙は知っている。そんな時は決まって何か考え事をしている風で呼んでもすぐに返事をしない。いつ頃からそうなのかと思い出してみるが、昔の事を思い出そうとすると頭の中に大量の小豆がザルの中で転がり回るようなザラザラという雑音が聞こえ、それ以上思い出せなくなる。まるで、思い出す事を誰かに妨げられているように・・・。
「(魔理沙は何も知らず、仕組まれた異変で誰かの掌の上でいつも通りに空回りするのね・・・。)」
霊夢は魔理沙がこちらを向いてい不思議そうにしている様子を知りながらそのまま考え事をしながら飛ぶ。
幼馴染みを裏切るようで心苦しく思う一方で、頭では分かっているのに何故か魔理沙を恐れている自分がいる。ある日突然自分の前から姿を消し、その後再会した時は別人だった友人を・・・。
魔理沙が昔の記憶の一部が完全に抜け落ちているのと同じ様に、霊夢にも昔と今の友人が一本の線で結びつかない現実に苦悩していた。
巨大な謎の球体は、永遠不滅の肉体を持つ者がその肉体の管理に飽きて自由になりたいという願望を叶える装置であり、これを利用する者達は神に生まれ変わる装置と呼んだ。しかし、これを作った者は限りなく死に近づくという事から死者の入る棺桶と呼んだ。
その棺桶の制作者である永遠亭の八意永琳は事態の収拾の為すぐに和解し、一番に紅魔館を訪れており、その後次々と異変解決必須要員達が紅魔館を訪れていた。
指名されたそれ者以外にも新聞報道で現状を知り、幻想郷の為に何か出来ないものかと自主的に訪れる者もいた。
紅魔館は4階建ての建造物で、正面から見ると大きな洋館に見えるが、それ以外の方向から見ると窓一つない石壁で覆われた小さな砦に見える。これは500年前の吸血鬼戦争当時の名残である。
上空から見るとやや正方形に近い長方形の中央部分と両端が突き出る、格好の悪いアルファベットの『E字型』をしている。中央の大きな凸部は正面入口があり、2階部分まで吹き抜けで、3階部分が屋根付きの広いバルコニーになっている。建物中央の凸部と平行に飛び出した両サイドにある細いバルコニーは2階部分にあり、日差し除けの小さな屋根だけがかかっている。
今回、召集された会議の会場は、紅魔館2階の南東の角の細いバルコニーのある縦に奥行きのあるこぢんまりとした部屋である。中央の大きなバルコニーや奥の部屋を使わなかったのは、上空の巨大な球体との位置関係をみれるようにした為で、ある程度の人数が外に出て状況を見る事が出来るこの部屋が選ばれたというわけである。
陽光の差し込む窓際から一番遠い奥側に館の主である吸血鬼のレミリア・スカーレットが座り、縦に長い部屋と同様に縦長のテーブルが主を上座にして窓際に伸び、その両サイドに客人の為の席が設けられていた。
異変を解決するために必要な人材は既に告知され、風見幽香と藤原妹紅以外は既に指定された席に着席していた。
会議は自由参加で妖精でも幽霊でも誰でも参加出来るが、古妖八雲紫・藍、守矢神社の神様二柱、永遠亭の宇宙人八意永琳、そして指命されていないが自主的に参加した閻魔の四季映姫と、冥界から白玉楼の西行寺幽々子らが早々に会議に参加着席していたため、会場は異様な雰囲気に覆われていた。
そうした錚々たる面々が顔を並べる会議室の状況を知らずに我こそは幻想郷の救世主なりと意気揚々と会議にやってきた自称強者達は、会議室の扉を開けた後すぐに回れ右をして退散してしまう。
会議に一番に駆けつけた八意永琳と付き人の妖怪兎レイセンはそんな光景を10回以上見たが、それ以後会議室の外でたむろする自称強者達が遅れてきた英雄達に中の状況を教えて引き留めたのだろう、以後ドアは開かなくなった。
そんな中、真の強者が集う会議に何やら場違いな一団が現れ席についていた。
「魔理沙、私やっぱ帰るよ。やばいってここ。」
「大丈夫だってニトリ。取って喰いやしないさ。」
「そうじゃなくて、私達に出来る事なんてないでしょ?」
「アリスー、そんなの会議が始まってみなけりゃ分からないさ。」
「あたいは全然こわくないよ!」
「お前等も少しはチルノを見習えよな。」
「ったく・・・ほんと何考えてるのよ・・・。」
その一団とは、人間の魔法使い霧雨魔理沙と人形使いアリス・マーガトロイド、河童の河城ニトリ、そして氷妖精のチルノの4人である。
アリスとニトリは会議に直接参加するつもりはなかったが、事の成り行きが気になったので紅魔館内でいち早く情報にありつこうと隣の控え室で他の自称強者達に混ざって所在なげににしていたところを、霊夢と一緒にやってきた魔理沙に見つかって捕まってしまい無理矢理会議室に連れてこられて席につかされてしまったのである。
氷の妖精チルノは近隣の妖怪が多数紅魔館に集まっているのを見つけて野次馬に来ていたところ魔理沙らを見つけてそのままくっついて来ただけである。魔理沙は何故か妖精に気に入られてしまう質で魔法の森近隣の妖精とはそれなりに仲がいい。
席の配置は、呼び出した者を賓客としてレミリアのいる奥側の席に集め、それ以外で自発的に来た者をゲストとして空いている席を自由席として開放。四季映姫と西行寺幽々子が向かい合ってゲスト用の席で最も上座に近い場所に座っており、彼らからなるべく離れたいアリスとニトリは近くに座ろうとする魔理沙を2人掛かり力づくで一番窓際の席に座らせた。しかしその甲斐もなくレミリアの妹フランドール・スカーレットが魔理沙の隣に座ってしまい、近づきたくない化け物と隣り合わになってしまう。
化け物じみた妖怪や神様、亡霊と吸血鬼の板挟みになったアリスとニトリは落ち着かない時間を過ごすことになる。
博麗霊夢と霧雨魔理沙が紅魔館入りした頃、人間の里では驚く程近く大きく見える様になった『宇宙人の棺桶』を目の当たりにして騒然となっていた。
この状況に対し、里の有力者などが自主的に商工会館に集まり対策会議らしきものを開いてはみるものの、何も名案が浮かばず呻き声ばかりで会議は全く捗らなかった。
里の守護神である上白沢慧音は、何か大きな異変が起こる事は知っていたが具体的なところまでは知らず、現れた永琳の棺桶は他の者同様腰が抜けるほど驚いた。しかし、この非現実的な状況は、同じく神懸かりの非現実的な方法で問題を解決しようと目論んでいる慧音にとっては大歓迎の状況と言えた。
そんな腹に一物持っていた慧音とは裏腹に会議室に参集した面々は答えの出ない問題を前に途方に暮れるしかなかった。
漠然と大異変が起こると予想していた慧音は、それに対応するという建前で自らのある企みを推し進めようとして話を切り出すタイミングを伺っており、会議の場ではとりあえず最初は口を挟まずに人間達だけで進行させていた。そして、里妖の有力者が尋ねて来たのを合図に自身の企みを進める為に会議を牛耳って主導権を取る動きに出た。
「困ったのー・・・こんな時は何とする?」
「昔の人間は、困った時は神様に頼み事をしたものですが、そういえば最近はそうした話は聞きませんな・・・。」
慧音の言葉に里の妖怪の代表者でもある妖酔が計ったように相槌を打ち、慧音の企みに荷担している霧雨道具店マルキの店主が、続いて『困った時の神頼み』について予定通り詳しく尋ねてみる。
マルキの主人の言葉に対して慧音の企みとは無関係の里に昔から住む古参の妖怪の一人が、博麗神社がまだ里にあった当時の昔話を披露し、里の人間は昔から盛んに神社に参拝していた事を教える。
「最近は平和になったし、神頼みの必要もなくなってしまったからのー。それに神社も遠くなり簡単には参拝できなくなったしの・・・。」
慧音はその妖怪の言葉を受けて、人間側の言い訳を代弁するように呟き、自発的に里の人間から参拝の話が出るよう反応を伺う。
「神様に頼めば本当にあれを何とかしてもらえるのだろうか?」
「出来るとは到底思えんが・・・。」
会場がざわめき出す。
里周辺の落ちぶれた神様しか知らない今の里の者にとっては『神頼み』と『妖精頼み』はほぼ同義にしか受け取れないので例え慧音の言葉だとしても賛同することが出来ず未だ疑心暗鬼だ。
「お前達は本当の神様を知らんのだ。」
神様を降ろした巫女を見た事がある里妖の一人が語気を強める。それに呼応するように慧音が後を続ける。
「何故、この辺りには落ちぶれた神様しかおらんと思う?」
「それは・・・」
「それは、向こうの世界で忘れられ不要となってしまった神様がこちらに流れ着いて来るからじゃ。本当の神様が幻想郷に現れないのは、向こうの世界でも必要とされ大事にされているからなのじゃ。」
複数の低い呻き声があちこちから上がる。慧音の言い方は神様を大事にしないから罰が当たったとも取れる言い方で、理不尽に思う一方で反論の言葉が思いつかず唸るしかない。
「かつて、博麗神社の神主は幻想郷にはいない向こうにいる神様を必要な時にこちらに呼び出し、巫女に降ろして神様の恩恵を幻想郷にもたらしていた。」
遙か昔から里にいて人間を守り多くの知識を伝えてきた守護神が言う言葉に誰も異を唱える事はできなかった。
ここで言う神様とは天照大神を中心とした天津神であり、慧音は守矢神社を経由して国津神である建御名方神を幻想郷に召喚しよとしている。これは天津神を信仰の母体とした博麗神社とそれを基に幻想郷を運営する仕組みに対するあきらかなテロ行為であり、守矢神社にしてみれば信仰転換のクーデターで、幻想郷の存在の根底に関わる重大な案件である。しかし、慧音は幻想郷を崩壊させる気は全く無く守矢神社に信仰を獲得させる気もない。これに関しては守矢神社にも知らせていない神話に基づいたある策があった。
「・・・参拝しなくなった我々を神様達は今更助けてくれますでしょうか・・・。」
ご先祖がしてきた営みを忘れて信仰を失った自分達を神様が助けてくれるのかと落ち込む住人の一人がぽつりと呟く。
「日本の神様は信仰を失った者に復讐などせぬ。詫びれば許してくれるし、貢ぎ物を差し出せば喜んでそれにみあう働きをしてくれるはずじゃ。」
場が沈みどんよりとした雰囲気の商工会館の大広間に慧音の勇気づけるような明るい声が木霊する。神様への貢ぎ物と聞いた時皆何かを思い出したかのように顔を上げ周囲と話し合いをはじめる。
「そうだ!祭りに使おうとした酒!あれを神様に奉納しよう!」
「おお!それは名案だ!」
「それはいい!」
慧音は心の中で思わずニヤリとして思い通りの展開に満足し、企みを共有する一部の有力者達に目配せして、次の段階に話を進める合図を送った。
ここで慧音の企みに参加している酒蔵組合の会長ヤマセンの主人が予定通り敢えてネガティブな発言をして問題点を指摘してみせる。
「しかし、奉納するにしても神社までの道のりは・・・それに時間的にも・・・。」
「荷台は沢山ある。里総出で出れば数時間の作業だ。」
「酒場の旦那の傭兵に守ってもらえば・・・。」
里の住人から次々とアイデアが出る。
「それはもちろん構いませんよ。傭兵とはそのような時に使うものですからな。」
里の者達が自主的に案を出し合い始め、妖酔は傭兵の出動を許諾する。
そして、上白沢慧音がそろそろ来る頃かと耳を澄ませたその時、里の火の見櫓の半鐘が打ち鳴らされ緊急の事態が発せられた。
それらを予想していた慧音は誰よりも早く反応して外に飛び出すと、そこに男が一人走ってきて声にならない悲鳴を上げて東の空を指す。
「何だあれは・・・。」
こうなることを予め予想していた慧音の後に付いてきたこれを全く予想していなかった住人達は、天頂の棺桶ではなく、まっ黒になった東の空を見て唖然とした。
「あれは、東端の人食い妖怪の群れだ。」
妖酔が落ち着いた声で東の空を黒く濁らせた正体を見破る。
「この世も末と隠れるのを止めて最期の晩餐にありつこうとの魂胆か!畜生どもめ!」
妖怪の一人が東の空に罵声を浴びせるが人間はそこまで胆力があるわけでもなく、先程の盛り上がりに冷水を浴びせられたかのように一斉に意気消沈する。
「何て数だ・・・これじゃー神社までとてもじゃないが辿り着けん・・・。」
未だ鳴り止まぬ半鐘の音に追い立てられるように屋内に隠れていた住人も飛び出し、通りは人でごったがえしパニック寸前になる。
天空の半分を覆い尽くす巨大な球体の異様な圧迫感と東の空を焦がし陽光を妨げ幻想郷全体を暗くする餓鬼の大群。普通ならもうパニックに陥り住人らが這々の体で逃げ惑いそうな状況にもかかわらず、秩序を維持出来たのはこの状況にもかかわらず堂々と振る舞う上白沢慧音の存在と、通りの向こう東門の付近に立つ見慣れた白い花の日傘の後ろ姿の存在感があったからである。
外で待機していた魂魄妖夢は、半鐘の音を聞きつけてすぐに表に出てきた慧音の側に護衛の様に寄り従い、始めからそこにいたかのように振る舞う。
空を隠す巨大な物体、東の空と山の境界線を黒く塗りつぶす妖怪の群れ。未だかつて経験したことのない今の状況をどう対処していいのか分からず、自然と頼れる存在に引き寄せられてしまうふがいない自分を思い知る魂魄妖夢は、多くの里の人間達同様下を向いてしまう。
この時、雷の様な怒号が慧音から発せられ、妖夢の全身を打った。
「皆聞け!大丈夫だ!いざとなれば里の歴史を消す!」
慧音の言葉に一瞬惚けていた住人は、永夜異変の際に慧音が里の歴史を消して安全を確保していた事を思い出して安堵し、恐怖心をぬぐい去る様に大丈夫だと口々に言い励まし合い意気を取り戻す。
「里の歴史が消えれば住人達も安全に神社に向かう事ができますな。」
天空の棺と東の暗雲の板挟みに合い、このまま誰かに問題を解決してもらい嵐が去るのを隠れて待とうと考える住人も少なくなく、その妖酔の言葉に里の住人達はどうすべきか各々の顔を見て誰かが何かを言い出すのを待つ。
しばしの沈黙。慧音はその様子を固唾を飲んで見守る。尻を叩いて叱咤激励し無理矢理動かすのも手だが、ここは里の住人全体の自発的な意志で動いて欲しいと思う。誰かが勇気を出して名乗り出れば慧音はそれをすぐにサポートしてやる心づもりで誰か頼むと勇者の登場待ちかまえる。
「・・・。」
この状況を慧音のそばで同様に見守っていた魂魄妖夢は握り拳を奮わせていた。悔しい。何も出来ない自分の無力さが恨めしい。天が落ち東の空が闇に染まる。これは八雲紫などが裏で手を回している茶番だと分かっていても、この現実を突き付けられて平静ではいられない。
妖夢はぎゅっと目をつむり自分に何か出来ない事はないかと考える。眼球が潰れてしまいそうになるほど強く瞼を閉じたその時、瞑った瞼の裏の闇に燃えさかる炎を身に纏った藤原妹紅を一瞬見た。
「・・・!」
火が点いた。妖夢の中にマグマの様な闘争心が沸々と湧き上がってきた。慧音には余計な事は言うなと止められていたが、自分は慧音の従者ではなく妹紅の恩に報いる為にここにいる事を思い出したのだ。妹紅は何故自分を里に寄こしたのか?それは単に慧音のサポート役ではないはずだ。慧音の企みを成功させる為だ。その慧音は里の自発的な強い意思を望んで待っている。ならば自分は、里に籍を置いた里の住人として、皆を奮い立たせなければならないはずだ。
妖夢は自分を安全な場所に置こうとする生存本能の抑止を振り払い、熱く火照った身体に我慢できずついに一歩前に出て叫んだ。
「行きましょう!博麗神社に!私は半分人間で半分は幽霊です。里の歴史を消しても妖怪達からは見る事が出来ます。だから私が囮になって妖怪を引き付けます!」
千年以上生きているが見た目15歳ほどの少女の妖夢が夥しい数の敵を前に自ら囮になると宣言する。これは慧音の予定にないことで、思わず驚いて止めようとするが、妖夢の一言で状況が変わる潮目を見抜いた妖酔が一歩前に出て慧音が何か言うのを妨げるように発言した。
「囮か・・・ふむ。先生、ひとつ名案がある。」
「な、なんだ妖酔、言って見ろ。」
慧音は妖夢にでしゃばるなと苦言を言いそうになったが咄嗟に切り換えて妖酔に応じた。
「傭兵団を囮にして東に進軍して鳴り物で派手に目立つようにして連中を引き付けるのです。武芸に秀でた者であってもたった一人では多勢に無勢。囮役は専門家に任せてもらいましょう。」
この作戦自体は予め予定していた事だが、妖夢が囮になるという言葉によって生まれた案だと殊更強調して見せ、この小さな英雄を里の住人を鼓舞する道具として最大限に利用する妖酔。
「小娘の後詰めなど傭兵団の名折れだ!」
通りに出て輪の外で話を聞いていた傭兵達が勇ましい声を上げて妖酔の案を支持すると、通りが一気に沸き立った。
「東に打って出て騒ぎを起こし連中を引き寄せます。その隙に人間達は騒ぎの横をすり抜けて博麗神社に行くのです。」
「うむ。」
予定外の妖夢の勇み足があったがそれはむしろ良い方向に転び、手筈通り進む状況に代わりはないと満足する慧音。妖夢が名乗り出るなど予定に無く少し驚いたが、そのお陰で里の住人も心に火が点いた様で企みを共にする者にとっては渡りに船、幸先の良いことだった。慧音は妖夢と幽香の勝利の女神2人を寄こしてくれた妹紅にひたすら感謝した。
慧音は一つ息を吐き、気合いを入れ直すと叱り付けるような大声で叫ぶ。
「老人と子供以外、町も村も全て動員するぞ!」
町とは里の通りに面した商業区画のことで、村とは里の南西の農村部を指す。
「酒を運び出した荷台をそのまま使うのだ。神様に供える酒の肴、食糧もかき集めよ。神様に頼んでもダメなら終いじゃ!だから出し惜しみはするな!里の物資が空になってもかまわん、我々に出来る最高のもてなしをするのだ!」
これだけ大勢の人がいながらも里はシンと静まり慧音の良く透る力強い声は、人垣で声の主が見えない程離れている者の耳にもしっかりと通った。
「各区を一単位として区長が仕切れ。マルキの主人は?」
「ここに。」
「先導をお願いしたい。」
「先導の役は他に適任者がおるでしょう?」
先導役の責任者はマルキの主人、霧雨魔理沙の父が請け負う予定で、その下に妖夢を付け実際の先導は彼女に任せるつもりでいた。まだ里に来て日がない妖夢では先導の任は重いと捉えていた慧音は、そのマルキの主人の予定外の申し出に面食らう。
「え?私が?」
マルキの主人が慧音の側にいる妖夢を見てにっこりと微笑む。この提案に周囲の有力者や区長も誰一人異論なく、頼みますと頭を下げる者もいた。慧音はこの不思議な力を持つ少女とそれを推した妹紅を重ね合わせ諦めて状況の赴くままに任せた。
「さっきは、よう言ったな妖夢。では、先導役はお前に任せる。」
慧音はそう言って妖夢の肩をポンポンと叩いて労を労う。
「では、時間がない。みな直ぐに動いてくれ。」
慧音は手をパンパンと叩いて、それを合図に人垣が生き物のように慌ただしく動き出しす。マルキの主人が段取り良く区長に仕事を振り分け、酒蔵組合の会長ヤマセンの主人が酒の運搬の指揮を執る。その後、誰かを捜すような仕草をして妖夢から離れた慧音は稗田阿求の所に歩き出す。里に避難してきた周辺の弱い妖怪に一時的に戸籍を出す手続きの手伝いを頼んでいるようだ。里に戸籍を置けば妖怪でも人と同じ、消す事が出来る。
そんな慧音の背中を見送る妖夢のところに2人のお供を引き連れた妖酔が現れる。
「お主の勇気、見せてもらった。小娘のくせに大したものだ。」
「武は心を凍らせるが、勇は心を熱くする。久しく冷えた心だが熱くなりました。」
妖酔の左右にいる地味な笠と同じく地味な外套に身を包んだ厳つい顔の明らかに妖怪である2人が交互に先程の妖夢の檄を賞賛する。妖酔は何も口には出さず、先程の慧音のように妖夢の小さな肩を労を労うようにポンポンと叩くだけだったが、どんな賛辞美辞麗句よりも何故かこれが一番嬉しかった。
「この二人は前に言った私の左右の腕。少数精鋭の護衛には打って付けだ。使ってくれ。」
「こ、魂魄妖夢と言います。宜しくお願いします。」
「おう。」
「よろしくお願いします。」
妖夢は低頭して妖酔と護衛の二人に挨拶をする。
「・・・。」
「ん?どうした?」
挨拶をしおわった後、妖夢は何か言いたそうな顔で2人の妖怪を見る。
「あの・・・お名前を・・・。」
自己紹介したのに、向こうからされないことに不満を持つ妖夢。
「ああ、名前か?好きに呼べ。」
「え?でもそれは・・・。」
「この2人は嘘偽りを是としない。本名を言いたくないから言わんし、偽名も使いたくないから使わない。私も彼らを呼ぶ時は『俺の両腕』と言ってる。」
「通り名とかはないのですか?」
「妖酔がよく自分の両腕と言うから、皆俺らを『右なんとか』とか『左なんとか』とか言うけどな。別にそれでかまわんぞ。」
妖酔を中心に妖夢の向かって右側に立つ妖怪がぶっきらぼうに言い放つ。この右側の妖怪は口調が荒く、妖夢の妖怪としてのイメージにぴったりな実に妖怪らしい妖怪に見える。その一方で、左側の妖怪は真面目な感じで話し方が賢そうで人間のように見える。いずれにしてもこれらの感想は、白玉楼で宴会騒ぎをする西側の荒くれ妖怪を相手にしてきた妖夢個人の感覚であり、知的で賢く大人しい妖怪が妖怪らしくないと思えるのはただの偏見である。
本名を知られたくないのはこの時代の人妖の通念である。秘密である本当の名前を諱(いみな)、通常の呼び名を字(あざな)として使い分けているが、これは向こうの世界では明治維新まで続き、幻想郷では貴人を中心に現在もその制度が続いている。
妖怪が特に本名を公にしない理由は、陰陽師などの人間の使う呪術に名前を奪って相手を支配する技が多数存在しているためで、彼らのボスである妖酔という名前も本名ではなく通名である。ちなみに自分の諱を知らない者も大勢おり、誰かに名を呼ばれたりしないように敢えて親が教えない場合もある。当時、他人の諱を口にするのは非常に失礼な行為でもあるのだ。
今現在紅魔館にいる淫魔ルビーは、ルビーという名は与えられた名前だが、戦いに破れ命乞いに応じた魅魔に本名を差し出し使い魔として契約したことで助命された経歴があり、以後魅魔から権利を譲渡されたパチュリーが彼女のマスターとして使役している。
八雲藍もかつてはただの『御乱』という通り名の九尾だったが、当時既に陰陽道を学んでいた八雲紫に諱を教え支配され八雲藍という名の式神となったのである。
因みに、博麗霊夢の霊夢は博麗神社の巫女によく用いられる通名の一つでつまり字。彼女は元々諱の制度がない貧しい農村部の生まれで、生まれてすぐ母が死に父も不明であったため諱そのものがない。霧雨魔理沙は里においては豪商の娘で貴人として諱があり、父親は知っているが本人には知らされていない。
魂魄妖夢は困惑する。
自分の諱についても気になるが半霊なので既に魂魄妖夢が諱・法名なのかもしれない。まぁそれは良いとしても、通名すら特に決まっていない相手はこれまで初めてでどうすればいいのか迷う。
「貴女の好きなように呼んで構いませんよ?何かいい名前があるならそれを希望します。」
全く同じ様な姿をして外見では見分けがつかないが、気障な人間の様にしゃべる方が、深くかぶった笠の裏で何か楽しそうに妖夢の出方を待っている。
凝り性な妖夢は何か気の利いた名前がないかと、過去に読んだ書物などから良い名前がないか記憶を巡らす。
「・・・!あ、そうだ!」
しばし思案の後、妖夢は名案が浮かぶ。
「スケサブロウとカクノシンというのはどうでしょう?」
「あぁ?何だスケサ・・・ってのは?」
「スケサブロウ、スケさんです。」
スケさんと右の妖怪に言う妖夢。これでその妖怪は自分がスケさんと認識する。
「と言う事はカクノウシン、私はカクさんですか?ふーむ、こんな風に呼ばれたことはないので新鮮ですね。気に入りました。」
妖夢としてはスケさんとカクさんのイメージは逆だったが、成り行きで口が汚い方がスケさんで確定してしまう。
「その名前には何か意味があるのかな?」
すんなりとアイデアが出てきた妖夢に恐らくあるであろう出典を尋ねる妖酔。
「本で読んだのです。旅好きでお節介なご隠居の付き人で凄腕の用心棒の2人の名前です。」
「ほう、ご隠居以外は全て当てはまるな。これは面白い。」
「え?わ、私、旅好きでもお節介でもありませんよ!」
「わざわざこんな時期に冥界から出てきて人間相手に何の特にもならないことを申し出る者が違うと?」
「え、あ、いや、それは・・・。」
考えてみたら確かに妖酔の言う通りで反論出来ずに口ごもり、スケさんとカクさんに笑われる妖夢。
この事があってから、この2人の妖怪は以後これを通り名として使うようになるが、それはまた別の話である。
東の空を黒く埋めつくす妖怪はその殆どが小型の餓鬼であるが、中には巨人の様に大きな人の形をした何かから龍の如き大きな大蛇の様なものまで多種多様である。東の人喰い妖怪の特徴は知性はあっても理性がない事で、その正体は人を喰う為に自ら理性を捨てて畜生に堕ちたかつての真っ当な妖怪達のなれの果てである。
混沌政策を推し進め、人間が肩身の狭い生活をしていた博麗大結界以前は、太陽の畑は無く里の近辺まで人喰い妖怪が闊歩して非常に危険だった。この時代は上白沢慧音が里の守護者として妖酔など一部の妖怪と共に里を守り活躍した時代でもあり、藤原妹紅も永遠亭との抗争の合間を見て慧音に協力して里の防衛の手伝いをした事もあった。
魅魔が吸血鬼の正統なる王女スカーレット姉妹の幻想郷帰還に備え、平和政策に転換してから今の太陽の畑の位置に各地を流浪して定住していない風見幽香を配して人間の里の守護に置き、東の人喰い妖怪に対する抑止力とした。そして、意図的に外から多数の人間を幻想郷に呼び込み、里の住人の代わりに人喰い妖怪達の餌として与え彼らの注意を里から東端に移したのである。
風見幽香の配下には大戦時に偽装投降したアルカードの側近、『ヴェントルー』を中心とした吸血鬼始祖族連合がおり、その中にスカーレット姉妹とは別に『トレアドール』と『ラソンブラ』の間に生まれた女児がいた。彼女はスカーレット姉妹誕生の隠蔽に利用され、当時は大々的にその存在をアピールしたが、地味な始祖族同士の間に生まれた子供だったのでそのまま忘れられる。
大戦の戦後処理で数少ない無害な血族は風見幽香に投降した一族に吸収されたが、スカーレット姉妹と同年齢であるこの女児は、将来のリスクを少しでも減らすという目的で年を取らない呪いだけ掛けられ、その後風見幽香に預けられ『くるみ』と命名された。
この風見幽香が管理する吸血鬼の一族も東の人喰い妖怪の抑止力として配置されていたが、大量の妖怪が西に移動を始めているということは、彼らは敗れたかその軍門に下って風見幽香に反旗を翻したか、あるいは逃亡したかである。ただ、こうした東端の事情は一般の人妖の知る範囲にはなく、それらは八雲紫などの幻想郷管理者側の一部だけのあずかり知るところなのである。
「始まったか・・・。」
藤原邸の庭に立つ藤原妹紅は黒く斑に染まった東の空を臨んでぽつりと呟く。
正午に紅魔館参集とのご指命を受けている妹紅だが、その前にやらなければならない事があった。
妹紅は東の空から視線を天頂の要塞に向ける。
「・・・やつらの計画通りにさせない為にも必ずパージさせる。」
スキマ砲という安全な方法でトドメを刺されたのでは霧雨魔理沙を死なせる事は出来ない。魔理沙を死なせる算段は既に付けた。その中で最も重要な点はスキマ砲を失敗に追い込み、超高温の結界の中に直接侵入させ要塞の核に魔理沙を肉薄させなければならない。この灼熱地獄の中で活動出来る方法は紅魔館に呼ばれた時、魔理沙に身を守るおまじないとして直接施し、脱出方法の仕込みもそこで行う事にしていた。
「・・・しかし、あいつを本当にパージさせることが出来るのか・・・。」
パージとは、内部に溜まった圧力を外に逃がす際に外殻装甲の一部を任意に外す事で、その際に外に出る高いエネルギーを利用して一定の落下速度に加速度加え、スキマ砲の射角をずらして誤射に追い込もうと目論んでいる。
しかし、その巨大な質量の要塞にパージさせられるような内部圧力を与えられるか自信が無くなってくる妹紅。相手は想像の遙か上を行く大きさで下から見る防御要塞はまるで空に地面があるのと同じで、もはや丸い物体ではなく平たい面にしか見えない。
上空にいくつもの光点が見え、遠く花火のような爆音が聞こえてくるが、これは一部の妖怪が防御要塞に対して独自の判断で攻撃を始めているもので、それを見るにつけ有効なダメージを与えている様には全く見えない。
妹紅は唇を噛み、口の中に吐き出した汚い言葉を呑み込むと、炎の羽根を羽ばたかせ天頂の防御要塞に向かって飛び立った。
正午まで1時間と迫った紅魔館の会議室に当てられたバルコニーのある縦長のそれほど大きくない部屋。開け放たれているバルコニーから一番遠い奥の上座に、主催のレミリア・スカーレット。そのレミリアの左斜め後ろに十六夜咲夜が傅き、右正面から奥に向かって博麗霊夢、八雲紫、八雲藍、藍の隣は風見幽香の分一つ空いて、八坂神奈子、洩矢諏訪子、その奥に自由参加の西行寺幽々子、席1つ空けて河童の河城ニトリ、アリス・マーガトロイド。左正面から奥に席一つ分空けて八意永琳、付き添いのレイセン、藤原妹紅分の席を空けて、次に席二つあけて自由参加の四季映姫、付き人の小野塚小町、霧雨魔理沙、フランドール・スカーレットで、上座の正面にチルノという席の配置となっている。そして、バルコニーの開き窓、レミリアから向かって左の部屋の角に目立たない様に新聞記者の姫海棠はたてがメモとペンを持って立っていた。
この中で付き人としてレイセンと小町も着席しており、特にレイセンは永琳の隣で上座に近く場違いな感がして後ろに下がろうとしたが、特に問題はないと十六夜咲夜に要らない気遣いを貰って肩身の狭い思いをしていた。
窓の外、ドーン、ドーンという花火の様な音が遠くから聞こえてくる。これは好戦的な妖怪達が独自に要塞を攻撃している音で、天頂方向で行われている事なので館内からは音だけでその様子は見えない。魔理沙とフランドール、ニトリとチルノの4人が音につられてバルコニーに出て空を見上げて声を上げている様子を所在なげにアリスが紅茶をすすりながら見ている。
「ねぇレミリア?」
「なに?霊夢?」
魔理沙らのおかげで場の緊張感がなくなってきている状況に不安を感じたのか博麗霊夢がレミリアに話しかけてくる。
「このまま正午まで待つの?」
「2名程、まだ来てないわね。」
「幽香は怪我してるから来ないかもよ?」
「え?そうなの?」
霊夢は左隣のレミリアと逆にいた紫に振り向き、頷いた彼女の態度をレミリアに見せて自分の言葉が正しい事を証明する。
紫は偽装療養中の風見幽香の怪我癒えていないと信じており、最初から頭数にいれていない。同じ魔法が使える霧雨魔理沙を代打として登用したが、レミリアにはそのことは先に教えていなかった。
「幽香の代わりなら魔理沙でも出来ると思うけど・・・。」
そう言ってバルコニーに出て空を見上げている魔理沙の方を向く霊夢。そしてその話を聴いていた参加者も同時に外を見る。
「藤原妹紅は?」
レミリアがもう一人の重要人物の名を口にした時、外にいる魔理沙らが歓声を上げ、その声の中に『もこう』という言葉が出る。
「どうやら、あのデカブツに戦いを挑んでるみたいね・・・。」
会議参加者は事前に異変を知らされた内通者で占められている為、単純に事態の収拾だけなら敢えて会議という名の茶番をしなくてもよかった。しかし、事情を知らない幻想郷の住人は事が終わった後、世間を騒がせ要らぬ心配を掛けた当事者達に対してその責任を激しく問う事になるだろう。
黒幕として真っ先に名前があがりそうな八雲紫としては、それは避けたいし、自爆という自己犠牲の妹紅の行為も情報が正確に伝わらなければ危険人物として扱われかねないので尚更、『正確な偽情報』を幻想郷の住人に知ってもらわなければならなかった。
レミリアが起こした問題をレミリア自身が解決して、それに参加した者達が救世主として扱われる。こうする為に、あくまで主催がレミリア・スカーレットでなければならず、会議参加者は裏で繋がっている素振りを見せてはならなかった。
余りにもスムーズに事が進む状況は周囲に要らぬ詮索を誘い、裏で糸を引く見えない存在を見いだす想像力を働かせる機会を与えてしまう。その事を避けたい真の黒幕八雲紫にとって、風見幽香が怪我で不参加である事を後で知らせる行為を含め、内通者である妹紅の独断による単独行動というイレギュラーはむしろ歓迎するところであった。
ドーンという一際大きな音がして紅魔館の窓が僅かに振動する。細長い部屋と同じように細く前に突き出したバルコニーには、日除けの様な小さな屋根が窓辺に掛かっているだけで、手摺りのある外側の方は屋根が無く空が見る事が出来る。
魔理沙らはその手摺りを背もたれにするように仰け反って空を見上げ、妖怪達の放つ光弾の嵐を弾幕戦を見るように眺めていた。そこに巨大な炎の塊が突如視界に現れると永琳の棺桶と衝突し大きな爆音を発しその衝撃波が紅魔館にも到達し魔理沙は危うく手摺りから落ちそうになった。
「すげーな妹紅!」
巨大な炎の塊をすぐに妹紅の仕業と見破った妹紅は大きな声で叫ぶ。その声は当然館内の会議参加者にも聞こえ、多くの視線が自分に注がれた事を知らない魔理沙。
「え?藤原妹紅がいるの?」
フランドール・スカーレットが隣の魔理沙の言葉に反応して問う。
「ああ、あんなスゲー爆発は妹紅にしかできないよ。」
そこかしこで爆発の閃光が小さく見えるが、低く飛ぶ妖怪以外胡麻粒程度にしか見えず魔理沙の視力では個体を判別出来ないが、圧倒的なエネルギーを出せる個体は限られており姿を見るまでもなく大体分かる。特に魔理沙は妹紅と弾幕戦で何度も対戦していた為、明確な根拠はなかったが断言することが出来た。
「あ、あれが・・・ふじわらの・・・もこう・・・。」
フランドールが目が真っ赤に染まり表情が魔性の影で曇る。