何人かの仲間がいた
彼らは、つまり数年の間なにかのグループで、一緒の時をすごした気のおけない人たちのことだ
それは体育会系部活のときもあれば、
学生仲間であるときもあるし、
演劇や映画、音楽といったサークルの人たちのこともある
また社会人になると、仕事仲間であることもあった
最初、彼らに関して感じるのは
だいたいにおいて違和感
それは私が人見知りであるから
または彼らが変わっているから?
多分前者だろう
だいたいにおいて私は人(グループ)に慣れるのに少なくとも半年
それか1年~3年はかかるのだった
それは私の警戒心、プライドの高さからきてるのかもしれない
でも3年をすぎると
だいたいにおいてなじみ、心を開くようになる
グループ自体はそれくらいで(なんらかの理由で)消滅するが
そのうち何人かとはつながっていたり親友になったりする
逆に別れたり疎遠になったりもするが
しかしながら思うのは、
結局、私が最初に抱いていた違和感
それは最後にはまったく居心地のよい共感
に変わるというだけでなく
お互いの違いや性格の凸凹を受け入れながら
(ときに激しくケンカしたり泣きわめきながら)
われわれは一つのグループとして何かを影響しあいながら
自分にはなかった彼らの体験や特徴が
流れこみ交わり
私そののものになり
または私も彼らのものになる、ということ
そして次にまた会う人たちと、ささやかながらそれらを共有してゆく
そのようにして個性を磨き、魂を震わし、時を共にし
やがては砂塵となってゆく
そう、我らは星のカケラとなり
なかまとなってゆく
ワレワレは仲間割れしても
またひっついて一体となる砂漠の砂つぶ
そしてそこに降り注ぐ愛という名の
惑星であり、見ず知らずの水であり
広大な雨中である









