中井均先生・奥田敏春先生と行く岡崎城青海堀ツアー

中井均先生・奥田敏春先生と行く岡崎城青海堀ツアーに参加してきました!



これは岡崎市教育委員会主催の見学会で、岡崎城の普段では入る事ができない場所に入る事ができる見学会です。



講師は城郭研究で有名な滋賀県立大学の中井均先生と岡崎城跡整備委員会委員の奥田敏春先生。



応募者がかなり多く抽選になった見学会で、今回は何とか当選し参加できました。









岡崎城の青海堀の場所

岡崎城の青海堀(せいかいぼり)とは、本丸(天守や龍城神社がある場所)の手前にある大きな堀です。



二の丸(三河武士の館があるところ)から天守に向かって歩くと、天守の手前に深い堀がありますよね。



あれが青海堀です。







ツアーの行程表

これが今回の行程表。



青海堀がメインなのですけど、青海堀だけではなく周辺の遺構も含まれた見学会でした。



さて、今回の見学会でいろんなことを教えて頂きましたが、全部書くと長いので印象的だったものを3つに絞ってレビューしますね。








(1)天守台の石垣

岡崎城天守台の石垣

まずは天守が建っている下の石垣。



岡崎城にはいろんな時代や工法の石が気がありますが、天守が建っている下の石垣は、田中吉政が城主だった時代のもの。



つまり天正十八年(1590)~慶長五年(1600)に築かれた石垣ということで、400年以上経ったものという事が分かります。








(2)ここまで菅生川でした

菅生川

岡崎城の駐車場近くに東曲輪の櫓が再建してあり、その下に広いグラウンドみたいな空き地があります。



発掘調査の結果、ここには江戸時代に家臣団の屋敷があった事が分かっていますが、それ以前はここまで菅生川(すごうがわ:現在の乙川)が迫っていました。



つまり岡崎城は、南側から見れば菅生川の上にあった断崖絶壁に建てられた城ということがわかります。



その菅生川を江戸時代に埋め立て、家臣団の屋敷にしたワケですが、それ以前はここも川ということですね。



東櫓の高低差、これはそのまま断崖絶壁のものです。








(3)大手はこっち

岡崎城のかつての大手口

これは奥田敏春先生の見解ですが、かつて岡崎城本丸大手(玄関口)は、現在の天守の裏側にあったのではないかとのこと。



なぜかというと、天守の裏腹前に木橋の遺構(現在は大正時代のコンクリート橋)があり、その奥に鏡石があるからです。









岡崎城の鏡石

これですね。



鏡石は、見る人をアッといわせる大きな石です。また邪気を払うという意味もあるのだとか。



この鏡石はそんなに驚くほどの大きさではないのですが、他の石に比べると少し気を引く大きさではありますね。



大手は玄関口ですから、来城者があった場合、本丸に入るこの場所に鏡石があり大手もあったのではないかという説を教えてもらいました。








●そしてメインの青海堀●

安全帯

ではメインの青海堀に入りますが、その前に下準備が必要です。



まずは安全帯のベルトを装着!









昇降ハシゴ

そして一人ずつ脚立を使い登ります。



もともと堀は城の防御のためのもの。侵入できないように作ってありますから、侵入も大掛かりです。









岡崎城青海堀の中

そして入った青海堀。



私は岡崎城は何度も来ていますが、青海堀はいつも上からみるだけで中に入ったのは初めてです。









岡崎城青海堀の中の石垣

これが青海堀の中の石垣。工法は打ち込みハギですね。



でも時代によって補修がされているのか、明らかに積み方が違う部分もあったりで、ジックリ眺めているだけでも時間がかかりますよ。









岡崎城青海堀の画像

それでは今回の論点です。



この画像見て何か違和感がありませんか?ピンときた人はスルドイです。



なんでしょう?



それは青海堀の中の石垣は、見せる(魅せる)石垣ではなく、土留めの役割だったということです。



なぜかというと、もし魅せる石垣なら、本丸に向かう方向、つまり持仏堂曲輪から入るので、本丸側に石垣がないといけないのですが、本丸側は切岸になっており、隠れる反対側に石垣があります。



だから青海堀の石垣は来城者から見ると隠れている部分なんです。









岡崎城持仏堂曲輪の石垣

また持仏堂曲輪の反対側の斜面にも謎の石垣があります。



この斜面の部分だけ土が崩れたので、その補修のためにこの石垣を組んだという事なのですが、ではなぜこの部分だけ土が崩れたのか?という理由がわかっていません。



分かっているのは、現在の持仏堂曲輪の地質があまり良いものではなく、崩れやすい地質で、それを補修するために青海堀の石垣も土留めのために組まれたのではないか?というのが、今回のメインのポイントでした。



つまり岡崎城の持仏堂曲輪って、細いしモロイ地質なの。








●私の感想●

今回の青海堀ツアーの感想ですが、普段は入る事ができない堀の中に堂々と入る事ができ、写真も撮れたので非常に貴重な見学会だったと思います。



また岡崎城の中にも未だに改名されていない謎もたくさんある事が分かりましたし、研究者によって見解も違うという現実もある事がわかりました。



例えば城郭研究者は、現在見える地表面の遺構を見て、仮説という自分の意見をまとめるのですが、考古学者は地面を掘って初めて自分の意見をまとめます。



これはどちらが良いという事ではなく、研究者の立場によって見解も違うという事ですね。



また岡崎城は日本城郭協会の日本100名城に指定されていることから、有名な観光城でもあります。



でも分かってない謎もたくさん残っています。



このギャップが城の魅力でもあるのですけどねw



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